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第140話 元素の最上位素材

 マシューとギルド長を連れて工房に戻ると、カモミールはまずふたりに状況の説明をしなければならなかった。


 カモミールの恋人であるヴァージルが、隣国ゼルストラの間諜であったこと。

 何かの失敗をして魔法使いから毒を受け、死を覚悟した彼がカモミールに一目会いたいと戻ってきたこと。

 そして、彼を助けるためにカモミールはエリクサーを作ろうとしていること――。


 マシューは途中までの事情は把握していたが、途中からは目を見開いて何も言えない様子で話を聞いていたし、ギルド長は娘のキャリーから「質問は全部後にして」と先に念押しされていた。


「というわけで、俺は錬金釜の精霊だ。おそらく錬金術に関する知識で俺の右に並ぶ奴はいねえ。この時代でまともな大錬金術をできるのは、俺くらいだな」


 腕を組んだ偉そうなテオに対して、ギルド長は一瞬呆気にとられた後で床に膝を突き、「ははー!」と頭を下げた。


「いや、何やってるのお父さん。テオさんは別に偉くもなんともないから」

「何を言っている!? ドラゴンの鱗を扱う大錬金術ができる存在など、全錬金術師の羨望の的! 錬金釜の精霊となれば、我らにとっては王より尊い存在だぞ!?」


 がばりと頭を上げたギルド長は、上から見下ろしてくる娘に向かって真顔で叫んでいる。キャリーは肩をすくめてから、その場にいる他の錬金術師に意見を求めた。


「どうなんですか、カモミールさん、キートン先生」

「ちと大げさに過ぎるのう……」

「私もそんな風に思ったことはないわ。二言目にはすぐ大錬金術大錬金術って言う、口うるさい備品くらいに思ってた」

「かーっ! これだからマシューとカモミールはよう! 片方は魔力無しの上に小さな錬金術師、もう片方は石けんのことしか考えてねえ! 俺の価値をもう少し認めろよ!」

「ほら見てよ、この小物感。本当に偉い存在はこんなこと言わないんだから」

「キャリー! おまえももう少しなあ!?」

「ギルド長、そういう訳で、テオは素材さえあれば理論上なんでも錬成することが出来るんです。これまでも一般に流通しているものとは比較にならない性能のポーションなどを作って貰っていました。

 今日も最終的にエリクサーを調合するのは私ですが、魔力が必要な場所ではテオの力を借ります。――そして、テオのことは他言無用でお願いします。テオしか作り出せない上に効果の高すぎる品々は、今の時代に出回ると問題しか起きないと思うので」


 それが例えば魔女の軟膏のように、軟膏であることも伏せられてたったひとりのために使われるならばさほど影響はないだろう。けれど、一度高い効果を知ってしまった人間は既存の品質のものに戻れなくなる。


「それは……確かにそうだ。私の作るポーションでも現時点では高品質なくらいなのだから、テオ様のポーションが出回れば、ポーション制作で生活を成り立たせている錬金術師が全て首を吊ることになるだろう」

「テオ様……」

「テオ様って」

「おう! いいじゃねえか、テオ様! 俺は精霊の中でも人間から見えるほど力のある存在なんだから、本来の扱いはこうあるべきだよな!」


 鼻高々になってふんぞり返ったテオの額に手を伸ばし、キャリーがぴしりと指で弾いた。


「そのテオさんのご主人はカモミールさんなんですよね? テオさんよりカモミールさんが偉くて、カモミールさんの所属している錬金術ギルドを統括してるのが父な訳なんですが、そこら辺の力関係はどうなるんです?」

「こ、細かいことはいいんだよ」


 理路整然としたキャリーにはテオもたじたじになる。弾かれた額を押さえながら、テオはカモミールが入手てきたルビーに手を伸ばした。


「じゃあ、俺の力を見せてやろうか。……とは言っても、まずはマシューに付いてるサラマンダーの出番だな。おい、マシュー、これを手の上に置け」

「おお? 儂か?」


 マシューが慌てて手のひらを上にして差し出したので、テオはそこに色むらのあるルビーを置いた。そしてマシューの肩辺りに向かって話し掛ける。


「そんなわけだ。ちょっと頼むぜ、サラマンダー。このルビーの中に魔力を込めてくれよ。代償は――そうだな、俺の魔力で頼む。マシューの魔力を使うと後で困るしな」


 ぼうっと、マシューの手の上に載ったルビーが青い炎を上げた。その場のテオ以外の誰もが驚いたが、幸いなことにマシューがルビーを落とすことはなかった。炎に見えたが、熱くはなかったのだろう。


 青い炎が紅い宝石の中に吸い込まれるように消え、その後に残ったのは内側に不思議な色合いのきらめきを宿すルビーだった。角度によってそのきらめきは青にも赤にも見え、神秘的に美しい。


「よーしよし。まずは炎の核ができたな。次はセイレーンの涙だが……」

「こ、これが炎の核! 伝説の最上位素材!」


 限界まで目を見開いたギルド長が、マシューの手のひらの宝石にぎりぎりまで顔を近づける。マシューは器用に顔だけを遠ざけていた。


「触っても?」

「大丈夫だ」

「おおおおおお!」


 テオから許可を取り、ギルド長は炎の核を摘まみ上げるとうやうやしく押し戴いた。どうやら、この場でテオ以外に炎の核の価値を正しく理解しているのはギルド長だけらしい。


「セイレーンの涙は、この真珠を一晩月光に当てた蒸留水に浸して、シルフィードの力を借りて作る」

「シルフィード……ウンディーネじゃなくて?」

「セイレーン自体が、水と風の影響を強く受けた魔物だからな。水属性はこの素材で足りてるから、それを結合させるために風の力が必要なんだ」

「難しいわね……」


 一般的には水の力を強めるのは地属性と言われているから、まさかここでシルフィードの力が必要だとは思わなかった。そして、「一晩月の光を当てた蒸留水」なんていきなり言われてもと思ったのだが、テオは常日頃から蒸留水に月の光を当てていたらしい。

 太陽と月は錬金術においては金と銀の象徴でもあり、ギルドの看板にも描かれている大事なモチーフだ。そのエネルギーは目には見えないが、世界の理を形作るものでもある。


「というわけで、キャリーの父親に付いてるシルフィード、ちょうどいいから頼むぜ」

「わっ、私に風の精霊が付いているんですか!?」

「ああ、やっぱりお父さんだったか……私の身近で風の精霊が付いてる人って」


 以前、キャリー本人には精霊は付いていないが、シルフィードの気配は感じるとテオが言っていた。それはやはりキャリーの父であるギルド長だったようだ。先にギルド長を連れてきたのは正解だったと思いながら、加護を受けている本人も気づかないものなのかとカモミールは不思議に思った。


「まあ、そのうちキャリーにも付きそうな気配はあるけどよ。シルフィード、俺の魔力を代償に、セイレーンの涙を作ってくれ」


 テオの言葉で、ふわりと風が動いた。カモミールたちが見守る中、月光の力を宿した蒸留水の中で歪んだ真珠が輝き始める。

 全員が息を詰めて見つめる中、1分ほどしてその輝きは不意に収まった。後に残されたのは、淡い水色の真珠だ。形は元と同じで歪んでいるが、色味が変わってこちらも不思議と心を掴まれるような美しさがある。


「綺麗……こうして見ると、最上位素材って全部が綺麗ね」

「完全に近いものっていうのはそういうものだ。だが、錬金術でいう『完全な物質』ってのは金だからな。これらはあくまでも4属性の最上位素材であって、それ以上じゃない。

 あー、腹が減った。これからもっと魔力を使うから、食い物用意しといてくれ。できれば甘い奴な」

「私買ってきますよ! 甘いものですね?」


 キャリーが素早く立って動き始める。それを見ながら、カモミールはなんとなく「風の精霊の加護を受ける人」がどういう性質を持っているのかがわかったような気がした。

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