「世の中、知らないことが沢山あるんだな」
俺は地下室の工房でぼんやりと呟く。
ロイス父さんたちについてもあんまり知らないし、魔物や生物の生態もそこまで詳しくない。まぁ、魔法と
机の上に張り付いている地理学者と同じなのだ。
けど、三歳児、いや、もうすぐ四歳になるのか。
まぁ、どっちにしろ小さな俺では世界を見て回ることはできない。なら、色々内で考えて、もっと活動範囲が広がれば、その時に答え合わせなどをすればいい。
それに、話を聞いたり、本を読むことは今でもできるし。
「よし。こんなもんかな」
そんな事を考えながら、俺は広い工房の中心にある模型を見る。
その模型はエア大陸を簡略化し、縮小した模型であり、また、その上にはレールが引かれている。汽車のレールだ。
そしてそのレールの上に掌サイズほどの三両の汽車がある。真っ黒で装飾はなく、無骨だ。
ようやく、小さく模型であるがプロトタイプが完成したのだ。
動力は魔力。今はこれにしている。
もちろん、今後は変える予定だ。魔力単体だと動力源として安定しないし、何より替えが聞かない。爆発などのエネルギーならば良いのだが、魔力そのものを燃料とした場合、魔力の性質やら形態やら属性やらを均一にしなければならないため、余計な手間がかかるのだ。
なので、魔力を別のエネルギーに変換した方がやりやすい。
まぁ、義手みたいな個人が個人だけで使うものに対しては、個人の魔力に最適化する様に調整すればいい。そっちの方が変換ロスも出にくいだろうし。
「……遅いな」
そんな魔導汽車の模型をレールの上で動かしながら、問題点を洗いだす。
車輪の構造は前世の汽車を参考にして作られているため、そこまで問題はない。問題なのはやはり動力なのだ。
それに、実用化するとなると前世では考えられなかった魔物などの災害にも綿密な対策を取らなくてはならない。魔物は魔力があると襲ってくるしな。
「あ、坂が登れてない」
と、色々と“解析者”で解析して、記録しながら考えていたら、魔導汽車の模型が止まった。坂が登れなかったのだ。馬力が足りなかったらしい。
まぁ、車輪を、というよりはリンクをだが、それを直接魔力で動かしているからな。普通は爆風による風圧によって動かしてるしな。電車のようにはいかないか。
「はぁ」
というより、掌サイズでやるにも限界があるんだよな。俺の技術的に。
“細工術”は未だに、超精密な作業はできないし、無理やり他の道具や機械を使ってやっているが、ぶっちゃけ俺はモノづくりにおいてはド素人だ。
魔道具に関しては、魔法陣や魔導言語の演算や機構を考えるのは得意だが、しかし、機械自体の物理的機構は弱いのだ。だって、勉強していないから。
そりゃ、“
工業系の勉強でもしておけばなと思ったりした。
が、ないものねだりはできない。どっちにしろ、“解析者”で、解析を繰り返して、失敗しない元を創り出し、一個一個駄目な部分を潰していけばいい。
地道な作業である。
と、そう思って汽車の模型を手に取った時、工房室の扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
「ちょいと、よいか」
入って来たのはクラリスさんだった。どうやって地下室に入って来たんだろ。
俺の部屋から……いや、ライン兄さんの気配があるし、ライン兄さんと一緒に入って来たのか。
「うん、何?」
「何、ちょいとお主の工房がどういうものか知りたくての。まぁ、知られたくないものがあるなら、いいのだがの」
そういえば、クラリスさんって未だに俺の工房内に入ったことはないな。
「問題ないよ。クラリスさんなら機密は守るだろうし」
「それはもちろんだ」
それに、クラリスさんにも研究の手伝いとかしてもらいたいと思ってたところだし。なんせ、錬金術で世界を革新させた人物である。
「……して、お主のその手に持っている物は何かの? それにこのミラ大陸の模型は……」
「ああ、今、これをレールの上で走らせていたんだよ」
「ぬ?」
俺は手に持っていた魔導汽車の模型を再び、レールの上に置く。そして、動力部のところに魔力を注ぎ、とあるスイッチを押す。
そうすれば、魔導汽車の模型はゆっくりとだが、動き出す。
「……のぉ、これは絶対に世に放してはならぬぞ。少なくとも段階を踏むべきだ」
クラリスさんはそれを一目見て、俺が為そうとしていることが分かったらしい。
まぁ、現時点でミラ大陸の物流を全てぶち壊し、変革するものだからな。そりゃヤバい。とてもヤバい。
だから、クラリスさんはとても真剣な表情で俺に言う。
「それより、これをアテナたちには……」
そして、心配そうに上をチラリと見る。
「……一応、話してあるよ。それと、発表するのはもっと後だし、そもそも、これは全然完成してないから」
「……儂にも手伝わせてくれんかの」
クラリスさんはアテナ母さんたちに話してあると聞いて安堵した。そして、直ぐにワクワクしたようなキラキラな黄金の瞳を輝かせて、ソワソワする。
まぁ、クラリスさんも生粋の錬金術師で、モノづくり屋である。
「うん、いいよ。というか、俺の方から頼もうかと思ってたんだよ。ほら、これだけ小さいと、俺の今の技術だと加工できない部品が多くて」
「なるほどの。それなら儂が力になれると思うぞ」
そして、ここから十数年に亘る技術の革新が起こるのだった。
Φ
昼食を食べ終わり、俺とクラリスさんは再び地下室にやってきた。また、ライン兄さんもやることがあるらしく、地下室の自分の研究室に籠っている。
そして、数時間した後、息抜きのために地下室の共同エリア、つまり円卓がある中央エリアに移動した。そこには、飲み物やお菓子などが完備されていて、休憩スペースとして活用しているのだ。
「クラリスさん、妖精ってどんな感じなの?」
俺は丁度、種族図鑑を見ながらクラリスさんに訊ねる。精霊は詳細に書かれているのだが、妖精の方はあまり要領を得ない。
「妖精か。妖精はの、魔力的概念体といえば良いのかの。分かりやすくいえば、精霊も妖精の内の一つだの」
「へぇー。ん? でも、なんで精霊は妖精じゃなくて、精霊なの?」
「そこが厄介での。そもそも、妖精は大きく四種類に分けられる。まず、精霊。悪魔、天使。そして、それ以外の妖精というわけなのだ。一般的に妖精という場合は、そのそれ以外を指すのだ」
「……悪魔や天使っているんだ」
「うむ、いるぞ。といっても、奴らは妖精界という精神世界に引きこもっておるから、あまり出てこないんのだがの」
色々と知ることがある。
急いで、メモ帳を取り出し、また、“解析者”の“記録庫”も発動させておく。
「……それで、どういう基準で分けられてるの?」
「うむ。それは概念の性質によって分かれておるのだ」
「概念の性質?」
「うむ。先程、妖精は魔力的概念体といっただろう」
「うん」
俺はメモを取りながら、頷く。クラリスさんは手元にあったジュースを飲む。
「妖精はの、魂魄を持つ生物の概念が空気中の魔素に影響して、形作られ魂魄を宿した存在なのだ。例えば、精霊は自然物に対する概念によって形作られている。また、悪魔は生物の悪感情によって、正確には欲望みたいなものによって形作られる。天使はその反対だの」
概念体ってそういう事か。
つまり、暴食の悪魔はいるってことだし、慈悲の天使もいるっていうわけか。
「……それ以外の妖精は何なの?」
「うむ、これは難しくての、例えば人工物に宿る妖精もおる。これは人類種が、人類種が作った物に想いを持ち、それが妖精化したものなのだ」
「……付喪神みたいなもの?」
「……付喪神とはなんだ?」
あ、そうだった。
「何というか、物を大切に使うと意思が宿るって感じの考え方なんだけど」
「ほー。お主の世界にはそういう考えがあったのかの」
「うん」
「ふむ、まぁ、それに近いの。それに生物自体が妖精化する事もある」
「え、どういう事?」
生物が妖精化って……
「お伽噺で有名なライゼ・ルークシスという存在がおるだろう」
「……確か、治癒の子鬼だったけ」
「うむ。そのお伽噺は大分改変されておるが、ライゼ・ルークシスという子鬼がいたことは確かでの。そして、彼の存在は多くの人類種から癒しの神とも言われるほどに崇められておった」
「……つまり、信仰とか、祈りとかが魔素に影響して、そのライゼ・ルークシスがそれに準じた妖精になったってこと?」
「そういうことだの。だが、肉体ある生物から、肉体なき妖精に変態した場合、ちょっとばかし通常の妖精とは違う性質を持ったりする。まぁ、それ以外の妖精は、部類わけが面倒だから、放置されておるんだ」
だから、こんなわけもわからん変な説明になってるのか。
「それに、人類種によって成る妖精って少ないから?」
「うむ。お主の言う付喪神みたいな妖精は少ないながらもいるのだが、流石に生物が妖精化する事は殆どなくての。それ以外の妖精も片手で数えられるくらいだし、図鑑に記せるものではないのだ」
「へー、そうなんだ。教えてくれて、ありがとう、クラリスさん」
「うむ」