工房でカモミールは試行錯誤を繰り返していた。
白粉の原材料であるカオリンとタルクという鉱物の粉に色素を使って着色し、化粧水と混ぜているのだ。
カモミールが以前から作りたかったのは、この「液体白粉」だ。化粧水ができあがるまで時間が掛かったせいで、今まで取りかかることが出来なかった。
化粧は何しろ手間が掛かる。好きな人はその過程すら好きなのだろうが、カモミールは面倒と思う方だった。
細かくパタパタと粉をはたくのではなく、一気に顔全体に塗れたら楽なのにと常々思ってきたが、「だったら液体にしてみたらどうだろう」と思いついたのだ。
思いつくには思いついたが、これがなかなか難しい。なにせ、カオリンもタルクも水を吸うのだ。少量の化粧水ではそばかす隠しの為に塗ったような物になってしまい、どの程度まで化粧水を足したら使い勝手がよくなるかをずっと悩み続けている。
化粧水を入れすぎると今度はしゃばしゃばになってしまい、顔に塗ったときにムラが出来る。塗り広げやすく、ムラにならず、という線の見極めが非常に面倒だ。
試し塗りをしては顔を洗い、試し塗りをしては顔を洗い……延々とそれを繰り返していると、テオが「おまえの根性だけは本当に認めるぜ」と微妙な肯定をしてくれた。
「カオリンとタルクが水を吸いすぎる」
「油混ぜたらどうだ?」
「それは……試してなかったわ」
そもそも油を白粉に混ぜたことがない。試しに少量のオリーブオイルを入れてみたところ、これも粉と混じってしまった。ただ、肌に塗った感じは化粧水だけの時とは明らかに違う。
「これだけじゃ駄目……でも方向性としては悪くないわ。テオ、ありがとう!」
「おう、化粧品にも助言出来るなんてさすが俺だぜ」
「お菓子一個上げるわ」
「あんがとよ」
侯爵邸のお土産である焼き菓子をひとつ渡すと、テオは惜しげもなくそれを一口で食べてしまった。カモミールなど、「もっとある」と思い込んでいたのに服でかさ増しされていたという事実にダメージを負いすぎて、ちまちまとしか食べられない。
化粧水にオリーブオイルを足し、それを粉と混ぜてみる。先程までよりはいくらか塗りやすい物になった。油分を混ぜたのがよかったのだろう。
そこでハッと気がついて、下地クリームを粉と混ぜてみた。今度はちょうどよい緩さで、伸びも良い物ができあがった。
「これだー! 混ぜるべきは下地クリームよ、盲点だったわ!」
液体にしたいという意識が先に立ってしまって、化粧水と混ぜることしか最初は思いつかなかったのだ。
下地クリームと白粉をひとつの物に出来れば、それは格段に化粧を楽にするだろう。
割合で試行錯誤を繰り返した結果、カモミールは白粉クリームを作り出すことが出来た。しかし、下地クリームを先に塗ってから白粉をはたいたときとは、仕上がりに違いが出る。
「キャリーさん、この違いをどう思う?」
顔の右半分に通常の手順での化粧、左半分に下地クリームと粉を混ぜた物を塗ってキャリーに意見を求める。
「うーん……下地クリームを塗ってから白粉を付けた方は、粉の細かさが肌に残ってお化粧してる感を感じますね。こっちのクリームだけを塗った方はある意味自然に見えるというか。これはもう個人の好みの範囲なのでは?」
「やっぱりそう見えるわよねー。個人の好みの範囲かー」
「このクリームを塗った後に、白粉を付けるとよりそばかすとかが隠せません?」
「それは厚塗りだもの、隠せるわよ。そうじゃなくて、自然でありつつお化粧してる感じも欲しいのよね。自然に見えすぎるとお化粧してないのと同じと見られたら困るわ」
カモミールばかりかキャリーとテオまで揃って腕を組み、同時に唸る。
「肌の表面に光沢というか艶が欲しいですよね。クリームだとその感じが足りないというか」
「光沢ね。それは単体で白粉の上に重ねても良いし、クリームを補う物にもなるわね。ちょっと材料を探してみる。街を歩いてくるわね」
粉に出来るものと考えると、鉱物かデンプンのようなものになる。きらきらした物は何かと考えながら街を歩いていると、いつの間にか以前服を買いにきた辺りまで来ていた。
芋づる式に宝飾店のことまで思い出し、そこではっとする。
真珠の光沢なら、肌に載せる物として最もふさわしいのではなかろうか。
「確か真珠の表面に光沢層があるのよね、あれを粉にしたら……でも真珠は高価すぎる」
手軽に化粧を、と思って作っている物が高価になりすぎては本末転倒である。
更に歩いていると、今度は露店が多く並ぶ区画に入った。道の上に敷物を敷いて商品を並べている店や、簡易的な屋台などもある。
珍しい物はないかと目を皿のようにして露店を見て歩いていると、様々な鉱物を並べた店が目に飛び込んできた。慌てて駆け寄ると、水晶の原石や化石、他にも名前を知らない鉱石などが雑多に並べられている。
「わあ……面白い」
「おや、お嬢ちゃん、何か気になる物はあるかい? 面白いだろう? この辺は脆くないから手に取ってみても良いよ。落としたら弁償だけどな、はははっ」
店主の男性が気安く声を掛けてくる。手に取ってみても良いと言われ、カモミールは水晶を持ち上げて日に透かせてみたり、化石がどういった生き物の物だったかなどを聞いたりした。
「こっちの物は脆いの?」
「ああ、脆いよ。だからお触り厳禁。触るなら買うときにしておくれ」
「へえー、脆い鉱石ねえ……ああああ!」
「うわっ、驚いた。何か見つけたかい?」
限りなく白に近い乳白色で、所々がきらりと光る鉱石が他の鉱石に隠れるようにして置かれていた。水晶などに気を取られていなければ、もっと早く見つけられたかもしれない。
カモミールは勢い込んで店主に尋ねた。
「おじさん、これ何?」
「これかい? 雲母だよ」
「雲母! これが雲母なのね! いくら?」
雲母と言えば、鉱石が層になっていて剥がれるという話が有名だ。実物は初めて見たが、脆い上に乳白色で光沢もあるのなら、カモミールの求めている物に合致する。
「これなら3000ガラムだよ」
「買います!」
バッグの中から代金を支払い、布に包んだ雲母を受け取る。
これならば、と思うと胸の高鳴りが止まらない。
「ねえおじさん、このお店ではいつも雲母を扱ってる?」
「入ってきた鉱石を売るだけさあ。なんだい、もっと欲しいのかい」
「そうなの! 私が作りたい物の材料にちょうどいいのよ」
カモミールの熱に押されたのか、店主は仕入れ先を教えてくれた。鉱山で様々な物を採掘している商会が、時折半端な鉱石を流すらしい。この雲母も、不純物が多くてこの店に流れてきたとのことだった。
「ありがとう、おじさん。これはお礼ね」
500ガラムを店主の手に握らせ、カモミールは走って工房へと戻った。