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おまけSS 彼女の髪が短い理由

 その日、カモミールはふと気がついてしまった。


 自分の周りには髪が短い女性が多い、と。




 まず、故人ではあるがロクサーヌ。彼女は錬金術師らしく新しい流行などが好きで、出会った頃は長い髪だったがカモミールが15歳で弟子入りした頃には短髪になっていた。




 そしてエミリア。彼女も錬金術師だ。話を聞いたところ、癖毛なこともあり、短くしてみたら収まりが良かったのでそれから切り続けているそうだ。


 調合や石けん作りをするときには頭を覆うヘッドスカーフを着けており、髪が混入しないように気を付けている。




 最後は、キャリーだ。錬金術師ではないのに、彼女は髪が短い。




「気がついたのよ。この工房にいる人の中で、髪が長いの私だけだわ」


「俺も長いぞ?」


「テオは別枠」




 腰より下まである青い髪をさらりと流してテオが混じってきたので、カモミールは彼を追い出した。


 エミリアと一緒に風呂に行ったのだが、短髪は洗ってもすぐに乾くのが羨ましかった。カモミールの長い髪は嵩も多く、そんなに簡単には洗えない。




「私も切ろうかな。キャリーさんとエミリアさんを見てると凄い楽そうなんだもん」




 女性の短髪がこんなに多いのは工房の中だけだ。だが、3人のうちふたりが短いと、なんだか仲間はずれのように感じてしまう。




「寝癖……付きますよ、凄く。短いとごまかすのが大変です」




 キャリーが心底嫌そうに呟いた。それがカモミールには意外だ。彼女は錬金術師ではないが、並の錬金術師より錬金術師らしい合理的思考の持ち主である。


 彼女と出会ったときから髪が短かったので、それは何らかの合理的な理由であるとカモミールは思っていたのだが、口振りからするとそうではないようだ。




「寝癖がごまかせないのは大変そうね。待って、キャリーさんはなんで髪を短くしてるの?」


「売ったんです。カモミールさんに出会うちょっと前ですね」




 売った、と言われるとなるほどと思う。お金が絡んでいる辺り、非常にキャリーらしい理由とも言えた。




「キャリーちゃん、そんなにお金に困ってたのかい?」




 エミリアも興味深そうにキャリーを見る。キャリーは軽く肩をすくめ、簡単に言った。




「まあ、贅沢しなければ困りませんけど。街を歩いていたら、貴族家の執事をしているという人に声を掛けられまして。


 その家のお嬢様が病気で髪が抜けてしまったそうで、よく似た髪色の私の髪を買わせてくれないかと言われたんですよ。要は、かつらを作るためですね。その頃はテオさんより長かったので、アップにするのも面倒だなーと思っていたところで、渡りに船と売っちゃいました。


 ……まあ、その直後から、寝癖を直すために毎朝奮闘することになって、ここまで短くしなきゃ良かったなと思いましたけど」




 やはり非常に合理的な理由だった。ある意味納得である。




「じゃあ、これからまた伸ばすのね」


「そうですね、面倒なのでしばらく放っておきますよ。うちの母、あまり手先が器用じゃなくて、前髪を切ってもらってもギザギザになりがちなんですよね。とはいえ、理髪店に行くほどのことでもない気がしますし」




 おそらく髪が伸びすぎたのも同じ理由なのだろう。




「髪の毛、切ります? 私が切ってあげましょうか?」




 はさみを手にしたキャリーが何でもないことのように言ってきたので、カモミールは思わず身震いした。キャリーは手先が器用だ。それは重々知っているが、彼女の毎朝の苦労を聞いた今となっては切りたいと思えなかった。

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