結局、ロイス父さんたちは朝食までには帰ってくることはできず、俺達は先に朝食を取ることにした。
そして、俺達全員が朝食を済ませた時に、ロイス父さんたちが疲れた表情をして帰ってきた。
「……お疲れ様、ロイス父さん」
「お疲れ、父さん」
「母さんもお疲れ」
俺とエドガー兄さん、ライン兄さんが次々に皆に声をかける。ユナとマリーさんはメイドの仕事が忙しいらしく、主に急に冬になったのでそのための部屋の模様替えや支度を整えていた。
ユリシア姉さんは、一人で自主稽古しにいっていた。ついでに俺の分身体はユナたちの手伝いをしている。“分身”様様である。
「ただいま」
俺達は声をかけながらも、汗を拭うタオルや温かい飲み物などを、ロイス父さんたちに渡していく。
そして、改めてロイス父さんたちの姿を見るととてもボロい。
特にロイス父さんとアラン、クラリスさんは体中に小さな切り傷があり、着ている戦闘服が所々破れていたり、千切れていたりする。
アテナ母さんも同様である。
しかし、レモンだけはとても綺麗だ。汚れ一つないメイド服を身に纏い、小麦色のモフモフ狐尻尾を上機嫌に揺らし、黄金の瞳をキラキラと輝かせている。
レモン以外はぐったりとした表情なのに、何故、レモンだけ……
しかし、その疑問をロイス父さんに訊ねる前に、レモン以外は俺達に礼を言って、自室や執務室などに引っ込んでしまった。着替えたり、色々とやることがあるのだろう。
ライン兄さんとエドガー兄さんはそんなロイス父さんたちの手伝いをしに行った。
という事で、仕方なく、上機嫌に鼻歌を歌い、玄関を片づけているレモンに訊ねる。
「上機嫌のところ悪いんだけど、どうだったの?」
「ん? ああ、それはもう素晴らしかったですよ」
レモンは天真爛漫な笑顔で頷く。頬は少し赤みを持ち、黄金の瞳はこれでもかというくらい輝いていた。
「……何が、素晴らしかったの?」
俺はそんなレモンを不審がりながら、また、ロイス父さんたちとの格差に若干引きながら深堀していく。
「ええっとですね、何と、冬雪亀の赤ちゃんが生まれたんですよ。こんなに小さくて可愛くて、しかも色々あって私が世話係、もとい契約者に任命されたんです!」
レモンは両手で楕円を描く。だいたい、十万ボルトをだす黄色の鼠くらい。
「ん?」
しかし、そんな事はどうでもいい。
……赤ちゃん、赤ちゃん。冬雪亀の赤ちゃん。
レモンが世話係? 契約者?
「……どういう事? さっぱりなんだけど」
理解できない。任命って誰がレモンを任命したの?
というか、任命っていう事は両者の意識的合意の契約だよな。
魔物を使役契約することはできたはずけど、魔物と一般的な契約することはできたっけ? そんな魔法も
「……ああ、確かにそうですね。興奮のあまり忘れていました」
レモンは俺の困り果てた表情を見て、ようやく落ち着きを取り戻した。が、しかし未だに誇らしいような喜ばしいような表情はなくなっていない。
小麦色の尻尾は揺れに揺れて、狐耳はピコピコと動いている。
「まず、今、マキーナルト領に冬を齎している冬雪亀は魔物ではないんです」
「え? だって、冬雪亀って魔物でしょ。魔物じゃないなら、種族が違うってことでしょ。なら冬雪亀じゃないじゃん」
「ええ、普通はそうです。ですが、冬雪亀は特殊な魔物でして、彼らは約八百年程度かけて成体へと成長するのですが、成体になると体内の魔石がなくなり、幻獣になるんですよ」
……わけがわからない。魔物は魔石をもった存在だから魔物なのだ。そして、魔石がなくなるなど聞いた事もない。
「そもそも、魔物とは何かを説明するのですが、彼らは魔石を持った存在です。ただし、生まれた瞬間は体内に魔石を宿していないんです」
「へ?」
レモンは手に持った箒を上機嫌に揺らしながら、続ける。
「ですが、彼らは生まれた瞬間、肉体と魂魄を駆け巡る必要以上の魔力によって、肉体と魂魄が崩壊しかけます。しかし、とある因子をもった存在は、その瞬間に魂魄を魔力の結晶体として具現化する事によって、その崩壊を防ぐのです。それが魔物です」
「……つまり、魔物は生まれながらに魔物ではなく、生まれた瞬間に魔物になるって事? そして、もし、その余剰魔力が無ければ彼らは普通の動物として存在してたって事? ……でも、ガーゴイルとか、泥魔手とかの分裂はどうなの? あれらって繁殖せずに、自分の分裂という形じゃん」
無機物系の魔物は特にそんな奴がおおい。あとは、特別な環境下において魔物化する奴とか。
「あれらも同様ですね。ようは魂魄が魔石として顕現した時点でどんな存在も魔物なのですよ」
「へー」
まぁ、魂魄がどうやって生まれるか俺は知らないからな。ロイス父さんたちなら、知っているかもしれないが、聞いても理解できるか。
まぁ、魂魄については後で詳しく調べるとして、まずは冬雪亀だ。
「……それは分かったけど、どうして冬雪亀は成体になると魔石がなくなるの?」
因みに幻獣とは、明確な意思と理知を持ち、あらゆる
凄い存在だ。そんな存在をロイス父さんとアテナ母さんは、契約や盟約を結んでいたりする。
「分かりやすくいえば、肉体と魂魄を破壊するほどの魔力を、精密に、正確に制御できるようになったからでしょう。具現化している魂魄を非実体的物質に還元し、溢れる魔力を制御する事によって、彼らは幻獣へと変態するんです」
「……もしかして、冬雪亀って成体になったら、冬を齎す存在になるの?」
膨大な魔力を制御しても、それを消費しなければいずれは体内で暴走するはずだ。つまり、一定周期で体内魔力を空っぽにする事が必要となる。
もしかすると、と思ったのだ。
「ええ、そうですよ」
それは当たっていた。
そして、それによって今年の冬が早く訪れた理由が分かった。
「ねぇ、いつもマキーナルト領に冬を齎している冬雪亀って凄く弱ってる?」
この世界の生物は、特に魔力を多くもっている存在ほど、子を産むと一時的に弱体化する。そして、膨大な魔力を身に宿している場合、生死の危機すらあるらしい。
ぶっちゃけ、アテナ母さんは俺達を産むのに、何度も死にかけているそうだ。それでも、アランやレモンのサポートなどによって生きながらえているらしい。
この世界の出産は、前世の出産よりも命がけだ。魔法や
そして、それは人類種だけでなく、あらゆる生物でそうだ。魔物も例外ではない。
「ええ、そうですよ」
だから、赤ちゃんを出産した冬雪亀は弱体化し、体内の魔力を制御できなくなり、早めに消費することに踏み切ったんだろう。
それが、今回の異常気象の顛末だ。
ただし、レモンの世話係とかは、分かっていない。
「なんで、冬がこんな早く訪れたかは分かったけど、世話係って何?」
「ああ、そうことですね。世話係とは文字通り、冬雪亀を育てる係なんです」
「……なんで、お母さんの冬雪亀が育てないの?」
弱体化したとはいえ、生物的に子供を不確定な他人の育てさせるというのは不合理である。カッコウみたいに、托卵して、誰かを騙すわけではない。
契約を結んだと言った。世話係を任されたと言った。つまり、頼んだのだ。頼むという事はとても不合理で不確定だ。
契約を結んだとはいえ、確実性は少ない。
「……ええっと、どっちから話せばいいか迷うのですが、まず、冬雪亀の赤ちゃんは、お母さんの近くで過ごすことはできません。お母さんが放つ魔力に中てられて死んでしまうからです」
「え?」
それって子孫繁栄としてどうなのか? あ、でも一人で生きていけっていう動物や虫、魚もいるし、それは問題ないか。
「ただ、冬雪亀は成体になるまで八百年近くかかるため、それ故に赤ちゃんはとても弱いんです。大器晩成型といえばいいのでしょうか。ランクで言えばFランクの最下位に属するほどです」
ちなみに、Fランクは魔物のランクの中でも最下位のランクである。つまり、冬雪亀の赤ちゃんは最下位中の最下位なのだ。
「そして更に厄介なことに冬雪亀の赤ちゃんが成長するには、ある重要な要素が必要なのです」
「要素?」
「はい、神聖魔力です」
「……だから、完全な覚醒個体のレモンが世話係っていう事?」
神聖魔力とは神々が、もしくはそれに準ずるものが持つ魔力の性質というか波長みたいなもので、レモンは神獣の力に完全に覚醒している。
そのため、レモンが持つ魔力は神聖魔力に近いものであり、覚醒したときは完全な神聖魔力らしい。俺は見たことも感じたこともないので分からないんだが。
「ん? でも、それって本当に運任せじゃん。赤ちゃんを産むときにそんな存在が近くに……あ、だから、どっちから言えばいいか迷ってたのか」
「そういう事です。成体となった冬雪亀は近くに神聖魔力持ちが現れた時、初めて子供を産むんです」
つまり、レモンの魔力を感じ取り、冬雪亀は赤ちゃんを産んだわけか。
「ただ、正直なところ、ロイス様かアテナ様、クラリス様の誰かが世話係として任命されると思ってたのですが、私が任命されてとても嬉しいんです!」
「え、ちょっと待って。ロイス父さんたちって神聖魔力持ちなの?」
俺知らないんだけど。まぁ、ロイス父さんたちならあり得なくはないと思ってしまうが、それでも信じられない。
だって、クラリスさんは兎も角、ロイス父さんとアテナ母さんは一般的な人族である。それは寿命が長かったりするが、神々の系譜を持っているわけではない。
「……すみません、詳しい話は言わないように厳命されているためお話しできません。が、時がくれば話してくれると思いますよ。ああ、それとアランさんは、仙鬼という神々とは違う系譜を持っているので、神聖魔力は持っていないんです」
そして、結局、その後は詳しい話を聞くことはできなかった。レモンが、ロイス父さんたちに呼び出されたからである。
……でも、アランってドワーフだよな。何で仙鬼っていう鬼の系譜なんだろ。エルダードワーフじゃないのかな。