屋台でハーブ入りソーセージにかぶりつき、焼いた肉とチーズとマッシュポテトにグレイビーソースをたっぷりと掛けてもらったものを薄焼きパンに巻いて黒ビールで流し込み、好物のフィッシュアンドチップスを食べていたら何故か横からヴァージルが魚のフライを摘まんでいた。
さっきご飯は食べたといっていたくせに、こういうところが彼らしい。笑って流して、カモミールは今まで我慢していた分思い切り酒を楽しんだ。
酒の勢いも借りて、侯爵邸であったことを愚痴も含めてヴァージルにしゃべり倒したが、彼はうんうんと優しく頷きながら笑顔で聞いてくれるばかりで、呆れた様子も見せなかった。本当にこの幼馴染みは自分に甘いとカモミールはこういう時に実感する。
最近は飲めてもビール2杯までだったので、したたかに酔ったのは本当に久しぶりだ。酔い潰れたらヴァージルがおぶって帰ってくれると言っていたが、気持ちよく酔っている段階で帰ることにした。
「うーわー、おなかいっぱーい。ビールも久しぶりにたくさんのんだー。しあわせー」
「ミリー、そこ段差あるから気を付けて……っと、駄目だね、肩を貸すから」
「らーめ、侯爵様みたいに肘を曲げてえすこーとして! そう!」
自分は気持ちよく酔っているつもりだが、端から見ると酔いすぎだ。ろれつが怪しいカモミールに苦笑しながら、ヴァージルが腕を差し出してくれる。それに抱きついて歩きながら、カモミールは酔いすぎて滲んで見える月を見上げた。
「月がきれいですねー」
「うん、満月じゃないけど綺麗な月だね。風があるけど寒くない?」
「らいじょーぶよー。ヴァージルやさしいねー。らいすきー」
「ミリー……ちょっと酔いすぎじゃない? はあ、いっそ潰れてくれた方が楽だったかな」
「酔ってない酔ってないよー。このくらいへーきよ」
「それは酔っ払いの定番の台詞だね。自分ひとりで歩けないのに、もう。仕方ないなあ」
「へっへっへ、ヴァージルが私に甘いのは知ってるもーん。ヴァージルはー、私のこと好き?」
「酷い酔っ払いだ、これ。この酔い方だとどうせ明日になったら忘れてるんだよね? 全くもう、僕もミリーのことが大好きだよ。はいはい、これでいいかな?」
「それでいいの!」
ぐらぐらと頭を揺らしながら満足そうに笑うカモミールに、ヴァージルは貸していない方の手で顔を覆った。
「あー、もう、本当にミリーは……うん、確かに僕が過剰に甘やかしたのがいけない。それはそうなんだけど」
「なやむなら飲めのめー」
「いや、もう広場からは歩いて帰る途中だよ。はああ、僕もべろんべろんに酔っ払えればよかった……」
「ばーじるがよっぱらったら、誰が私をつれてかえってくれるのよぅ」
「本っ当に酷いなあ。あー、もう僕ってば」
なんでこんなミリーのことを好きになっちゃったんだろう。
ヴァージルが小声で呟いた言葉は風に流されて、酔っ払いの耳には届かなかった。
翌日、カモミールが目を覚ましたときは珍しく二日酔いになっていた。久しぶりの感覚に若干感動しつつ、ズキズキと痛む頭を押さえて水を求めて1階へと降りる。
寝過ごしたようで、エノラは既に朝食の後片付けをしていた。ヴァージルはもう出勤したようだ。
「おはようございます……」
声もガラガラしている。これは完全に飲みすぎだ。ヴァージルには相当迷惑を掛けただろうということがわかって、彼がいなかったことにカモミールはほっとした。
「大丈夫? 昨日はかなりご機嫌に酔っ払って帰ってきたみたいだけど」
エノラはカモミールの様子を見て、水をコップに汲んで渡してくれた。それを一気に飲み干して、カモミールは雑に口元を拭う。
「あー、お水が美味しい! もう一杯ください」
「ミリーちゃん? 侯爵邸で行儀作法を練習してきたのよね?」
「してきましたよ、地獄のように厳しかったです。それとこれとは話が別で。私が勉強してきた礼儀作法は今が使い時じゃないですから」
「それもそうね。でもヴァージルちゃんが帰ってきたらちゃんとお礼を言うのよ。昨日はあの子ったら凄い顔で帰ってきたもの。ミリーちゃんはご機嫌でずっと笑い続けてるし、ヴァージルちゃんはそんなミリーちゃんを抱えて部屋に連れて行って、お化粧まで落としてあげてたわ。今朝はご飯を食べながらミリーちゃんが酒癖悪いってぼやいてたわよ」
「お化粧も!? そうだ、昨日帰ってきたときに落とさないまま屋台に行っちゃったから……酒癖悪いってヴァージルが言ってました? や、やだー。昨日どんな絡み方したんだろう、私」
これは、飲み過ぎたことを謝って今日の夕飯を奢るしかない。服は昨日着ていたままで皺だらけになっていたが、顔だけはすべすべつるつるとしているのはヴァージルが玄人の技で化粧落としをしてくれたからだろう。
「朝ご飯は食べられそう?」
「スープだけ……顔を洗ってきます」
髪の毛は昨日ドロシーがきちんとまとめてくれていたおかげで、見苦しいほどぼさぼさにはなっていなかった。とりあえず冷たい水で顔を洗うとだいぶすっきりする。
侯爵家に行くことを決めたとき、3日の行儀見習いから帰ったときには疲れ切っていることを想定して、翌日は休みにするとキャリーに伝えておいた。それを今、切実に過去の自分に対して感謝したい。
カモミールは二日酔いの頭痛で顔をしかめながら温かいスープを飲み、部屋に戻ると服を駄目にしないように脱いで、頭からすっぽり被るだけの寝間着を着てからベッドに潜り込んだ。
次に目を覚ましたときには昼時だった。また喉が渇いていたので、さっき念のため持ってきておいた水差しから水を飲む。エノラのスープのおかげか二日酔いは抜けていたが、まだ若干自分の息が酒臭くて思わずへこんだ。
「お茶飲んでからお風呂行ってこよう……あ、そうだ、お土産開けてなかったわ」
侯爵邸から帰る際に渡された包みは、妙に大きくて重かった。借りた本も入っているはずなので重いのは仕方ない。侯爵夫人がお菓子をたくさん持たせてくれると言っていたのを思いだし、カモミールは俄然ご機嫌になって包みに手を伸ばした。
「お菓子、お菓子、フロラーンターン……あれ?」
てっきり日持ちのする焼き菓子をたくさん詰めてくれたのでこの大きさなのだと思っていたら、包みを開けた途端に出て来たのが花柄の布だったので困惑する。
広げてみるとそれはカモミールに合わせて誂えたらしいワンピースだった。しかも今の時期に着るワンピースが2枚も入っている。次に来るときにはこれを着て来いと言うことなのだろう。
「マーガレット様が策略家だって忘れてた……」
思わず頭を抱えてカモミールは呻いた。ワンピースはこの前タマラのデザインで誂えたものと同じくらい
しかし、こうして「お土産にたくさんお菓子を持たせてあげる」なんて言われて渡されたものを、カモミールが疑うわけはなかった。断ることが出来ない段階で、持たされた土産が服だと気づいても手遅れでしかない。
結局包みの中には、服の他に借りた4冊の本と、箱入りの焼き菓子が入っていた。
確かに、前回お茶会の時に持たせて貰ったお菓子よりも多い。それはそうなのだが。
「やーらーれーたー……」
お菓子たくさんだと思っていた分、ショックが大きい。
カモミールはバタリとベッドに倒れ込んだ。