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第80話:普通に変わる季節もあります。夏とか:this winter

「……寒い」


 収穫祭が終わって一週間。


 珍しく早くに目が覚めたのだが、理由はとても寒かったからだ。というか、昨日とは比べ物にならないほど寒い。


 暦の上ではまだ秋のはずなのだが、体感的には冬だ。


 それ故に、斜めの天井窓から俺に降り注ぐ朝日は、冬の暗い光だ。重く、どんよりとした光だ。


 だが、ベッドの斜め上にある天井窓から覗く空は寒凪と称せばいいのか、とても穏やかで晴れ晴れとしていた。


「布団……」


 だが、そんなことはどうでもいい。一番大事なのは、今の布団ではこの寒さを凌げないという事だ。冬用の布団は手元にない。


 寒さを防ぐことのできない布団に包まりながら、俺は小さな屋根裏部屋を見渡す。


 ……


 ああ、そう言えばこの部屋にはなかったんだっけ。確か、一階の……ええっと。


「はぁ」


 つまり、分からない。毎年、レモンかユナが寒くなる前に持ってきてくれてたからな。というか、小さな俺では布団は運べないし。


 という事は、俺がこの寒さを乗り越えるには布団を取りに行くしか……


「あ」


 仕方なく、ベッドから下りようとした俺の脳裏に天啓が下りる。


「よっと」


 俺は下りてきた天啓に従って、魔力を練り、そして目の前に小さな炎を出す。


 温かい。人を温めるためだけの炎なのでとても温かい。炎に手をかざし、身体を温める。


「ぁぁぁぁぁあ」


 そして目の前の炎が放つ温かみのある熱はとても気持ちよく、変な声が出てしまう。それに、未だに部屋は寒いのだが、炎の熱だけが温かく、何というか背徳感というか、そんな気持ちよさがある。


 ……


 でも、このままじゃ嫌だな。確かに、炎にあたって身体を温めるのも楽しいのだが、冬と言ったら……


「コタツだな」


 あれには敵わない。あの心地よさと気持ち良さには敵わない。


 けれど、コタツは作れない。


 だって、ベッドから出るには時間が早い。寒いけど、肌触りが心地良い布団の中にはいたい。


 だからコタツは作らない。


 けれど、炎を布団の中に入れるわけにはいかないし。


「……見つけた」


 なので、俺は屋根裏部屋の床に散らばっている鉱石を見渡し、そして幾つかの鉱石を浮かせて、手元に持ってくる。ついでに、幾つかの工具も。


「【粘軟化】」


 そして“細工術”が内包する技能アーツの一つを発動させる。手元に持ってきた鉱石全てに魔力を均一に注ぎ込む。ゆっくりと丁寧に注ぎ込む。


「よし」


 そして魔力を注ぎ込んだ鉱石の一つを手に持ち、捏ねていく。伸ばしていく。


 鉱石の形を変えていく。


 【粘軟化】とは、魔力を注ぎ込んだ鉱石などを柔らかく、分かりやすく言えば粘土みたいにするのだ。ただ、魔力を均一に注ぎ込み、また、柔らかくなった鉱石を変形させる際も込めた魔力を丁寧に精密に操作しなければ、【粘軟化】は途中で切れてしまうし、最悪鉱石自体が爆発してしまう。


 ただ、ここ数年で鍛えた俺の魔力操作技術は相当なものだと自負している。


 なので、寝起きで、頭や身体がそこまで回らなくても失敗することはない。


 そうして、俺は幾つもの鉱石の形を変える。平たいお椀の様な形にしていく。


 そして全ての形の変形が終わったら、次に少し形が違う平たいお椀の鉱石を二つ持つ。


「【接合】」


 そして“細工術”が内包する技能アーツの一つを発動させる。


 両手に持つそれぞれに魔力を纏わせ、また、それらを繋ぎ合わせていく。魔力に揺れがなく、ブレがないように。


 絡み合い、交わる様に平たいお椀をくっつけていく。


「……うん」


 そして、それが上手くいったら、別のパーツとも【接合】していく。時折、【粘軟化】を発動させ、工具で形を整えたりしながら、【接合】していく。


「よし、できた」


 そして、俺の目の前には金属製の湯たんぽがあった。熱に耐性があり、保温効果が高い鉱石を選んで作ったのだ。


 俺はその湯たんぽの中に魔術で出した熱湯を注いでいく。また、枕元にあったタオルで包んでいく。


 そして、布団の中に入れる。


「はぁぁぁぁぁぁ」


 温かい。湯たんぽは最強だ。身体の芯から温まる。温い。


「……ぁぁぁぁぁ」


 そして、その温かさの睡魔にかどわかされて、微睡の暗闇へと落ちる。


「スヤー」


 寝た。



 Φ



「ねぇ、なんでこんなに寒いの?」


 今日は稽古日ではなかったこともあり、ユナは遅くに起こしに来た。もちろん、最初はそれに抵抗したのだが、お腹が空いたので起きた。


 いつも通りの攻防である。


 そして、俺の部屋に冬用の服がなかった事を知っていたユナが、気を利かせて持ってきた温かい冬服に身を包み、朝食に向かう最中に、ユナに聞いた。


「たぶん、冬雪亀の目覚めが早かったのではないかと」


 ユナも寒かったのか、いつもは付けないメイド用の白く薄い布手袋を付け、手をさすっていた。その手袋は汚れに強く、水を弾く性質を持ち、水場ではよく使ってたのだが、普段は着けていない。


 ただ、常にメイドたちがその白手袋を付けているという事は冬を示している。冬になると、ユナたちはその手袋を付けるようになるのだ。


「冬雪亀って、確かアダド森林に眠ってるっていう」

「はい、そうです。冬を連れてくる魔物、というよりは天災と言った方がいいですね。まぁ、兎も角、この地域の冬は彼の存在が覚醒している時に齎されますね」


 この世界には一定の地域の天候すら操る存在がいるのだ。そして、冬雪亀は操るどころか、意識が覚醒していれば季節を齎す事すら可能なのだ。


 そして、齎した季節で死んだ生物の残滓を取り込んで生きている。


 恐ろしい魔物である。


「でも、例年はあと一ヶ月後くらいじゃん。なんで、今年だけ」


 ただ、その魔物も討伐しない。討伐すれば、今まで冬雪亀によって築かれてきた自然を破壊することになる。それはそれで面倒なのだ。


「たぶん、アダド森林の魔物が活発になっているからだと思いますよ。ロイス様が言うには来年か再来年あたりに、魔物の進行があるらしいですし」

「……なるほど」


 まぁ、詳しい話はロイス父さんに聞けば良いかなと思った。


「あれ、ロイス父さんたちは?」


 と、思ったのだが、食事の席にはロイス父さんもアテナ母さんもいなかった。バトラ爺もいなかったし、クラリスさんもいなかった。


 いつもは全員一緒に食事を取っているのだが、ユナとマリーさん以外の大人は全員いなかった。気配を探ってみると屋敷にもいなかった。


 一足先に食事の席に着いていたエドガー兄さんやユリシア姉さん、ライン兄さんがいるだけだった。


「ほら、急に寒くなっただろ」


 マリーさんは食事の準備があるらしく、厨房の方へ引っ込み、朝食をテーブルに並べていたエドガー兄さんが俺の疑問に答えてくれる。


「うん」


 俺もワゴンなどに乗っていたお皿などを魔法を使ってテーブルに並べながら、頷く。俺の身長では届かないのだ。


「なんでも、冬雪亀が異常行動を起こしているらしくてな、日が昇る前に調査しに行ったんだと。朝食前には帰ってくるらしいが」

「ふぅん」


 やっぱ、異常だったのか。


 それにしても、ロイス父さんたち全員が家を開けるなど珍しい。結構な異常事態なのかな。


 ……でも、バトラ爺は? 


 バトラ爺って執事というかロイス父さんの領主としての仕事を補佐するけど、戦えたりはできないはずだ。レモンの一件があってからキチンと屋敷にいる全員の戦闘能力は確認した。


「ああ、バトラさんはラート町に対しての指示と説明に行ってる。流石に、例年とは違う異常事態が起きたんだ。説明しないわけにはいかないだろ」


 顔に出ていたのだろう。エドガー兄さんは俺の疑問に答えてくれる。


「それで、レモンや母さんは自由ギルドで情報交換しているらしいよ」


 そしてライン兄さんが補足説明してくれる。


 確かに、調査を四人でやる必要はないしな。ロイス父さんとアラン、クラリスさんが調査しに行ってるんだろう。


「ありがと、エドガー兄さん、ライン兄さん」


 なので、俺は礼を言う。教えてもらったのだから、家族であろうと礼をいう。


 そして、ユリシア姉さんの方を向く。


「つまみ食いは駄目だよ、ユリシア姉さん」


 お腹が空いているのか、待ちきれなかったユリシア姉さんは少しだけ甘いパンを一切れ、口に含んでいた。

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