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第81話 妖精のドレス

「あの、わたくしは……」


 いつまでこのまま立っていればよろしいのでしょうか、と尋ねようと口を開いた瞬間、タマラと侯爵夫人がさっと振り返って言葉を遮ってきた。


「ダメよ! ミリーの意見を取り入れると地味に持っていこうとするんだから!」

「申し訳ないけど今回あなたの意見を取り入れるわけにはいかないのよ」


 タマラはともかく侯爵夫人まで、である。人の話を遮らないのが礼儀作法の初歩ではありませんでしたか、とカモミールは崩れ落ちそうになった。


「あらっ! いやですわ、気がつきませんで。はい、これをどうぞ」

「お気遣いありがとうございます、ドレイク夫人」


 ただひとり、中年のドレイク夫人だけが若干意図はずれているが、カモミールの言いたかったことを少し察してくれた。白くふんわりとしたショールを肩に掛けてもらい、その温かさにほっとする。


「あっ、寒かったのね……そうよね、下着一枚で立っていたんだから。言ってくれればいいのに」

「言おうとしたの! それを遮られたの! わたくしはいつまで立っていればよろしいのでしょうか」


 カモミールが返した言葉で、タマラと侯爵夫人は揃って顔を覆った。ドレス選びに没頭するあまりカモミール本人のことを忘れていたことに気づいたのだろう。


「ごめんなさいね、ミリー。思ったよりあなたがずっと華奢で妖精らしかったものだから、熱が入ってしまって。服を着て座ってちょうだい、温かいお茶を用意させましょう。

 それにしても、タマラ嬢とミリーはいつもこんな感じでおしゃべりをしているのね。なんだか微笑ましいわ」


 侯爵夫人の指摘で、カモミールとタマラははっと顔を見合わせた。侯爵夫人の前であるのについいつもの調子で会話をしてしまったのは失態だ。


「大変失礼をいたしました、侯爵夫人。お許しくださいませ」

「お目汚しをいたしました。申し訳ございません」

「いえ、いいわ。あなたたちの間では貴族流の礼儀作法が必要ではないというだけだもの。

 タマラ嬢、あなたをタマラと呼ばせて欲しいわ。私のこともマーガレットと呼ぶことを許します。ドレイク夫人は今の状態が慣れきっているけれども、表面上だけの礼儀なら不要よ。今はこの三人で議論をしてミリーのお披露目会に相応しいドレスを作り上げる事が最優先事項よ。多少の言葉の崩れは気にしません。

 タマラ、忌憚なき意見をミリーのことをよく知るデザイナーとしてどんどん出してちょうだい。わたくしの前であろうとも、ミリーとは普段通りに話していいわ」

「ああ、マーガレット様……お心遣いに心から感謝いたします。変わりなく懐深きあなた様はわたくしの敬愛の対象です。侯爵家に剣を捧げ続けることが適わなかったことが口惜しく」


 タマラは感激で目を潤ませていた。侯爵夫人はその高貴さと美しさだけではなく、心ばえからも周囲の敬愛を受けていたのだとカモミールにもよくわかった。


 そして、カモミールは「この三人で」と言われたことに軽く衝撃を受けていた。ドレスを作り上げる存在として、もう完全に意見を求められていないのである。


 侯爵夫人が鳴らしたベルで部屋の外に控えていたイヴォンヌが入室してきて、お茶の用意をと申しつけられて退室する。


「ミリー、悪いけれどもそこで座っていてね。あなたから得られるインスピレーションというものがあるのよ」

「かしこまりました」


 弱々しい笑みでカモミールは頷く。自分を蚊帳の外に置かれたドレス議論は退屈極まりなくて、これならグリエルマの授業に出ていた方が有意義なのではないかと思ったが、そう言われてしまっては仕方ない。

 手持ち無沙汰なのが伝わったのか、またもやドレイク夫人が助け船を出してくれた。


「お暇でしょう? これは当店の歴代店主が作ってきたドレスのデッサンの写しなのですけれど、時代によって流行が変遷し、また昔の形が流行したりしているのがとてもよくわかりますのよ。これでもご覧になって」

「ありがとうございます」


 何もしないよりはマシと、あまり興味もない大きな画帳を受け取る。一枚一枚めくってそれを見ていると、実用性や今の流行などから考えて「これはどういう意味が」と問いただしたくなるようなデザインもある。


 豊かに膨らんだ胸元に華奢なウエスト、これでもかと広がるスカートの、いわゆる「女性が一番苦しかった時代」のドレスを見てカモミールは青ざめた。横にはスカートを膨らませるためのボーンのスケッチと解説もあり、コルセットで絞られたウエストは恐ろしく細く描かれている。


「わたくしの意見を求められていないのは承知の上ですが、ひとつだけお聞き入れいただきたいことがございます」

「発言を許します。どうぞ、ミリー」


 発言の許可が侯爵夫人から下りたので、カモミールはそのドレスの描かれたページを三人に向けた。


「どうか、どうかこの形だけは避けていただきたく……」

「確かに……」

「安心して、いくらなんでも時代錯誤過ぎてそれはあり得ないわ」

「お披露目会はクリスティンの王都店でございますよね? こんなドレスを着ては周りの品をなぎ倒してしまいますわ」


 口々にドレスに対する否定が出て来たので、カモミールはほっと息をついた。

 しかし三人にとっては見せられたドレスも参考になったのだろう、そこからまた議論に火が付いたように盛り上がっている。


「あれはあり得ませんけれど、むしろ自然さを求めたスタイルこそがカモミール嬢にはよろしいのでは? 」

「そうね、苦しそうなドレスを着ている妖精なんてもっての外だもの」

「一見飾り気は無く、けれども可憐さは前面に押し出して――シュミーズドレスはいかがでしょう? 着る人に負担を掛けず、今の流行からも全く外れておりますし」

「シフォン生地を何枚も重ねたシュミーズドレスの、下の生地に濃いバラ色を配して、上に重ねる白い生地に透けさせてはいかがでしょう? スカート部分もこのように、段を入れて重なりを見せれば色の重なりがよく見えますわ」


 ドレイク夫人の提案に、タマラが凄い勢いで鉛筆を走らせてドレスを描いた。

 胸の下でリボンを結んで軽く生地を絞り、そこから下はすとんと布を落としたような形のドレスだ。確かにこれならば苦しくなさそう、とカモミールは思う。


 首元はスクエア型で鎖骨まで描かれており、袖は百合の花が咲くように外向きに開いている。スカート部分は真ん中当たりで切れ込みが入り、そこから一枚一枚の重なりがわかるようにと細かく描かれていた。


「タマラ! ああ、良かったわ、これがあなたの天職なのね。ドレイク夫人、布見本は」

「もちろん持参しております。シフォンの白とバラ色を持って参りますので少々お待ちくださいませ」


 慌ただしくドレイク夫人が出て行き、さほど時間をおかずに布を大量に抱えて戻ってきた。またもやカモミールは立たされ、肩にバラ色のシフォン地と白いシフォン地を大量に掛けられる。


「一番上までバラ色が透けるほどでは無いわね……でも、これはいいかもしれないわ。ぱっと見は白いシンプルなドレスだけれど、袖口や裾を見るとバラ色の花が咲いたように重なりが徐々に見えていくのね」

「はい、胸元で結ぶリボンに最下層と同じバラ色を用いることで、強いアクセントになるかと」


 カモミールは見た。自分を見つめる三人の目が同じようにきらきらと輝いているのを。

 それはこどもが宝物を見つけたときの顔にも似て、彼女らが本当に好きでこういうことをしているのだとよくわかる。――よくわかるが故に、カモミールはなすがままになるしかなかった。

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