「まああ! 可愛らしい! 元々可愛いミリーが更に可愛いわ! あなたのお化粧の腕は素晴らしいのね」
「お褒めに与り光栄です。ミリーを可愛くすることにかけては、僕の右に並ぶ者はいません。何せ! 幼馴染みですので! 親友ですので! 長いこと一緒にいますので!」
化粧筆をしまいながら、イヴォンヌの絶賛に何故かヴァージルが対抗している。彼のこんなに気合いが入った顔は久々に見た。
「鏡、見ていい?」
「もういいよ」
普段は顔の前に鏡を置いてもらえるのだが、何故か今日に限ってカモミールは自分がどのように化粧されていくのかを見ることが出来なかった。嫌な予感の妖精が先程の倍くらいの人数になって、カモミールとヴァージルの周りを手を繋いで踊っている幻覚が見える。
カモミールの真向かいという特等席で化粧の一部始終を見ていたイヴォンヌが感情のたがが外れたようになっているので、おそらくは彼女好み――持ってきた服から予想して可愛い系になっているのだろう。
「……ヴァージル」
鏡を覗いて硬直すること3秒。カモミールは平坦な声で友人の名を呼んだ。
「どう? 会心の出来だと思うんだけど」
「私が帰ってきたら話したいことがある」
「えええ? ミリーは不満? 服に合わせたらこれが一番の最適解だったんだよ?」
「わかる、わかるけど、物事には程度ってものがあるのよっ!!」
尚もヴァージルに向かって文句を言いたいところだったが、化粧に時間を取られて本来の予定が少し押してしまっている。カモミールはイヴォンヌがワンピースと一緒に持ってきてくれた絹の靴下と可愛らしい革靴――悲しいことにサイズはこちらもぴったりだった――を履くと、いつものハンドバッグを手にして立ち上がった。
「待って、ミリー。最後にこれを」
ヴァージルがカモミールを呼び止める。彼の手には白い花が握られていた。カモミールの後ろに回り、ハーフアップにした髪の結い目のところに白い花を飾る。
「うん、ミリーにはやっぱり白い花が似合うね。その服の胸元のフリルとも合うし、凄く可愛いよ」
「ヴァージル! あなた天才だわ! あああ、ミリーが更に可愛く! これなら貴族の夜会に連れて行っても黙って立っていればどこかの令嬢のように見えるわ!」
白い花を一輪飾っただけなのに、イヴォンヌが身をよじってヴァージルを絶賛している。カモミールは頬を引きつらせながら、そんな彼女に声を掛けた。
「イヴォンヌ様、お待たせして申し訳ありませんでした。参りましょう」
「ふふふふふ、奥様も可愛いものが好きだから、きっと今日のミリーを褒めていただけるわ。ああ、とても楽しみ」
心が既に侯爵邸に行ってしまっているイヴォンヌに続き、いくらか広い道で待っているという馬車に向かう。
「テオ、留守番お願いね」
「うおっ!? またこの前とは逆方向に化けたな! 頑張れよー」
壁塗りの精霊と化したテオが手を振っている。工房の玄関ではヴァージルも笑顔でカモミールを見送っていた。
乗り慣れない馬車の中では、イヴォンヌにプレゼントした香水の話になった。彼女は早速左手首に香水を垂らし、甘すぎない香りが気に入ったようだった。
「自分に合わせて香水を作ってもらえることがあるなんて、思ってもみませんでした。しかも奥様の持っておられるのと同じバラの香りが入っているなんて。なんて素敵なんでしょう。こんなに嬉しくて、幸せな気持ちになれることがあるのね――素晴らしい贈り物をありがとう」
自分の手首から立ち上る香りを聞いては、イヴォンヌは嬉しそうに顔を緩める。
確かに、カモミールなりに様々な推測をして、気に入ってもらえるだろうと思って作った物だ。けれどイヴォンヌの喜びようがカモミールの予想以上で、嬉しいけれども少し恐縮もする。
「独立したばかりで香水の材料も少なく、さほど複雑な配合ではないのです。お喜びいただけて嬉しいのですが、お店で売っている他の香水のような出来では……」
「ミリー、私はあなたの謙虚さを良しと思っていますが、必要以上の謙遜は卑下になりますよ。胸を張りなさい、あなたの作った物は、人を幸せにします。この香水も、ミラヴィアの化粧品もね」
「そ、そんな大げさな」
「いいえ、大げさではないわ。私は今とても幸せです。だって、この香水はあなたが私を思って作ってくれた、どこにも売っていない唯一の品物。私の宝物になるでしょう。
奥様の香水もそうです。あなたは奥様がバラを好まれることを知っていたから、敢えて他のものを足さずにあの香水を作ったのでしょう? バラだけの香水が多少バランスとして悪いことは、香水に詳しければ誰でも知っています。それでもあなたは、それを承知の上でバラの香水を献上した。奥様が、それを一番喜ぶと思ったから。――違うかしら」
先程抱きしめられて可愛いと連呼され、もみくちゃにされたことでカモミールの中ではイヴォンヌの印象はかなり変わっていた。凜とした部分をもっと甘い香りに変えても良かったのではないかと思っていたが、今イヴォンヌが話したことを聞いて、再度認識を改める。
彼女は昨日抱いた印象の通り、凜として、頭が回り、侯爵夫人を大切に思う人だ。
可愛いものが好きでカモミールに過剰なスキンシップを取ったのは、彼女の一面には違いないが根幹を揺るがすものではない。
「――はい、その通りです。侯爵夫人がバラを好まれることは存じておりました。ですので、あの香水を作れるようになった時、真っ先に侯爵夫人に献上することを考えたのです」
――金策としてだけどね……。
イヴォンヌの夢を壊す部分は心の中で呟いた。元は試供品として送りつけ、大瓶で欲しがるだろうから20万ガラムで売ろうとしていたことは伏せて話す。
「そうですね、イヴォンヌ様の仰るとおりでした。私は、その品物を手にしたときに、手にした人が喜んでもらえるように考えながら作ってきたつもりです。これからも、それは変わりません。決して忘れることがないよう、胸に刻み込んでおきます」
金策としてだろうと、心を込めたお礼の品としてだろうと、一番喜んで貰うにはどうしたらいいかと考えていたのは間違いない。そして、改めてそれが自分が化粧品や普段使いのものを作りたいと思っていて、賢者の石に興味がない理由なのだと気がついた。
胸に手を当てて、今の気持ちを忘れないようにと祈る。きっとカモミールの「初心」はここからになるだろう。
「うっ、可愛いわ、やっぱり可愛い! その服を持ってきてお手柄だったわ、私!」
カモミールの仕草がイヴォンヌのツボを射貫いたらしく、馬車の中にイヴォンヌの叫びが響き渡った。
「まああ! 可愛らしい! 元々可愛いミリーが更に可愛いわ! あなたのお化粧の腕は素晴らしいのね」
「お褒めに与り光栄です。ミリーを可愛くすることにかけては、僕の右に並ぶ者はいません。何せ! 幼馴染みですので! 親友ですので! 長いこと一緒にいますので!」
化粧筆をしまいながら、イヴォンヌの絶賛に何故かヴァージルが対抗している。彼のこんなに気合いが入った顔は久々に見た。
「鏡、見ていい?」
「もういいよ」
普段は顔の前に鏡を置いてもらえるのだが、何故か今日に限ってカモミールは自分がどのように化粧されていくのかを見ることが出来なかった。嫌な予感の妖精が先程の倍くらいの人数になって、カモミールとヴァージルの周りを手を繋いで踊っている幻覚が見える。
カモミールの真向かいという特等席で化粧の一部始終を見ていたイヴォンヌが感情のたがが外れたようになっているので、おそらくは彼女好み――持ってきた服から予想して可愛い系になっているのだろう。
「……ヴァージル」
鏡を覗いて硬直すること3秒。カモミールは平坦な声で友人の名を呼んだ。
「どう? 会心の出来だと思うんだけど」
「私が帰ってきたら話したいことがある」
「えええ? ミリーは不満? 服に合わせたらこれが一番の最適解だったんだよ?」
「わかる、わかるけど、物事には程度ってものがあるのよっ!!」
尚もヴァージルに向かって文句を言いたいところだったが、化粧に時間を取られて本来の予定が少し押してしまっている。カモミールはイヴォンヌがワンピースと一緒に持ってきてくれた絹の靴下と可愛らしい革靴――悲しいことにサイズはこちらもぴったりだった――を履くと、いつものハンドバッグを手にして立ち上がった。
「待って、ミリー。最後にこれを」
ヴァージルがカモミールを呼び止める。彼の手には白い花が握られていた。カモミールの後ろに回り、ハーフアップにした髪の結い目のところに白い花を飾る。
「うん、ミリーにはやっぱり白い花が似合うね。その服の胸元のフリルとも合うし、凄く可愛いよ」
「ヴァージル! あなた天才だわ! あああ、ミリーが更に可愛く! これなら貴族の夜会に連れて行っても黙って立っていればどこかの令嬢のように見えるわ!」
白い花を一輪飾っただけなのに、イヴォンヌが身をよじってヴァージルを絶賛している。カモミールは頬を引きつらせながら、そんな彼女に声を掛けた。
「イヴォンヌ様、お待たせして申し訳ありませんでした。参りましょう」
「ふふふふふ、奥様も可愛いものが好きだから、きっと今日のミリーを褒めていただけるわ。ああ、とても楽しみ」
心が既に侯爵邸に行ってしまっているイヴォンヌに続き、いくらか広い道で待っているという馬車に向かう。
「テオ、留守番お願いね」
「うおっ!? またこの前とは逆方向に化けたな! 頑張れよー」
壁塗りの精霊と化したテオが手を振っている。工房の玄関ではヴァージルも笑顔でカモミールを見送っていた。
乗り慣れない馬車の中では、イヴォンヌにプレゼントした香水の話になった。彼女は早速左手首に香水を垂らし、甘すぎない香りが気に入ったようだった。
「自分に合わせて香水を作ってもらえることがあるなんて、思ってもみませんでした。しかも奥様の持っておられるのと同じバラの香りが入っているなんて。なんて素敵なんでしょう。こんなに嬉しくて、幸せな気持ちになれることがあるのね――素晴らしい贈り物をありがとう」
自分の手首から立ち上る香りを聞いては、イヴォンヌは嬉しそうに顔を緩める。
確かに、カモミールなりに様々な推測をして、気に入ってもらえるだろうと思って作った物だ。けれどイヴォンヌの喜びようがカモミールの予想以上で、嬉しいけれども少し恐縮もする。
「独立したばかりで香水の材料も少なく、さほど複雑な配合ではないのです。お喜びいただけて嬉しいのですが、お店で売っている他の香水のような出来では……」
「ミリー、私はあなたの謙虚さを良しと思っていますが、必要以上の謙遜は卑下になりますよ。胸を張りなさい、あなたの作った物は、人を幸せにします。この香水も、ミラヴィアの化粧品もね」
「そ、そんな大げさな」
「いいえ、大げさではないわ。私は今とても幸せです。だって、この香水はあなたが私を思って作ってくれた、どこにも売っていない唯一の品物。私の宝物になるでしょう。
奥様の香水もそうです。あなたは奥様がバラを好まれることを知っていたから、敢えて他のものを足さずにあの香水を作ったのでしょう? バラだけの香水が多少バランスとして悪いことは、香水に詳しければ誰でも知っています。それでもあなたは、それを承知の上でバラの香水を献上した。奥様が、それを一番喜ぶと思ったから。――違うかしら」
先程抱きしめられて可愛いと連呼され、もみくちゃにされたことでカモミールの中ではイヴォンヌの印象はかなり変わっていた。凜とした部分をもっと甘い香りに変えても良かったのではないかと思っていたが、今イヴォンヌが話したことを聞いて、再度認識を改める。
彼女は昨日抱いた印象の通り、凜として、頭が回り、侯爵夫人を大切に思う人だ。
可愛いものが好きでカモミールに過剰なスキンシップを取ったのは、彼女の一面には違いないが根幹を揺るがすものではない。
「――はい、その通りです。侯爵夫人がバラを好まれることは存じておりました。ですので、あの香水を作れるようになった時、真っ先に侯爵夫人に献上することを考えたのです」
――金策としてだけどね……。
イヴォンヌの夢を壊す部分は心の中で呟いた。元は試供品として送りつけ、大瓶で欲しがるだろうから20万ガラムで売ろうとしていたことは伏せて話す。
「そうですね、イヴォンヌ様の仰るとおりでした。私は、その品物を手にしたときに、手にした人が喜んでもらえるように考えながら作ってきたつもりです。これからも、それは変わりません。決して忘れることがないよう、胸に刻み込んでおきます」
金策としてだろうと、心を込めたお礼の品としてだろうと、一番喜んで貰うにはどうしたらいいかと考えていたのは間違いない。そして、改めてそれが自分が化粧品や普段使いのものを作りたいと思っていて、賢者の石に興味がない理由なのだと気がついた。
胸に手を当てて、今の気持ちを忘れないようにと祈る。きっとカモミールの「初心」はここからになるだろう。
「うっ、可愛いわ、やっぱり可愛い! その服を持ってきてお手柄だったわ、私!」
カモミールの仕草がイヴォンヌのツボを射貫いたらしく、馬車の中にイヴォンヌの叫びが響き渡った。