やっとのことで階段を降りきって地面を踏みしめる。
といっても、ダンジョンと同じような硬い地面なんだけど。
「ここからは宿を探したりするんだけど、バンドでいろいろできるから歩きながらにしちゃおうっか」
「さすがに喉が渇いたりしているから、休めそうな飲食店に行きたい」
「物凄く賛成。水でもいいからがぶ飲みしたい」
[おぉ、地上と全く同じじゃん]
[開拓地ってことなのか]
[新しい観光地?]
道路と呼べる場所まではまだ少しあるけど、本当に地上と大差がない。
こんな素材をどこから持ってきたんだ、と最初こそ疑問に思ったが、いろいろとダンジョン内で揃いそうだし、地上から運搬することも可能なのだろう。
俺らみたいな探索者なんかより何倍も強い人達は沢山いるしな。
ん、そういえば街ということは。
「生活圏内ということは、武器を使用したりスキルを使用することって避けた方がよかったりする?」
「基本的にはこの街で生活している人達は探索者だから、自由に暴れ回ったらすぐに指名手配になっちゃうね。だけど例外もあって、事件とか事故が起きそうな時に武器で解決したり抑制したりするのは、寧ろ称賛されるね。ちなみに報酬も出るよ」
「スキルに関してはどうだろう。使ってる人はいるかもしれないけど、あんまりわからないからね、人のスキルなんて。シンみたいにわかりやすいやつじゃないと」
「なるほどな。自衛は問題なしで、他者のために使用するのも大丈夫ということか」
「喧嘩とか決闘とかになると話は変わってくるらしいんだけどね~」
「そんな物騒なことには巻き込まれたくないものだ」
「だね」
要は全てが使い方による、という解釈でいいんだろう。
俺のスキルは、確かに誰からでもわかりやすい。
能力だって、武器を生成する? こと以外は結界を張る防御しかできないんだから。
しかし、もしも物語で観るような轢かれそうになっている人を助ける、みたいな状況に出くわしてスキルを発動してしまったら……その人は救えても、間違いなく車の運転手は亡くなってしまうだろう。
誰かを護るためにはうってつけなスキルだというのに、皮肉にも禁止スキルの仲間入りってわけか。
唯一の取り柄だっていうのに、悲しい話だ。
「そういえば、配信サイトの特徴って知ってる?」
「いや、特には」
「実は探索者が配信者として登録した場合、実はいろいろな特典みたいなのが自動で繁栄されているんだよ」
「なにそれ」
「音楽が流れ始めたりしたら、音声だけを配信上に乗せる設定に自動で切り替わったり、探索者以外の一般市民は自動でモザイクされたり」
「なにその超便利そうなやつ。実際にどれぐらいの恩恵かはわかってないけど」
「まあね、あんまり配信者が直接的に認識できるものじゃないからね。後は、ダンジョンで目を背けたくなるような光景も自動でモザイクしてくれるらしいよ」
「ほほぉ、それだけはなんとなく理解はできた。そうだよな。いずれはそういう光景を目の当たりにする可能性だってあるってことか」
誰かの死に直面する可能性は、ダンジョンという場所では地上よりも圧倒的に高い。
しかも、ダンジョン内では救急車なんて来るはずもないし、怪我人を背負って瞬間移動ができるわけでもないんだ。
そして、それらは自分達の身にも起きうる可能性があるわけで……。
「お、そろそろ通りに入れるよ」
硬い土が続いていたが、途中から煉瓦のような素材で舗装された通路に踏み込む。
辺りには平屋の建物が並んでいて、庭があって洗濯物も干してあったり、と生活感が漂ってくる。
視界の端に田んぼがあったのなら、完全に田舎の風景だ。
住宅街を歩き進んでいくと、青果店があったり、飲料水を販売している店が視界に入ってくる。
「あそこのお店で、飲み物だけでも買っちゃう?」
「そうした方がいいかもね」
ありがたいことにハルナから提案してくれた。
さすがに奢ってもらう立場で、自分からは言いづらかったから助かる。
それにしても気になるのが、階層自体の面積は大きく建物も並んでいるというのに、そこまで沢山の人が行き交っているわけではない。
やはり探索者の街というからには、みんなダンジョンの各階層へと行っているのだろうか。
そして気になるのがもう1つ。
到着する、もうほぼ目の前にあるお店前――入荷した手なのだろうと思う積み上げられたダンボールが気になって仕方がない。
[俺の近所みたいな風景すぎる]
[なんだか懐かしい]
[第2の人生でここに住むの楽しそう]
コメント欄でも、大体が同じ意見のようだ。
少し声を張って宣伝したり接客をしている姿は、どこか平和の象徴みたいで心が安らぐ。
店員さんと話をしているお客さんの顔も、どこか穏やかな気もし――。
「――っ!」
詰み上がっているダンボールが、店員さんの肘がぶつかって大きく揺れ始めた。
つい先週のダサい自分の記憶が蘇ってくる。
だけど、だからとって目の前で怪我をしてしまいそうな人を放っておけない。
今回はカッコいい自分なんて想像せずに走り出す。
ダンボールは物理攻撃になるのか、失敗したらお兄さんごめんなさい!
「
高さ3メートルぐらいから落下してきたダンボールは、結界に当たり、パリンッと結界だけが砕け散る。
その後、勢いが削がれたダンボールを両腕でキャッチ――でも、重さを失ったわけじゃないからそのまま崩れ落ちた。
落下している最中に、一瞬だけ止まっただけってわけか。
「なんだ今のは……き、キミ大丈夫かい?」
「はいなんとか」
そうですよね、まずは目の前に居るお客さんの心配をしますよね。
「あれ、そのダンボール……もしかして――はっ! キミ、ありがとう!」
「いえいえ、お2人が怪我をしていないのでしたら大丈夫です」
でもよかった。
前回の苦い経験通りにはならないで、自分含めて誰も怪我をしていないし、余計な気を遣われずに済んだ。
だけど前回も今回も、カッコ悪いのは共通しているけど……。
「いやビックリした~」
「けど大丈夫そうでなにより」
「これはお礼ってことで受け取っておくれよ」
と、店員の男性からキンキンに冷えた水が入っているであろうペットボトルを手渡される。
「え、私達ももらっちゃっていいんですか?」
「ああ。お姉さん達はパーティメンバーなんだろう? なら、一蓮托生ってやつだろ」
「そういうことでしたら。ありがたくいただきますね」
「おうおう、またの機会によってくれたらそれだけでいいさ」
そこからはすぐに解散となった。
あそこで経営をしているから、探索者との副業なのか、それともここだけで働いている人なのか。
どちらにしても、俺が使用したスキルに関してはなにも訊かれたりはしなかった。
そもそもあまり気が付いていなかったのか、それとも肝が据わっているのか、はたまた実は上級探索者でした、なんてオチも考えられる。
「さっきのカッコよかったね」
「いや、自慢できることではないでしょ」
「いやいや、あの状況を放置していたら間違いなくどっちかは怪我をしてたよ」
「いやいやいや、最後の観てたでしょ? 重いダンボール抱えて踏ん張ってたの」
「いやいやいやいや、咄嗟の判断そして行動力。あれは普通の人じゃできないよ。現に、私とマキは間に合ってなかったわけだし」
「しかも確認してないからわかってないんだろうけど、視聴者の反応を見てみたらわかるんじゃない? ちなみにこっちは大盛り上がりだよ」
言われるがままに視線を左に動かしてみる。
[急に走り出したから何事かと思ったけど、イケメンかよ]
[すげええええええええええ]
[うおおおおおおおおおお]
[誰にも怪我なし、ヨシ!]
[まったくもう、何人の危機を救えば気が済むんだい?(褒め言葉]
称賛の嵐とまではいかなくても、似たようなコメントが並べられている。
謙遜している、と言われたら確かにその通りではあるんだけど、本当にそこまで大したことをしたと思っていない。
どこかで身に覚えのあるデジャブを感じ、結果的にそういう展開になってしまったというだけだ。
しかもその時と違ったのは、スキルを手に入れていた。
だからこそ誰も怪我を負うことなく事が済んだだけで、偶然の賜物と言われたらその通りだし、実際にその通りで俺もそう思っている。
「どうだった?」
「まあ、お察しの通りで」
「でしょでしょ」
「誰もがわかっている事実」
「……そんなことを言われてもなぁ」
「偉い! シンくんは偉い!」
「シンは私達も助けてくれただけじゃなくって、まだまだ人を助けちゃうんだね」
「ちょいちょい、やめてくれよ」
独り立ちをしてから、そんな風にまっすぐ褒められたことなんて1度たりともないんだ。
どんな風に反応すればいいのかわからないし、恥ずかしくて仕方がない。
「シンくん偉い」
「頭を撫でてあげようか」
「本当にやめてくれよ」
ああもう、頬が熱くて仕方がない。
あっちの配信にはもう既に映ってしまっているんだろうが、こっちでは絶対に映したりしないからな。
「あ、宿は予約しておいたよ」
「いつの間に」
「じゃあとりあえず、小1時間ぐらいそこの宿に立ち寄って休憩しよ」
「それはかなりあり」
「忘れてないと思うけど、1部屋だけだからね」
「……」
反論しても無意味なのだろう、な。
なにもないだろうが……はぁ……。
美少女達と同じ部屋……? 頼むぞ、俺の理性。
どうなろうとも、絶対に乱れるんじゃないぞ!