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第37話『前回の失敗を糧に、行こう』

「緊張してきた」


 未知の階層に辿り着いたんだから、緊張しない方がおかしい――か。


「私もそこそこ緊張してるよ」

「同じく」

「緊張を和らげるために、いろいろと話をしながら歩こー」


 俺達は武器を構えて警戒しつつ歩き続ける。


「第7階層では、注意事項があります」


 眼鏡をかけていないのに、ハルナは目元をクイッとしている。

 賢そうに振舞っているんだろうけど、それは逆効果な気がするんだけど……。


「今まで私達が居た、最序層といわれる場所では好戦的なモンスターは少なかったです。でも、序層といわれるここからは基本的に好戦的なモンスターしか出現しません」

「要約すると、ここからは油断大敵ってこと」

「ねえちょっとマキってば! 私の出番を奪わないで~っ」


 ハルナはマキの右肩をぽこぽこと叩いている。


[重要な情報なのに和んでて好き]

[可愛くて草]

[優秀なマキ先生]


「そこで、要注意事項が【トガルガ】――あ、そっか」

「ん? あ」

「え?」


 ハルナとマキが顔を合わせて目を丸くしているものだから、俺も目を丸くしてしまう。

 だけどすぐに、その理由が理解できしまった。


「あの時の大熊って、【トガルガ】だっただ」

「絶対にそうだよね」

「あっちゃー、なんでそこに行き着かなかったんだろう」

「まあ……点と点が繋がったところで、何が解決するってわけじゃないけど」


 俺もどうして気が付かなかったんだ。


 最序層で、あんなに巨大で凶暴なモンスターが普通に出現しているはずがない。

 そんなことは美和みよりに聞くまでもなかった。


(何気なく質問していたら、「なんでそんなことも知らないの?」と詰められてたな。危ない危ない)


 だけど、地上に戻ったらその説教を受け入れないといけないんだよな。

 基本的にトガルガと遭遇、もしくは戦闘・討伐などを行った探索者は例外なく報告しなければならないから。


 当然、ダンジョン内に設置してある施設で報告してもなんら問題ない。

 でも、たった数日しか顔を合わせていなかっただけで少しだけ寂しい感じがする。

 だから、あのちょっと小うるさい感じも懐かしく感じていた。


(今も美和は、俺と違ってテキパキと働いているんだろうな)


 なんてことも、ふと思ってしまう。


「報告とかは……後にして、トガルガは稀に遭遇するような存在だけど、その強さはバラバラ。でも、油断だけはしちゃダメ」

「最序層のトガルガなら逆に大当たりだけど、もっと下層のトガルガと出くわしちゃったら逃走以外の選択はない」

「ちなみにシンが討伐したのは、どこの階層に出現する中ボスかはわからない。だけど、間違いなく強かった」

「攻防を繰り広げたわけじゃないけど、俺もあれが強敵だったということは鮮明に思い出せるよ」


 あの巨体、あの赤毛、あの恐怖。


 それら全て、遭遇してしまったあの日から忘れたことはない。

 間違いなく次に見る悪夢は、絶対にあいつが出てくると思う。


「まあでも、遭遇すること自体が稀だから……ちょっとマズいかもね」

「言われてみればそうね。飲食店で、男の人が言ってた」

「で、でもさ。さすがに討伐されてるんじゃない?」

「トガルガっていう存在は、その希少性から我先に討伐しようとする存在でもあるからね」

「でも逆に言えば、その存在が討伐報告されるまでは避ける人も居る」

「……」


[ちょっとヤバそうじゃない?]

[絶対にすぐ依頼を達成しなきゃいけないんじゃなかったら後日にしたら?]

[まあでもスキルもあるんだし、そこまで気にしなくてもいいんじゃない?]


 視聴者のコメント通りに、俺も様々な憶測が脳裏を過ってしまった。


 今回の依頼は、特定モンスター【ウォンフ】10体の討伐と特定資源【ラターン鉱石】を5個以上採取すること。


 【ウォンフ】は、小型の狼種のモンスター。

 油断しなければそこまで危険性のあるモンスターじゃないらしいし、大群と戦闘しなければ辺りを警戒しながら戦闘だってできそうだ。


 【ラターン鉱石】は、俺がその外観と形状を把握している。

 偶然にも俺が鍛冶師として使用している砥石の原材料で、加工する前の物を何度も目にしていたからだ。


 だから、そもそもの滞在時間も長くなりそうにない。

 しかも全てが第7階層で事済むから、トガルガに遭遇したとしても逃げるだけでいいはず。


「どうしようね。こっちのコメント欄だと、後からでもいいんじゃないかなって意見があるけど……」

「なんとも言えないよね。時間的な余裕があるわけでもないし」

「そうなんだよね~。お休みはもらってるけど、無限ってわけじゃないからね」

「シンはどう思う?」

「……こっちのコメント欄でも大体同じ意見だね。個人的には、大丈夫なんじゃないかなって思う」

「判断が難しいところだけど、リーダーがそう言ってるんだからそれで良いと思う」

「だね。もしも遭遇したとしても、今度は逃げることだけ考えておけばいいんだし」

「前回の失敗を糧にしていこーっ」


 ノリが軽くて逆に心配ではある。

 だけどそうだ。

 ここまで来て、うだうだと考えている方が時間の無駄になってしまう。


「細心の警戒を意識して行こう」

「だね」

「いざ、れっつらごーっ!」

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