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第119話 得意分野に持ち込みます

「薬とは知られない方法で、自然に1ヶ月に一度顔に塗る……それは、やっぱり化粧品と言えばいいんじゃない?」

「だが、継続して定期的に塗って貰うには……」

「だから、お化粧だってば。1ヶ月に一度、マリアさんにお化粧をして貰うような状況を作ればいいのよ!」


 月1度使って1年持つくらいの化粧品なら、最低限のセットであげても構わないとカモミールは考えている。化粧落としクリームなどは省き、下地クリームと白粉だけの最低限のセットだ。それに保湿のために化粧水を付ければいい――そこまで考え、あることに気づく。


「そうだ! うちの化粧水はポーションが入ってるんだから、それで治ってるって思わせればいいのよ! 魔女の軟膏を下地クリームとして使えるように改良して、まずお化粧するときに顔全体に塗って貰うの。その後に白粉を付ける。そうすると、継続して数時間は塗ったままになるから効果も出るわ。

 その上で、毎日使って貰うポーション入りの化粧水の方に、傷を薄くする薬効があるって思わせるの。余程勘が鋭くない限り、化粧水の方に目が行って、本当の薬には気づかないわ。

 しかも、お化粧で完全に傷を隠した状態を目にした後なら、傷が多少薄くなってもわからない。

 どう? 行ける気がするんだけど」


 カモミールに考えられる最上の策である自信があった。ガストンは口元に指を当てて考え込み、何度か頷いている。


「日常的に使う化粧水の方に注意を向けさせるのは、いい手だと思う。実際に薬効もあるわけだしな。後の問題としては、どうやって毎月化粧をして貰うか、だが――」

「鈍いわね! ガストンがデートに誘うのよ! そうしたらマリアさんもお化粧をしてくれるでしょ?」


 カモミールの言葉で、ガストンが目を見開いて驚いていた。見る間に耳まで赤くなってあたふたとしている様が、あまりにも見慣れないが愉快だ。


「だ、だが私は彼女に何度も断られて……」

「でもマリアさんもガストンのこと嫌いじゃないのよ、むしろ好きなの。でも自分が釣り合わないからって思い込んでて応じてくれないだけなのよ。

 まずは一度彼女に自信を付けて貰いましょう。ヴァージルにお化粧をして貰って、着飾って普段は行かないお店に食事に行くの。どう?」

「ヴァージルに……確かに、クリスティンでも腕利きだと聞いているが」


 ヴァージルの名前にガストンが見る間にうなだれた。ガストンは先程のヴァージルの態度で、彼が自分に対して友好的ではないことを改めて思い知ったのだろう。

 カモミールはだんだん腹が立ってきた。ガストンは思い切りが悪い。何事も深く考えてから行動に移す性質であるのは確かだが、時には思い切って行動しなければいけないのだ。


「ヴァージルはガストンに謝りたがってたから、問題ないわね。そうだ、こうしよう! 私とヴァージルとガストンとマリアさんの4人で食事に行くのよ。それならマリアさんもいきなりふたりきりで出かけるよりは緊張しないだろうし、近頃評判のお店でそれほどお高くないと言えば乗りやすいはずよね?」

「だが、そんなに都合良く……」

「うだうだ言わない! ガストンがマリアさんに声を掛けて断られるのが怖いなら、私が声を掛けるわ。嘘をついてでもいいから、引っ張り出してみせるから! ガストンはお店で花束持って待ってればいいわ」


 カモミールが床を踏みならして声を荒げると、ガストンが一歩後ずさった。そして、しばらく視線をさまよわせてから「おまえには敵わない」と何かを諦めたように呟いた。


「いろいろと迷惑を掛けるな……」

「ガストンのためだけじゃないの! 私はマリアさんと知り合っちゃったの。化粧品を作ってる人間として、あの人を『可哀想』のまま放っては置けないのよ。

 あ、かかる費用のことなら気にしないで。この前貰ったミラヴィアの売上金で、食事まで行って十分お釣りが来るわ。元々手元に入ってくると思ってなかったお金だし、だったら美味しい食事に使っても問題ないし。ちょうどいいお店があるしね!」


 カモミールが考えたのは、先日ヴァージルとふたりで行った店のことだ。あそこならば個室もあるし、人目を気にせず食事を楽しむこともできる。そして、4人で個室を頼んでも平気なくらいの金をカモミールはガストンから受け取っている。


「おまえのその行動力は見習いたいものだな。生憎、私は食事にいい店などには疎い。その辺りの段取りはカモミールに任せてもいいか?」

「任せて。夜だったらガストンもマリアさんも、休日をさほど気にせず行けるわよね? 私がガストンに頼みたいのは――ガストン、マリアさんのことも診察したことがあるのよね?」


 ――カモミールがガストンに頼んだ内容は、ガストンを大いに動揺させた。



 翌日、カモミールとタマラは昼頃の時間を見計らってマリアのパン屋を訪れた。

 ちょうど目の前で閉店されそうになり、慌てて店頭に走って行く。


「マリアさん、こんにちは!」

「あなたは……ガストン先生の」


 カモミールの訪問にマリアは驚いたようだが、店内から父親が彼女を送り出そうとする声が聞こえ、少しの間を置いて店から出て来た。


「また来てくださったんですね。ごめんなさい、カモミールさん、でしたっけ」


 マリアの中でカモミールはガストンに紐付けられているらしい。仕方のないことではあるが、それだけマリアの中ではガストンの存在が大きいのだろう。それに思わずカモミールは苦笑する。


「憶えててくれて嬉しいです。これから買い物に行くんですけど、よかったら少し付き合ってもらえませんか?」

「私に……ですか?」


 突然のことでマリアは驚いているが、よく知りもしない相手に誘われれば当然の反応だろう。ここを押し切るのが今日のカモミールの課題だった。


「自分だけで選ぶといつも同じような服ばかり選んじゃうし、タマラに任せるとすっごい可愛い服ばっかり選んで来ちゃうんですよ。だから、たまには別の人の意見を聞けたらなって」

「ミリーは可愛い服が一番似合うのよ! いいじゃない、可愛い服。私には着られないような服をミリーに選んで何が悪いのよ」


 タマラは腰に手を当てて憤慨したように見せているが、あらかじめ打ち合わせ済みでうまいこと演技している。おそらく、言っていることは本気なのだろうが。


 タマラとカモミールのやりとりにマリアはクスリと笑った。自分にはとても真似ができそうにない、守ってあげたくなるような儚さだとカモミールも思う。


「楽しそうですね、父に話してから着替えてきます。少し待っていてもらえますか?」

「はい、待ってます」


 笑顔で手を振り、カモミールは店に戻っていくマリアを見送った。

 今日のカモミールとタマラの目的は、マリアの足のサイズを確認することだ。別に靴を買わせる必要はない。どの靴が足に合うサイズなのかだけ憶えておけばいい。試着だけならマリアにさせることもできるだろう。


 そしてタマラはマリアのサイズをきちんと憶える予定である。ガストンもマリアのことを診察しているので、かなり詳細に体型を把握しているはずだ。だが本人がいない状態で服を選ぶのならば、タマラも憶えていた方が確実である。


 昨日カモミールがガストンに頼んだのは、マリアの服を買うことだった。

 彼女に似合うとガストン自身が思える服と、靴を買うように話してある。

 それは実質ガストンからのプレゼントになるが、着せるときにはカモミールの服を貸すような体で話を持っていく予定である。それならばマリアもさほど抵抗なく着ることができるだろう。

 あわよくば、この機会にマリアの好みも調べておきたいところだ。


 3人で向かったのは、以前カモミールとキャリーとタマラで服を選びに来た店だ。今日はかなり賑わっていて、マリアは怖じ気づいたように店の入り口で立ち止まってしまった。


「あ……私、こういうお店は場違いに思っちゃって……。他のお客さんが気を悪くするんじゃないかと」


 やはり、とカモミールは内心嘆息する。

 マリアは臆病過ぎる。そして、他者の目を気にしすぎだ。実際は彼女を見ている人などいなくても、まるで注視されているように感じるのだろう。


「え? そんなことないですよ。ほら、見てください。みんなが見てるのは服ですよ。他のお客さんを見てる暇なんてないですからね」

「そうそう、あらー!? あの服いいわ、絶対ミリーに似合うわよ!」


 さっそくタマラが突撃していく。そしてエメラルドグリーンのワンピースを持って戻ると、カモミールに当てて見せた。


「うんうん、ミリーは外に出ることが少ないから色白だし、やっぱり髪色にこの緑は映えるわね! あら? もしかしてこれマリアさんにも似合うんじゃ?」

「わ、私ですか? ええと……」


 有無を言わせずにタマラがマリアに服を合わせ、カモミールとふたりで「おおー」と唸る。カモミールに似合う服と言って持ってきたが、最初からどちらにも合う服を選んできたのだろう。


「髪色は違うけど、同じような色が似合うわね。ふたりとも色白だし、鮮やかな緑はいいわ。やだー、楽しくなってきたわ!」

「ねえー、タマラ、この色ちょっと派手じゃない?」

「そのくらい華やかな服を着なさいよ! たまにはおしゃれした方が恋人だって喜ぶでしょ」

「そ、そうかな」


 カモミールはタマラが選んだワンピースを体に当てて鏡を見た。ウエスト部分がコルセットになっており、その部分は深緑に白いリボンで編み上げられている。緑と白の色の対比が鮮やかで、爽やかさもある。首元は詰まっているが、フリルが付いているので苦しそうには見えない。

 何よりいいと思った点は、ウエストの調節がきくところだ。全体の丈は長く、カモミールより数センチ背が高いマリアが着ても問題はなさそうだった。


 けれど、マリアに似合いそうと思えば思うほど、カモミールはこの服を選べなくなる。

 ガストンが選んでこそ意味があるのだ。そして願わくば、ガストンがこの服を選べばいいとカモミールは思った。


 何着かの服をカモミールに合わせ、ついでにマリアにも当てることをしていると、そのうちマリアも店に馴染んだようだ。カモミールたちが言ったように、客は服に興味があるだけで、他の客を見ているどころではないのが理解出来たのだろう。


「楽しいですね。誰かとこうして服を選ぶのなんて初めてです。ふふっ、私の服だったら緊張したかもしれないけど、カモミールさんの服だと思うとちょっと気が楽だし」


 初めてマリアが心からの笑顔を見せたとカモミールは思った。

 マリアがカモミールのために見繕ってくれたのは、カモミールもよく選ぶ深い青の飾り気のないワンピースだ。


「私、マリアさんと趣味が合うかも。紺色とか青とか、よく選ぶんですよ」

「そうなんですか? この襟が大きいところが素敵と思ったんですよね。ほら、首のところが詰まってるじゃないですか、ここにこの機械編みのレースのリボンを回して結べば、ぐんと華やかになりそう」

「マリアさん――いえ、マリアちゃん! すっごくいいわ! そのセンス大好きよ!」


 タマラが勢いよくマリアの手を握り、興奮気味に叫んだ。カモミールは既視感があるなと思ったが、キャリーと意気投合したときにやはりこの状態になっていた気がする。

 マリアはタマラに手を握られて驚いていたが、すぐに楽しそうに笑い始める。その笑顔にカモミールはほっとした。


 彼女は、自分の傷に足を取られてはいるが、楽しいことは楽しいことと捉えることができるのだ、と。

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