「それで、私は探索者の相談役としてならなにも文句はないけど、一個人としての相談は承ってないんだけど」
「そこをなんとかっ。お願いします
「ちょっとやめてよ。他の人だって見ているんだから。上司にみつかったら間違いなく怒られちゃうって」
「俺には美和しか居ないんだ」
「え」
ん、言葉による否定がなくなった。
渾身のカウンターに頭を擦りつける立ち土下座が、効果抜群だったか!?
「あ、先輩――」
うわ、この展開って非常にマズいんじゃないですか。
「え、いいんですか。わかりました、ありがとうございます」
顔を上げると、美和はカウンターの裏側にある扉から顔を出す女性と話をしている。
話の内容からあの人が先輩ってことなんだろうけど、微かに聞こえてくる内容から察するに悪いことではなさそうだ。
「一心、ここでははなしを続けられないから移動しましょう。先輩が替わってくれるって話だから」
「マジかっ」
「じゃあ移動するよ」
「おう」
そう言い終えると、
先輩へ頭を下げていたが、なぜだかわからないが、その先輩は凄く楽しそうにしている。
いや、あれは楽しみにしているものがすぐに起きる、といったことなんだろうか。
まあたしかに、他の仕事を任されるぐらいだったらカウンター業務をしていた方が楽しいのだろう。
人と話しをするのが好きだって人が多いだろうからな、たぶん。
「ほら、ボサッとしてないの。行くわよ」
「お、おう」
俺も、楽しそうに微笑む先輩さんに頭を下げて、美和の後を追った。
「それで、話ってなんなの」
「いやあ先輩さんには感謝しないとな」
「あの場から去る時、先輩からなにか言われたりしなかったでしょうね」
「ん? なにも言われてないけど。丁寧に頭を下げてくれたよ」
「そう。ならいいけど」
もしかして受付嬢という役職内でもなにかあるのか。
詳細なことは想像すらできないが、まあいろいろあるよな。
「いやさ、俺的にはよくわかってないんだけど、バズっちゃってるみたいでさ」
「はい? バズってるって配信が?」
「そう。実はあの2人を助けるところが配信されていて、というか俺も配信していたんだけど」
「えぇ……まあでも、当初の目的通りにいってるからいいんじゃない?」
「まあそうなんだけどさ……俺自身はそこまで実感がないし影響があったわけでもないから、なんかこうさ」
「私もそんな経験があるわけじゃないからなんとも言えない。っていうのが正直なところ」
「うんむぅ……」
俺も俺で、美和との話をする前に内容とか感情をまとめておくべきだった。
とは思いつつ、やっぱり美和と話をしていると居心地がいい。
「幼馴染と話をするのが一番安心するな」
「急に変なことを言うのはやめてよ」
「いや事実そうだからな。なんていうか、あの2人と話をしているとどこか緊張しちゃうっていうか、なんかこう気恥ずかしいっていうか」
「もうパーティメンバーなんだから、割り切らないとダンジョンで危ない目に遭っちゃうかもだよ」
「それはそうなんだけどさ。だがしかし、やっぱり美和と話をしている時が、どんな時よりも自分らしく振舞えるんだ」
「ふぅーん……そうなんだ」
美和は目線を下げて、なにやらモジモジとしている。
「あ」
「なんでいつも、会話の切り出した唐突なの」
「そういえば、あの2人との出会いを言ってなかったな」
「ダンジョンで
「それで間違ってはないんだが、詳細をって話。実は、2人が赤い大熊に襲われているところに俺が偶然にも駆けつけ、スキルを発動――展開された結界に突進してきて自滅したって流れなんだ」
「とんでもない話だけど、でも無事だったならいいじゃな……今、聞き間違いじゃなかったら赤い大熊って言った?」
「ああ。そうそう、それで美和にその大熊のことを聞こうとしていたのをすっかり忘れてたんだった」
美和の目つきが一瞬にして鋭くなった。
「ど、どうしたんだよ」
「私も詳しいことはわからないんだけど、その赤い大熊っていうのは、上級探索者に秘密裏で討伐命令が出ていたモンスターなの」
「え」
「発見された当初はかなり下の層だったんだけど、モンスターとしてのルールを破る存在だったの」
「というと、階層を移動するっていう話?」
「そうなの。しかも凶暴性が他のモンスターとは違って、中級探索者でさえ危険を被る感じだったから討伐命令が出されていたんだけど……まさかそんな上層まで上がっていたなんて。犠牲者が出ていないかったのが不思議なくらいね」
「ってことは、俺達は唯一の不運を引き当てたってことだったのか」
「……そうなるんだけど……まさか、討伐しちゃうなんて」
当然だが、美和は俺に対して疑いの眼差しを向けている。
無理もない。
俺が逆の立場であったら、同じように信じ切ることはできない。
なんせ俺はほとんど新米探索者であり、一緒に戦った2人も初心者。
そんなメンバーで、どうやってそんな標的を討伐したのか、天と地がひっくり返らない限り話を鵜呑みにすることはできない。
「でも全員が配信をしていたって言うんだから、ちゃんとした証拠は残っている。信じるしかないわね」
「なあ、俺ってもしかしてこれからどこかに行かなきゃいけないってことになる?」
「どうだろ……少なくとも、重要参考人として上の人達の前で説明をしなくちゃいけないとは、思う。とりあえず報告をしてみないとなんとも言えないけど」
「配信のアーカイブを観てもらうっていう選択肢はなし?」
「あー、それはありかも。感情的な話より、全てが記録されているから全然あり。しかも、あの2人が遭遇からの流れを記録しているなら、尚更ありね」
「ふぅ。よかったよかった」
「だけど、判断するのは上の人達だからね。安心しきらないで、いつでも対応できるようにはしておいて」
「……わかった」
春菜と真紀は、このパーティのために動いてくれている。
だというのに、俺も同じ状況になっても怖気づいている。
これが恥ずかしいことだってことぐらい、わかっている。
でもさ、お偉いさん達の前で緊張せずに話をしろって言われても、重圧に押しつぶされるのが目に見えているんだから、さすがにビビっちゃうでしょ。
「でも、本当に無事でよかった」
「それもこれも全部、美和のおかげだよ」
「そうなの?」
「パーティを追放された俺に道を示してくれた。スキルガチャを回すっていう選択肢をくれた。しかも、配信をするっていう、俺だけじゃ考えつきもしない提案だってしてくれた。大熊との戦闘だって、そのスキルがなかったらたぶん死んでいたんだ」
「私は一心が言っている通りで、いろいろな可能性や選択肢を提示しただけだよ。そんな大それたことはしてない」
「美和は受付嬢としての仕事をしただけ、と思ってるかもしれないが、俺は本当に感謝しているんだ。今だって、こうして俺のわがままに付き合ってくれているし。――だから、ちゃんと言いたい。美和、本当にありがとう」
「……うん。その気持ちはちゃんと受け取った」
俺にはこれぐらいのことしかできない。
探索者としての実力がなければ、食事を奢るだけのお金を持っているわけでもない。
だからこそ、ちゃんと気持ちは伝える。
誠心誠意、嘘偽りのない言葉で。
「一心って、本当に昔から変わらないね」
「なんだよそれ。まだまだガキだって言いたいのか?」
「ううん、違う違う。昔っから、名前の通りで真っ直ぐと自分を持っているし貫き通している。それって誰にでも出来ることじゃないし、真似できるものでもない。幼馴染の私が言ってるんだから、かなり説得力があると思うけど」
「まあ、そうなのかもな」
「一心は私を評価してくれているみたいだけど、私だって一心を評価している。見習いたいってずっと思ってるんだよ」
「まあ、なんか……うん。ありがとう」
「やっと私の気持ちがわかってくれた? 結構、恥ずかしいんだよ」
「そうみたいだな」
カウンター上部の壁に設置してある時計を確認すると、既に30分が経過していた。
「時間が過ぎるのはあっという間だな」
「わっ、もうこんな時間。そろそろ戻らないと」
「そうだな。俺も帰るよ」
「あ。そういえば、ダンジョンの中にある街って知ってるよね」
「まあ一応。俺は行ったことがないけど場所は知ってる」
「なら、そこに行ってみるのもありかもね。いろいろとできるし、かなり広いから刺激にもなるよ」
「でもそこまで行くってことは道中のモンスターも強くなるよな」
「今の一心達なら、たぶん大丈夫なんじゃないかな。まあ、そういう選択肢もあるってことね」
「たしかにそれはありだな」
「それとたぶん、大熊の件もあるから警戒だけは怠らないように。1体だけとは限らないし。一心達が戦闘したやつは、目撃報告されたモンスターとは違うやつかもしれないから」
「随分と怖いことを言ってくれるじゃないか」
「杞憂だったらそれでいいの。でしょ?」
「そ、そうだな」
「じゃあ私は業務に戻るから。またね」
「おう、今日もほどほどに頑張ってな」
「うん、ありがと」
じゃあ俺も、帰りますか。