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第24話 通常運行の朝

テオが昨日のうちに集めてくれた「お茶にするといいハーブ」とは別に、化粧水にも使える殺菌やしゆうれん作用のあるハーブをカモミールは朝露の残った庭で探し出した。

 同じハーブを農場である実家に手紙を書いて注文はしてあるが、届くのは正直いつになるかわからない。早くて明後日、遅くて半月後くらいだろうか。カールセンへ何か配達があるときや、家族の誰かが手が空いたときに持ってきてくれることになるので、予定が読みづらいのだ。


 4種類ほどのハーブを細かく刻んで鍋で煮だし、適当に冷ます。そして、桶の中に三分の一程まで入れて水で薄め、それで丹念に洗顔をする。タオルでトントンと叩くように水気を吸い取り、肌の状態を確認。――正直、自分でも良いのか悪いのかよくわからない。

 吹き出物がしたりしていたら、それは肌の状態が悪いとすぐわかるだろう。しかし、如何せん若さのせいで化粧水やクリームの効果はカモミール自身は実感しづらい。


「ま、いつも通りなら悪くないってことよね……」


 もちもちとした頬を摘まみながら独りごちる。テオはカモミールが目覚めたときには既に壁塗りの続きを始めていた。なんとも勤勉な精霊だ。楽しくてハマっているだけだろうが。


 今日は簡単に煮出したが、化粧水を作るときにはドライハーブをアルコールに漬け込んで成分を抽出したティンクチャーにするつもりでいる。せっかくここにはドクダミがたくさんあるのだから、ドクダミの花の季節には花だけを使ったティンクチャーも作りたい。外用だけではなくて内服に使えるものでもあるし、長持ちするのだ。ドクダミは使い道の多いハーブである。


 庭に茂っているドクダミは大量に摘んでも問題なさそうなので、籠一杯に摘んで屋根裏部屋で陰干しにする。独特の匂いがきついのでドクダミを干しているところで寝るのは正直辛いが、背に腹は代えられない。屋根裏に住んでいる自分が悪い。


「ミリー、おはようー、朝ご飯だよ」

「はーい、今行くー!」


 カモミールが屋根裏でドクダミを広げているところに、ヴァージルが玄関を開けて声を掛けてきた。残りのドクダミを重ならないようにざっと広げ、急いではしごを降りる。

 工房を出るときにはっと思いついて、カモミールは煮出した薬草汁の残りをフラスコに入れてエノラの家へと向かった。


「おはようございます、エノラさん」

「おはよう、ミリーちゃん。さ、朝ご飯できてるわよ」


 シンク家の朝ご飯はカモミールが作っていたのだが、その時は朝買ってくる焼きたてのパンと保存の利くチーズ、そしてお茶だけだった。実家でも大して変わらない。目玉焼きが付くか付かないかくらいだ。

 エノラが出してくれる朝ご飯は、焼きたてのパンと、豆とベーコンを野菜と一緒にじっくりと煮込んだスープ、そしてこの地域では当たり前にどこの家でも食べているチーズだ。


「いつも同じでごめんなさいねえ」

「どこの家もそんなもんだし、美味しいからいいんですよ。ねー、ヴァージル」

「うん、毎朝同じでも食べられるだけいいと思うよ。僕なんかひとりで住んでたときは一度パンを買ったら3日くらい同じの食べてたし、朝ご飯はそれこそパンとお茶だけだったから」


 野菜スープにじーっと視線を注ぎながらヴァージルが告白した朝ご飯事情に、エノラとカモミールは揃って笑顔のままで顔を固まらせた。


「ヴァージルちゃん、ちょっと待っててね! 今卵を焼いてあげるから!」

「チーズ炙る? 私の分も食べていいよ!」

「えっ? でもお昼もちゃんと食べてるし、夕飯は多分エノラおばさんが聞いたらひっくり返るほど食べてるから大丈夫だよ」


 ガタリと立ち上がった女性陣を不思議そうな顔でヴァージルが見ている。

 確かに、昨日ヴァージルはあれから屋台でカモミールの4倍は食べていた。夜にたっぷりと食べるのは当然として、朝ご飯は「作る人間がどれだけ朝動けるか」に頼る部分が大きい。エノラは野菜スープは前日のうちに仕込んで、暖炉の隅に置いて灰で調節をしながらじんわりと火を通すそうだ。この家には調理用ストーブもあるのだが、まだ朝晩は暖炉に火が欲しくなる季節なのでそちらを利用しているそうだ。


「ふたりから食事代をもらっているし、3人分作る方がひとり当たりのお値段は安くなるから、食費は浮くくらいよ。これからふたりともお仕事なんだから、お腹いっぱい食べなさいな」


 そういうエノラも仕事はしている。彼女の仕事はレース職人だそうで、細い糸で複雑なレースをとんでもないスピードで編み上げていくのを昨日見せてもらった時には驚いた。寡婦で生計が成り立っていて、観劇にもいけるくらい余裕があるのは、単純に収入がいいからだった。

 そのエノラは「朝ご飯をしっかりと」派らしい。しゃべりながらも目玉焼きをふたつ焼いて、カモミールとヴァージルのチーズを載せた黒パンに載せてくれる。


「蕩けるー、チーズが蕩けるー。おばさんありがとうー」


 周りに花でも飛んでいそうな幸せいっぱいの笑顔でヴァージルがパンにかじりついた。それを見てカモミールも目玉焼きが更に載せられた自分のパンを食べ始める。

 黒パンの酸味にチーズの塩気とコク、そして目玉焼きの黄身部分の濃厚さと白身部分のまろやかさが絶妙に美味しい。

 野菜スープは基本的に塩と少量のスパイスだけの簡単な味だが、ベーコンから染み出たうま味と蕩けそうに柔らかく煮えた野菜で優しい味に仕上がっている。スープボウルによそってからオリーブオイルを軽く垂らすのがエノラ流らしい。


 朝食でもカモミールの1.5倍の量をヴァージルは腹に収め、エノラはお茶を飲みながらそんなヴァージルをニコニコとして見ていた。


「そうだ、エノラさん、ひとつ頼みがあるんですが」

「何かしら?」

「私の実験台になってもらえませんか?」

「ごふっ」


 当たり前のようなカモミールの発言に、お茶を飲んでいたヴァージルがむせる。


「錬金術師の……実験台?」


 カップを持ったままエノラはきょとんとしてカモミールを見ており、ヴァージルはカモミールに突っ込もうとしているのかフォローしようとしているのか、喋りかけては咳がぶり返して撃沈している。


「とっても楽しそうね! ええ、いいわよ!」

「お、おばさん! 内容を聞かないで簡単に了承したらダメだよ!」


 ヴァージルは過去の嫌な思い出が蘇ったのか警戒モードに入ったが、きらきらと目を輝かせたエノラは既に前のめりだ。カモミールは工房から持ってきたフラスコをテーブルの上にどんと載せた。刻んだ薬草は布で絞って漉してあり、中身はお茶と大して変わらない。


「肌にいい薬草を合わせた煮汁……って言い方はちょっと悪いなあ。化粧水の構想段階のものなんですけど、効果的には知っていても若いせいか肌で実感出来なくて。シミや皺を改善したり、肌を白くする効果、それに殺菌効果を持たせています。これを朝晩顔と手にたっぷり使ってみてくれませんか?」

「あら、面白そう! そういう実験台なら大歓迎よ。洗い物を終えたら早速使ってみるわね」

「お願いします。明日また新しいのを持ってきますので」


 エノラが嬉しそうに鍋の中身を壺に移す。そして鍋とお弁当を受け取ったカモミールを見ながら、ヴァージルは魂が抜けたようなため息をついた。


「良かった……今回は危ないのじゃなくて良かった……」

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