俺にとって最高の日々が始まったんだ、という実感が沸いてきた。
ベッドに寝転がっているだけでも、そう感じずにはいられない。
窓の外からは道行く人達の声が聞こえてくるが、部屋の中には静けさだけが満ちている。
だからこそ、思い出してしまう。
あの、手作り弁当を。
「こんなに幸せでいいのか」
人生で初めて味わう溢れんばかりの幸福感に、ついそんなことを呟いてしまう。
だってさ、軽く想像するだけでも最高じゃん?
あんなに可愛い2人の少女が、台所に立って、俺が食べる弁当を作ってくれていたんだよ?
エプロンを着ちゃったり、バンダナとか巻いちゃったり、慣れない包丁を使ったり、弁当内の配置を考えてくれていたり。
そんな姿を想像して、悶えないやついる?
いや違う。
この俺が、悶えなくてどうするんだ。
「くぅーっ!」
ベッドの上で独り、体をかきまくったり、体をよじりまくったりする。
俺のための弁当――俺のための弁当――俺のための弁当。
「うっひょ~」
しかもあの口ぶりだと、今回だけに留まらず次があるということ。
いいんですか、本当にいいんですか!
もはや自分でもどんな動きをしているのかわからなくなってきた頃、スマホが震え始めた。
若干ビックリするも、それは通知があった時になる仕様。
まさか、と思ってすぐにスマホを手に取ると、案の定
『今日もお疲れ様!
今更ながらに気付いたが、普段と文字だけの連絡だけでもテンションが一緒なんだな。
一言一句、どんな雰囲気やイントネーションで喋っているのかが簡単に想像できる。
だからこそ少しクスっと笑ってしまう。
『暇を持て余していたけど、ベッドの上に居るのがバレてるのはギクッとなった』
『え! ふふ~ん、私は超能力者なんです。冗談は置いていておいて、食べた後すぐに寝ちゃうのはダメなんだよ』
『大丈夫。ちょっとだけ寝転がっていただけだから』
嘘は言っていないからな。
『そういう春菜は何をしていたんだ? 暇すぎてって感じ?』
『いやいや、暇ではないんだけどー。時間が空いていたから連絡してみたの』
……そうだった。
浮かれすぎて、身近に感じ過ぎて忘れていたけど、俺と春菜は同じような生活を送っているわけじゃないんだ。
なにを呑気に言ってるんだ俺。
『ところで一心くんは、やっぱりガツガツ食べられる弁当の方が好きなのかな』
これってもしかして、食べ比べした時のことを気にしてらっしゃるってことですよね。
俺が
自分でやったことながら、時間が経つにつれて罪悪感が込み上げてきていた。
春菜も真紀も俺のために弁当を作って来てくれたっていうのに、真紀の弁当だけひいきしたみたいなのはよくなったと思う。
配慮が足りなかったと思うし、反省しないといけない。
『俺は基本的に嫌いな食べ物はないけど、空腹の時だったり動いた後はしょっぱかったり味が濃かったりする方が好きかもしれない』
『なるほどなるほど! 言われてみれば誰だってそうだよね。自分では絶対に気づけなかったよ』
『でも難しいのがその加減だと思うけど、俺もどれぐらいがいいかはわからない』
『た、たしかに。私もあんまりわからないなぁ』
『俺が言うのは違うかもしれないが、難しい料理よりは海苔弁当とかおにぎりでもいいんじゃないか』
『おぉ! シンプルイズベストってやつだね!』
いやほんと、なんで作ってもらう側の俺が提案しているんだよ。
恥ずかしさのあまり、自分でノリツッコミをしないとこの気をどこにも逃がせない。
ブーッ――ブーッ。
春菜とのトーク画面より上に通知が。
『お疲れ様。今って暇してたりするかな』
その連絡は真紀からのものだった。
このまま無視するわけにはいかないし、春菜には悪いけど返さないとな。
『暇と言えば暇だけど、なにかあった?』
『特に予定があるってわけじゃないけど、なんとなくどうしてるのかなって』
えぇ……ちょろっと辛辣なコメントではありませんか?
あ、でもちゃんと感謝は伝えないとな。
『今日の弁当、本当に美味しかったよ』
『そ、そう。ありがとう』
『普段は料理しないって言ってたけど、センスの塊ってやつだな』
『ふぅん。そんなに褒めたってなにもでないわよ』
『いやいや、全然お世辞なんて言ってないから』
『そ、そう』
体を動かした後だからかもしれないが、濃い目の味付けは箸を止めさせてはくれなかった。
ご飯に染みていたタレも美味しかったし、なんなら別に白米を用意して欲しかったぐらいだからな。
『海苔弁当って、味付け海苔がいいのかな? それとも、普通のやつ?』
と、春菜から。
通知を触って、春菜とのやり取りに戻る。
『どうなんだろう。そこら辺も作ってみてじゃないかな』
『そうだよね。こういうのは試行錯誤あるのみって、ね』
『そうそう』
盛り上がってきたが、
『一心くんってカレーは好きだったりする?』
真紀からの連絡。
『カレーは好きだな。食べられて中辛だけど、甘口を混ぜ合わせたやつがちょうどいい感じはする』
『ほほ~、そんな作り方があったなんて驚いた』
『え、もしかして弁当にカレーを持ってこようとしてる?』
『まずいかな?』
『わ、わからん。や……やってみたら、結果がわかるかも……?』
『探索者なんだから、探索していかないとね』
それって、本当にやってみるってこと? それって、本当に大丈夫なんですか?
『じゃあじゃあ、おかかとかってどうなのかな』
と、次に春菜。
さすがにちょーっと目が回りそうだぞ。
だがしかし話が盛り上がっている最中に、切り上げてしまうのはもったいない。
くっ、美少女達と家に帰ってまでこんなやりとりができるのって天国すぎだろ。
少し前まではこんなことが起きるなんて微塵も考えたことがなかった。
贅沢な悩みだな。
嬉しい、ハッピー、超幸運。
頭の回転が速かったら悩む必要はないんだろうな。
だが、こんな幸せのひとときを蔑ろにすることはできない!
このまま全部の連絡を返すぞーっ!