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第84話 女の子だけで食事したいときもあるの

「改めて紹介するわね、侯爵邸で侍女をしていて、逗留時に私付でお世話になったサマンサとドロシー。彼は助手のテオで、彼女は主に経理と細かいこと担当のキャリー。ドロシーとキャリーさんは同い年なんですって」

「えっ、そうなんですか? 落ち着いてるしてっきり歳上かと。でも侯爵邸の侍女をされてるなら落ち着いて見えて当たり前かもしれませんね」

「よく間違えられるの。そっちのサマンサはカモミールより歳上よ」

「女の歳はわからないねえー」


 テオがぼやいたところで、サマンサは彼の顔を改めて見て驚いていた。


「うそっ、美形! 役者さん?」

「助手だってば、今言ったでしょ」

「なんかこのやりとり前にもした覚えがあるな……」

「エノラさんと初めて会った時ね。――そういえば、エノラさんがヴァージルに今日は帰りに雨が降るから傘を持って行きなさいって言ってたけど」


 カモミールはドアを開けて空を見上げた。朝よりは大分雲が増えているように見えるし、西の空は少し暗い。


「雨、もしかしたら降るかも……」

「ああ、今日は降るぜ。水と風の精霊が騒いでる」


 しれっと言ったテオに、サマンサとドロシーが驚いていた。キャリーが無言で立って行って、テオの頬をつねっている。


「テオさんは……進歩がない。進歩がないですよ……」

「いーでででで」

「あのね、テオは魔力持ちで、精霊がわかるんだって! 今時珍しいのよねー。でも錬金術師で魔力のあるなしって結構重要だから、私魔力なしだし助かってるのよ」


 カモミールは慌ててごまかした。嘘ではない。テオ自身が精霊だと明かしていないだけだ。


「どうしよう、このままだと夜に降るわよね? うーん、じゃあ、先に女の子四人でお茶に行かない? サマンサとドロシーへのお給金はそれってことで」

「それでもいいわよ、お昼兼お茶で、夕方は雨が降る前に帰ればいいわね」

「キャリーさんの分は私の奢り。ふたりにはそれと化粧水をあげるわ。今作るから待ってて」

「ええっ、そんな高価な物貰っていいの?」

「多分、作ってるところ見ると高価と思えなくなるわよ」


 カモミールは冗談めかして言い、ふたつのガラス瓶に様々なハーブを漬け込んで作ったティンクシャーを計量して入れ、更にポーションとブレンド済みの精油を入れてから、ほんの少しだけクエン酸を足す。そしてよく瓶を振ってそれらを溶かし、精製水で薄めた。


「はい、まだ発売前だから、ヴィアローズじゃなくてカモミール印の化粧水と言うことにして置いて。作り方だけ見ると簡単でしょう? でも材料は秘密」

「ミラヴィアの化粧水は少しだけ使わせて貰ったことがあったけど、こんなに簡単な手順で作れちゃうのね。びっくりしたわ」

「そうね、ティンクシャーを作るのに時間がかかるし、何を漬け込むかを研究するのに時間は取ったけど、実際に作り始めるとこんなものなのよ」


 テオ製の「市場に出回らせてはいけないポーション」が入っていることは、特に言えない秘密である。

 カモミールが瓶を渡すと、ふたりは瓶を開けて中身を少し手に取り、手の甲でぺたぺたと感触を試した。


「凄い! さらっとしてるのにすぐに肌にしみこむ感じね! それにいい香り。ミラヴィアの時より更に良くなってるのが実感出来る! これを作り上げたカモミールって本当に凄いわ、奥様が特別扱いするのもよくわかるわよ」

「褒めすぎよー、って前は言ったと思うけど、今はこう言うわ。ありがとう、努力の甲斐があったわ、ってね」


 サマンサの褒め言葉を素直に受け取ると、ドロシーがクスリと笑った。


「侯爵邸に来た最初の日のカモミールとは本当に変わったのね」

「うん、あなたたちのおかげよ。いえ、あなたたちだけじゃなくて、グリエルマ先生も、侯爵家の方々も、いろんな人たちのおかげ。私は私が作った物に誇りを持ってるから、自信を持って、胸を張るわ。――じゃあ、美味しいお昼とデザートが食べられるお店に行きましょう。ふたりはどこかいいお店知ってる?」

「この前ちょうどそういう話回ってきたわよ! 女性がたくさんいる職場の情報網は凄いんだから」

「そうそう、イヴォンヌ様まで行きたがってたもの。やっぱりお茶の時間が混むらしいから、お昼兼お茶が無難だと思うわ」

「俺も……行きたい……」


 美味しいお昼とデザートと聞いて、テオがカモミールの顔を窺ってくる。


「ええええ、やだー。女の子だけで行きたいー。それにテオに食べさせてたらどれだけ食べるかわからないし」

「テオさんは非常識だから連れて行けませんよ。お留守番しててください」

「ちくしょう、キャリー、憶えてやがれ!」


 テオがどんどんとテーブルを叩いて悔しがるが、サマンサとドロシーという部外者がいる以上、どんな口の滑らせ方をするかわからないテオは連れて行けない。

 そのテオの前に、カモミールは指を1本立てて見せた。


「美味しかったら、ケーキか何かお土産に買ってくるわ。その代わり、貸しはこれね」


 ポーション1本分貸し、ということである。テオは口を尖らせてはいたが、渋々頷いた。



 サマンサとドロシーの案内で入った店は、庶民の富裕層向けといった趣の店だった。1階には四人用の丸テーブルがひしめき合い、2階には個室があるそうだ。

 人数が多かったり、他の客と同じフロアを使いたくなければ、多少割高だが個室を使えと言うことだろう。


 四人とも食後にデザートを食べる方が本命なので、昼食はむしろ軽めで良かった。その分、ひとりでケーキ2種類に紅茶という以前のカモミールだったら卒倒しそうな注文をする。


「錬金術師って面白いわね。この前練り香水を作ったのを見たときも思ったけど、なんとなく想像していたものよりもずっと危なくないし、驚いたわ」

「私は昔みたいに魔力を使ってポーションを作ったりする大錬金術とは違って、魔力なしでもいろんな道具を使って毒性のある鉱物から毒を抜いたり、身の回りの物を作ったりする生活錬金術師だからそう見えるのよ。

 キャリーさんが今勉強中だけど、石けんとか結構危ないわよ? 手順を間違えると大火傷を負ったり失明したりする危険もあるしね」

「キャリーさんは経理だけじゃなくて錬金術もするの? 凄いわねえ!」

「いえ、私は錬金術師じゃなくてただの石けん職人を目指してます。私自身も魔力なしだし、父が大錬金術をやってるもので、普通の錬金術はこりごりですよ……」


 キャリーの苦労が声にしみじみと現れていた。あははは、と笑いながらサマンサがキャリーの口に自分のケーキを一口分突っ込む。


「食べなさい食べなさい、どうせカモミールの奢りだし。こういうときはぱーっと楽しみましょ!」

「サマンサって……やることは丁寧なのに、こういうときは随分雑なのね」

「驚くでしょう? 同期だからよくふたりで組まされるんだけど、最初はいろいろ驚かされたわ」

「あっ、これ美味しい! なんですか? ヨーグルトムース? へええ、酸味と滑らかさがいいですね。上にかかってるソースは蜂蜜みたいですけど」

「ヨーグルトムースと、レアチーズケーキと、チョコレートケーキは食べるべきって言われてたの。でも私タルトも好きだからそっちも捨てがたくて。だからドロシーがレアチーズケーキとチョコレートケーキなのよね」

「これも美味しいわよー。バターたっぷりのブリオッシュに、フォークを刺すと染み出るくらいのオレンジリキュールがかかってるの。上のクリームがオレンジの香りに合うし、あー、お酒飲みたくなっちゃう」

「カモミールさん、ほんとお酒好きですよね。……でも、確かに凄くいい香り。一口貰っていいですか?」

「いいわよ、キャリーさんのりんごのタルトも一口ちょうだい。表面がパリッとしてるのね」

「そうなんですよ。表面がカラメリゼになってて、そのほろ苦さとりんごの甘さが凄く美味しいです」

「……テオを連れてこなくて正解よね」

「食べ尽くしますからね、あの人」


 若い女性が楽しげに美味しい美味しいとケーキを食べる姿は、店にとっても良い宣伝になるのだろう。注文したケーキの交換などはあまりしないのが一般的だが、この店ではケーキの種類も多いし開店してまだ日が浅く、いろいろな種類を食べて知って貰いたいという思惑があるのか、特にとがめられはしない。


 楽しくしゃべりながらケーキとお茶を堪能し、カモミールはキャリーが食べていたタルトタタンとドロシーが食べていたチョコレートケーキを土産用に買った。

 いいお店を教えて貰ったものだ。ここは憶えておいて損はない。サマンサ情報では、夜の食事もコースがあるらしい。


「曇ってきたわね」

「じゃあ、頑張って残りの作業を終わらせましょう」


 美味しいケーキで気合いを入れ直した四人は、素晴らしい手際で白粉を詰める作業を進め、雨が降る前にとドロシーとサマンサは帰っていった。


「じゃあ、テオ、これどうぞ」

「待ってました!」


 工房がいつもの三人になったところで、カモミールはケーキをテオに差し出した。

 テオは嬉しそうにケーキにかぶりつき、僅か二口ほどでタルトを食べてしまった。


「なんてもったいない」

「私も今イラッとしたわ」

「おおお、こりゃうめえな! ちまちま食べるより口いっぱいに頬張ったほうが格段に美味いぞ! カモミールの金で食べるケーキは格別だな!」

「おかしい……さっきドロシーとサマンサにも奢ったはずなのに、同じことなのにテオが言うと腹が立つわ」

「わかります。――あ、雨」


 バタバタと窓を雨粒が叩く。エノラの朝の予報が的中したことにカモミールは驚いた。


「キャリーさん、傘持ってきてないわよね? エノラさんのところで借りてくるから待ってて」

「すみません、お願いします!」


 工房から隣のエノラの家まで少し濡れながら走ると、エノラがレースを編みながら「ね、降ったでしょう?」と笑っていた。


「エノラさん、どうしてわかったんですか?」

「そうねえ……なんとなく、よ。――ほら、歳を取るといろいろ、ね」


 実家にいる祖母も雨の前に関節が痛くなると言っていたので、案外そんな予報法なのかもしれないとカモミールは納得してしまった。

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