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第14話 道具の本懐、とは

 この勢いでしゃべり続けてどうやって息継ぎをしているのだろうとカモミールが疑問に思い始めた頃、はっと正気を取り戻したようにエノラが真顔に戻り、頬を赤くする。


「あら嫌だわ、私ばっかりしゃべっちゃって恥ずかしい」

「おばさんが元気そうで良かったよ。好きなことがあるっていいことだしね」


 少女のように照れるエノラに、若干頬を引きつらせながらヴァージルがフォローした。


「そうですよ、好きなことがあるって凄く素敵なことだと思います。――そのうち機会があったら、私も観劇に誘ってくださいね」


 多少引いてしまう要素はあるが、エノラに悪気があったわけでもないし、いい人なのだと言うことはわかる。それに、好きなことに夢中になる幸せは、ロクサーヌの側でミリーが得た一番大きなものなのだ。


「カモミールさん……あなた、とってもいい子ねえ!」

「いやー、あはは、私の師匠も好きなことの話は長くなることがあったので。良かったらミリーと呼んでください。ヴァージルの家主さんならこれからもいろいろお世話になると思いますし」


 ここまでではないが、ロクサーヌもハマる話題があると語りが止まらないときがあった。大体は酒が入っていたときだったが、何かにのめり込んで好きになるには、恐ろしい熱量が必要なのだとカモミールは思い知っている。


「ええ、わかったわ、ミリーちゃん。うふふ、孫――いえ、お友達が増えたみたいでとっても楽しい! そうそう、ご飯はどうするの? 確かここってただの工房で料理出来るような設備は何もないのよね」

「えーと、まあ通りに出れば屋台も出てそうですし、買えばいいかなーって思ってました」

「良かったらテオさんも一緒にうちで食べなさいな。ヴァージルちゃんの分も作るんだし、二人分作るのも四人分作るのも大して変わりないしね」

「それじゃあ、お言葉に甘えて朝ご飯とお昼ご飯だけお邪魔します。できればお昼はヴァージルと同じお弁当にしてもらえると、作業してたりするので助かります。もちろん、その分のお金は払いますね」

「ふふっ、本当にしっかりしたお嬢さんだこと。いいお嫁さんになりそうね、ねえ、ヴァージルちゃん」


 ヴァージルの方を向いてにまっと笑ったエノラの言葉に、慌てたようにヴァージルが大げさな身振りで割って入った。


「あーっ! そうだ、おばさん、テオのご飯は要らないんだ。だから僕とミリーの分だけお願い」

「遠慮しなくていいのよ? 手間は変わらないんだから」

「そうそうそうそう! えーと、テオはすっごく好き嫌いが激しくてですね! 自分でなんとかするから大丈夫なんですよ!」


 精霊であるテオは毎日の食事が必要ない。それをごまかさなければいけないことを思い出し、カモミールはヴァージルの言葉の後にあわあわと言い訳を付け足した。


「まあー。テオさん、好き嫌いは良くないわよ、そのすべすべお肌に吹き出物でもできたら私泣いちゃうわ」

「ハ……ハハハ……気をつけるよ」


 引きつった笑いでテオが話を合わせる。

 古布があったら分けて欲しいと頼むと、エノラはすぐにちょうどいい大きさの布を持ってきてくれた。

 ありがたくそれを受け取り、カモミールは丁寧すぎるほどのお礼を言って彼女を送り返す。



 エノラが家の中に入っていったことを確認すると、三人は手近な椅子に座り込んで一斉にため息をついた。

 テーブルの上に籠を置いたまま、揃って1分ほどぼーっとする。最初に動き出したのはヴァージルだった。


「……さっきミリーの荷物引き上げてきたときに果実水も買ってきたんだ。ちょっと早いけどなんか疲れたし、お昼にしちゃおうか」

「ヴァージルってこういうこと本当に気が利くわね。ありがとう、コップ……はまだないからビーカーでいいや」

「ビーカーで果実水を飲むなァー!」


 数だけは揃っているビーカーにカモミールが手を伸ばすと、テオが凄い形相で彼女の手からビーカーを奪っていった。


「ビーカーにはビーカーの領分って物があるんだよ! コップの代わりじゃねえ!」


 自らも道具であるなりのこだわりなのだろう。眉をつり上げて怒るテオの言い分はもっともに聞こえたが、カモミールは眉間に皺を寄せてわずかに悩んだ後、別のビーカーを手に取った。


「いや、私は使う。この形が物を飲むのに向いてるんだから使ってもおかしくない。そもそも先生もフラスコでお茶を淹れてたわ」

「お、おまえら……それでも錬金術師か! 道具に対する敬意はないのか!」

「フラスコでお茶を淹れることと錬金術師であることは関係ありませんー。目の前に道具があり、その道具でできそうなことがあるからやる。何も間違ってないでしょ? 逆に私たちは道具の新たな可能性をそこに見いだしている!」


 カモミールは椅子の上に立ち上がり、果実水を注いだビーカーを掲げた。自信にあふれたその口調に、テオはカモミールを見上げながら「なん……だと?」と声を漏らす。


「新たな道具の可能性……? そ、そうか。型にはまった考え方だけじゃあ新しい物は作れねえ! 俺はそれをずっと見てきたじゃねえか!」

「それとビーカーで飲み物を飲むのとは違うと思うよ」


 カモミールに言いくるめられているテオを面白そうに眺めながら、ヴァージルもビーカーで果実水を飲み始める。


 エノラが差し入れてくれたのは、焼いたパンの間にオムレツを挟んだ物だ。そしてカゴの中には若者三人が昼食にするには十分な量の軽食が詰められていた。

 手を洗ってからカモミールとヴァージルはパンに手を伸ばす。


「あ、美味しい。エノラさん料理上手なのね。ご飯が近くで食べられるの物凄く助かっちゃう」


 オムレツの中には鶏挽肉と野菜を炒めた物が入っていて、そのまま肉と野菜を食べるよりもこぼれにくいように工夫がされている。一口食べてカモミールは笑顔になった。


「……それにしても、エノラおばさんがあんなにパワフルだったなんて……」


 大きく見えない口でバクリとパンにかぶりついて、ヴァージルが少し疲れたような声で呟く。


「酔っ払ったときの先生をちょっと思い出したわ」

「錬金術師たちの中にもああいうノリの奴は時々いたけど、それが自分に向けられるのはまた感じ方が違うぜ……」


 三者三様の感想を言い合い、ふとカモミールは気になりつつも聞きそびれたことを切り出す。


「ヴァージルはエノラさんと知り合いだったの? ヴァージルちゃんってまた凄い呼ばれ方してるのね。私もあっという間にミリーちゃんになったけど」


 サンドイッチは三人分あるが、テオは物珍しそうにしているだけだ。余ったら夕飯に回そうかなとカモミールが考えていると、男性にしては華奢な外見にそぐわず、ヴァージルが涼しい顔でパクパクと食べ進めている。これでは余りが出そうにはない。


「そうだった……ヴァージルって凄い食べるのよね。どこに回ってるの? 贅肉にならないの? 女の敵?」

「代謝がいいだけだよ。――んっ、エノラおばさんというか、隣の息子さんが僕の父さんの昔の友達なんだ。僕も何回かここに遊びに来たことがあってね。あの頃は隣が錬金工房だなんて知らなかったなあ」

「へえー、凄い偶然もあるものね。まあ、そうでもなきゃいきなり『部屋貸してください』『いいわよ』ってことにはならないかあ」

「ヴァージル、おまえよぉ」

「あっ、テオは自分が精霊とか絶対他の人に言わない方がいいよ。それだけで怪しまれてもおかしくないからね」

「お、おう……」


 テオはヴァージルに何か言いたげにしていたが、何故かヴァージルににこりと笑いながら首をかしげられ、つられて首をかしげてため息をついていた。

 男同士ってわからないな――厳密に言うと片方は無性だけど。ふたりを見ながら、カモミールはそんなことを考えていた。

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