1軒目の花屋では白アロエについて訊くと「すみません、お花以外は扱ってなくて」と申し訳なさそうに返された。
2軒目と4軒目の花屋では花以外の観葉植物も扱っていたが、普通のアロエはあっても白アロエはなく、「聞いたことがありませんね」と言われた。
花屋とて、街中に溢れるほどあるわけではない。
4軒巡り、その間にガラス工房と陶器工房に発注をかけ、それ以外の成果なしでは少しめげてくる。
「白アロエって、現代に実在するのかしら……」
「やべえ、俺も不安になってきた」
思わず漏らした弱音にテオまでもがそんなことを言い出して、カモミールは落ち込みそうになる。
しかし、錬金術ギルドで白アロエについて尋ねてみると、職員のひとりが「あー、聞いたことあるなあ」と反応したのだ。
「どこにありますか!?」
カモミールが勢い込んで尋ねると、職員は唸りながら奥の部屋に入り、羊皮紙を綴じて作られた古い書物を持ってきた。
「これは古いレシピなんだけど、大錬金術では比較的よく使われていた素材のようなんだ」
「まあ、そうだな。そこら辺に生えて……」
テオが余計なことを言うので、カモミールは手を伸ばしてその口を塞いだ。
「その頃はそこら辺に生えてたんでしょうねー!」
無理矢理言葉を繋ぐと、職員は不思議そうにふたりを見ながらも頷いてくれる。
「今では基本のポーションも作れるかどうかの魔力量の人がほとんどで、こういった上級レシピはすっかり廃れてしまったけどね。
……そうか、主要材料になるくらいだから、そのものの持つ治癒効果もそれなりに高いはず。アロエの一種なのだからそのまま傷に付けても効果が……」
職員の男性はやはり錬金術師なのだろう。会話の途中で自分の考えに没頭してしまった。
「やっぱり興味ありますよね、白アロエ」
彼の意識をこちら側に戻すために共感を示してみせると、「もちろん!」と職員は笑顔で頷いた。
「花屋は何軒か回ってきたけどそもそも知らないってところも多くて。でももしかしたら大錬金術で扱う物だし、成育中の株は見つからなくても種だけでもギルドにないかなと思ったんですが」
キャリーから聞いた話で職員の意識を誘導すると、案の定彼はハッとした顔をしていた。キャリーが言った通り、ギルドでは素材の種も扱っているのだ。
「種か! それは確認したことなかった。そもそも僕がここに勤め始めてから、白アロエを欲しがる人は来たことがなかったからね。カモミールさん、ちょっと待ってて貰っていいかな」
「はい、待ちます」
職員に名前を憶えられていたことに少々驚きつつ、カモミールが承諾すると職員は早足で別室へ入っていった。
「種の保管があるなら、可能性はあるわね」
「そうだな、育てるのは簡単なんだ。増えねえだけでよ……」
先程カモミールに思い切り口を塞がれたことで、テオも迂闊なことを周囲に聞かせないように小声で話すようになった。
それでも、ちらちらとテオに視線が集まっているのを感じる。主に女性職員が好奇心を隠そうともせずにこちらを見ているのだ。
「無駄に顔がいいのも考え物ね」
テオのように明かせない秘密だらけの存在にとっては、目立つことはあまりいいことではない。
だが、そもそもテオの性格自体がお調子者であり、目立ちたがりである。
「いや、さすがに俺だって、この世の中で自分は精霊だって明かすことの危険性くらいわかってるつもりだぜ」
「つもり、止まりなのよねえ」
「だいたい、魔法使いですら面倒なことになってるような時代に……」
「あれ? テオって魔法使いの知り合いがいるの?」
それはカモミールにとって初耳だ。魔力持ち、と言われる人ですらそれほど多くはないのに、魔法が実際に使えて「魔法使い」と呼ばれるような人は実在すら疑わしい。
「あー、前にな」
テオが明後日の方を向いてあからさまにごまかした。基本的に嘘をつく必要のない精霊は、嘘をつくこと自体が下手だ。カモミールにはそれが嘘だとすぐにわかったが、テオと接点がある人々はごく限られており、その中に魔法使いがいるとは思えなかった。
「えっ、誰なの? 教えてよー」
「聞くな! 知らない方がいいことってのもあるんだよ」
顔をしかめたテオが妙に人間くさいことを言う。けれども、これは完全に拒否の姿勢である。魔法使いと呼ばれる存在に興味はあったが、カモミールはそれ以上の追求を諦めた。
半刻ほどそうして待っていただろうか、勢いよく部屋のドアが開き、小袋を持った職員がそれを掲げて小躍りしながら出て来た。思わずカモミールも立ち上がって窓口に駆け寄る。
「ありましたか!?」
「ありましたよー! いやー、見つけ出すのが大変だった! 10粒セットで5000ガラムですけど買いますか? 僕は買いますよ!」
種は見つかったがかなり昔の種であることは間違いないので、農家育ちのカモミールにとっては「まともに発芽するの?」と疑問である。
「この種の保存環境って……」
「種専用の防湿低温保管庫ですよ。錬金術ギルドの名にかけて、とにかく劣化の度合いは他の環境とは比べものにならないから、安心していいと思うよ」
「わかりました! 3セットください」
発芽率が悪くてもこれくらい植えれば1株くらいまともに育つだろう、そう期待してカモミールはカウンターに15000ガラムを置く。
「いい機会だから増やしましょう。おそらく魔力無しの錬金医でも重宝する素材になると思うよ。栽培に成功したら買い取りをするようギルド長に話しておくから」
「そうですね、私が読んだ本では育てるのは簡単だけど種を取るのが難しいと書いてあったので、今後のためにも増やして種を取っておきたいですしね」
カモミールがもし栽培に失敗しても、他の人が育てられれば入手の機会もできる。そう思ってカモミールは職員に賛同した。
15粒の種を小袋に入れて貰い、カモミールは悩んでいた。
これを育てるつもりはある。だが、マリアの傷痕に使うためには時間が掛かりすぎる。
やはり、今使いたいので種だけではなく株をどこかで見つけたかった。
「どっかにないかなあ……白アロエの株」
「うーん、あんまり寒すぎるとやられることもある植物なんだよな。確実に育てるには鉢植えで室内に移動するか温室が必要なんだが……そもそも、この辺は冬が大して寒くないから、まさか白アロエが全滅してるなんて思ってなかったぜ」
「テオ、今なんて言った?」
「全滅してるなんて思わなかったぜ」
「違う、その前!」
ギルドの前でカモミールはテオの着ているシャツを思いっきり握りしめていた。
妙なひっかかりをテオの言葉の中に感じたのだ。だが、話の続きを聞いていたらわからなくなってしまった。
「ん? 寒すぎるとやられることがあるから、鉢植えか温室かってところか?」
「それだ! 温室!」
様々な植物が育てられていて、古くから丁寧に管理されている場所にひとつだけ心当たりがある。
他でもない、ジェンキンス侯爵邸だ。庭園には花を見るための植物ではないものも多かったし、温室もある。もしかするとあそこならあるかもしれないと、カモミールはひらめいたのだ。
「侯爵邸に行ってみよう! その前に、マシュー先生のところに行かなきゃ」
カモミールはテオの袖を引っ張り、走り出した。
マシューに石けんの試作をしたいことを伝え、明日工房に来て貰うように頼んだ。その後は乗合馬車を使って侯爵邸に向かう。
乗合馬車に初めて乗るテオははしゃいで人目を集めていたが、もうカモミールは気にするのをやめた。今彼女の心中を占めているのは、侯爵邸に白アロエがあるかどうかという問題だけだ。
「カモミール・タルボットです。庭師のトムさんにお会いしたいんですが」
侯爵邸の門番に訪問の理由を伝えると、年嵩の門番は「珍しいですね」と笑いながらも庭園にトムを呼びに向かってくれた。
以前侯爵邸に逗留して礼儀作法の特訓をしたとき、最後の日の朝に庭園をジョナスとアナベルと共に散策した。
その時、庭の一角に小山のように植えられたタイムの由来について教えてくれたのが庭師のトムだった。それほど前のことではないのに、妙に懐かしく感じる思い出である。
すぐにやってきたトムは、カモミールを見て笑って帽子を取り、挨拶をした。
「お久しぶりです、カモミールさん。私に御用とは珍しいですね」
「こんにちは、本当にお久しぶりです。トムさんだったらもしかして知っているかと思った植物に関する話がありまして。白アロエって知ってます? 昔はそこいらに当たり前のようにあった植物だそうなんですけど、今はこの辺りでは種しかなかったんです。
アロエは寒さに弱いので、それで負けて枯れてしまったと思うんですが、もしかしてこちらの温室なら残っているんじゃないかと思いまして」
「白アロエ……ああ、あれかな。確かに温室に珍しいアロエがありますよ。葉っぱが肉厚で色はかなり白味が掛かってて、うっすらと斑点が」
「それだ!」
トムの言葉にテオが身を乗り出す。その勢いにトムは少し後ずさってよろけた。
「すみません、トムさん! テオ、いきなりそんな大声出したら驚くじゃない」
「いや、だっておまえ、これだけ探し回って種しか見つからなかったんだぞ? 俺だって興奮くらいするぜ」
唇を尖らせてテオが抗議する。今更ながらテオを侯爵邸に連れてきたのは初めてだったと気づき、カモミールは門番とトムにテオを紹介した。
「紹介が遅れてすみません。彼はテオといって、うちの工房の助手なんです」
「そういうわけだ、よろしくな」
テオの独特の距離のない空気感に、門番たちは少々戸惑ったようだった。それはこの際置いておくとして、カモミールはトムに向かって頼み込む。
「その白アロエらしきものを見せていただいて、できれば少しで結構ですので分けていただくことはできますでしょうか?」
「それは私の一存では決められませんね。旦那様にお伺いを立てて参りますから、少々お待ちください。――ああ、ご心配なく。カモミールさんのお願いであれば旦那様もお許しくださるでしょうから。
以前カモミールさんが滞在されてから、お嬢様も坊ちゃまもよく庭園にいらっしゃるようになったんですよ。タイムの世話をされたり、他のハーブについてもご興味を持たれたようで。旦那様はそのことを大変お喜びなんです」
「そうなんですか。それはよかったです」
ジェンキンス侯爵家にとってタイムは大事な象徴だ。ジョナスとアナベルの心の中に、それを大事にする種を撒けたとしたらとても嬉しい。
「それでは、ひとっ走り行ってきます」
帽子を手にしたまま、トムが屋敷に向かって走って行く。
門番が気を利かせてくれ、トムが戻るまでどうぞと詰め所の椅子を勧めてくれた。
そして、さほど待つこともなくトムが戻ってきて、その笑顔でカモミールは侯爵の許可が下りたことを知った。
「旦那様のお許しをいただきました。温室にご案内します。どうぞ」
「ありがとうございます!」
トムの後ろを付いて歩きながら、カモミールは思わずスキップをしそうになった。
昼食を食べるタイミングも逃すほど走り回ってやっと見つけたのだ。それくらい嬉しかった。