そこは森だった。子供たち数十人と大人七人が一斉に森に転移したのだ。転移術式を行使したのはソフィア。冒険者たちは驚いていない。
「ここは、ラハム山?」
後ろを見上げると、トリートエウの神樹が見え、太陽の方角的に、ここはトリートエウ丘の向こうにあるラハム山。
なるほど。確かにここに来るなら転移した方がいいな。なんせ、子供たちの足だと、ここにたどり着くことすらできない。
それに、魔黒狩りをするならここは最適だろう。森という臨場感あふれる場所で、そして安全な場所だ。
ラハム山には比較的穏やかな動物が棲んでいて、魔物はいない。草食動物が主で、肉食動物は殆どいない。
昔はごく少数ながら魔物もいたらしいが、ロイス父さんたちが階層結界を張ったので、アダド森林から来なくなったのだ。元々、ラハム山とアダド森林に間にはバーバル川が流れていて、また、トリートエウの神樹のお陰で、魔物が寄り付きにくくなっているのだ。
また、トリートエウの神樹がラハム山の真南にあるため、アダド森林のように多種多様な植物や高低差がある木々が密集するのではなく、高い木々が生えているだけ。
所々に、山菜や山野草が生えているだけで、視界がとても良好だ。そして、トリートエウがハッキリと見えるので迷いにくい。
それに、まぁ、ソフィアやクラリスさんがいるわけだし、また、見た感じ強面冒険者は高ランクな感じがするので、子供たちに万が一は起こらないと思う。
「さて、もう一度ルールを確認するよ」
転移したことによって、少し慌ただしくなった子供たちが静かになった後、ソフィアがそう言った。ああ、子供たちが非常識を常識と考えていく未来しか見えない。
転移なんて滅多に使えるものではないのに。これに慣れてしまっていいのだろうか。いや、アダド森林がある以上、非常識を常識にした方がいいのか。強くなったりする面でも。
「魔黒は彼ら」
ソフィアは強面冒険者たちを指さす。強面は笑うが、強面ゆえにヤの付く怖い人が笑った感じにしか見えない。怖い。
なので、子供たち、特に幼い子供たちがぶるりと身体を揺らし、そして瞳を湿らせる。うるうるとしていて、可愛い。
冒険者たちは落ち込む。不憫な。たぶん、無給でボランティアとして手伝っているのに。あ、けど、魔黒としての役割は十分果たしている。
「で、キミたちは魔黒から逃げる。けど、もし捕まったら、ここに入れられる」
ソフィアがフィンガースナップをすると、ソフィアの右隣に大きな牢屋ができる。本格的だ。
あ、けど、小さい子なら格子の間をすり抜けられるようになっている。大きい子は扉から出入りする感じか。
「けれど、もし捕まったとしても、仲間の誰かがキミたちをタッチしたら、ここから出ることができる」
ああ、なるほど。大きな子は逃げ足は速いし、捕まりにくい。だから、もしタッチされても直ぐに逃げられないようにしているのか。
で、小さな子たちは、タッチされたら直ぐに逃げられるようにする。バランス調整だ。
「制限時間は半刻。その間に、キミたちの全員がここに入ったら魔黒の勝ち。もし、一人でもここに入っていなかったらキミたちの勝ち。ボクとクラリスくんはタイムキーパーと審判をやるよ」
子供たちは一斉にうんと頷く。エイダンとカーターも頷いている。なので、俺も周りに倣って頷く。集団心理?、抑圧?、みたいなものだ。
「ああ、それと魔法や
と、その一声で子供たちが我先に逃げ惑う。キャッキャッと叫びながら遠くへ行く。
「早っ」
俺は逃げ遅れる。呆然とする。
と、少し後ろを振り返ると、エイダンとカーターも逃げ遅れていた。いや、まぁ、ソフィアの話しに飽きて、途中から手遊びをしていたので、当たり前なんだが。
「百三」
ソフィアがそんな俺たちを見ながら、カウントダウンを続けていた。
んー、どうしよ。ソフィアに聞きたいことがあるし聞くか。どうせ、魔法や
「ねぇ、ソフィア、少しいい?」
「百一。なんだい、セオくん」
後ろで呆然としていたエイダンたちはハッと意識を取り戻し、逃げようとしたが、俺がソフィアに話しかけたのを見て、驚いている。
ソフィアは当然のように対応している。たぶん、予想していたんだろう。
「結界の外には出ちゃダメなんだよね」
“魔力感知”を全開にして、そして“解析者”で解析してみると、ここから半径三キロのドーム状に結界が張ってある。しかも、空間魔法すら組み込んであって、結界の外にでようと結界に触れると、その反対側にでるようになっている。
転移門を張っているんだろう。
まぁ、けど、やろうと思えばその転移門を突き破る事もできる。
「うん、だから、でないでね。でると失格にするよ」
ソフィアもそれが聞かれるのが分かっていたらしく、にこやかに答える。
スタンバっていた強面冒険者たちは間抜けな顔を晒している。驚いているんだろう。
ああ、そういえば“隠者”を常時用にしていた。一応、今は切っておくか。
そうすると、冒険者たちは俺がロイス父さんの息子だと認識する。俺と話したりすると、認識阻害がかからないが、そうでなかったら、俺は冒険者たちにとっては知らない子供と認識する様にしていたのだ。
まだ、料理でやらかした件で、冒険者たちに見つかると直ぐに胴上げされるので厄介だったのだ。
なので、認識阻害をかけていたが、これは子供の遊びである。遊びであるから真剣にやる必要がある。
なので、ワザと俺の存在を晒して、警戒させる。警戒せざる終えないのだ。
すると、意識を割く数が少なくなる。スキが生まれる。なので、認識阻害は切った。冒険者たちは納得して頷き、そして予想通り警戒を浮かべて俺を見ていた。
「ねぇ、この結果ってさ、上の所を通り抜けるとどこから出てくるの?」
さっき、結界は転移門を張って、結界をくぐると反対側にでると言ったが、では、上の通り抜けると、その反対側どこなのか気になった。
そんなことを悠長に聞いている俺をエイダンたちは引っ張ろうとする。いい奴らである。
「地面からでるよ。上部の方には転移門じゃなくて、普通に強制転移が組み込まれていて、上を通ると地面に送られるようになってる」
「そう、ありがとう、ソフィア」
「どういたしまして、六十三」
にこやかに頷いたソフィアは再びカウントダウンを再開する。百一から始めるかと思ったが、キチンと数えていたらしい。
そして、俺はそれを後ろで聞きながら、エイダンたちに引っ張られるままに走る。
「セオ、お前なにやってんだよ! 逃げ遅れたら簡単に捕まるぞ!」
「そうだぞ、僕は走るのはそこまで速くないんだからな」
なのに、俺を見捨てずに逃げなかったのか。ホントいい奴らかよ
なので、そんな二人は絶対に捕まらない。なんせ、魔法も
あの冒険者たちがどれだけ強いか分からないが、大丈夫だろう。
「大丈夫だよ。絶対に捕まらない。ねぇ、俺の手を掴んで」
「は? 何言ってんだ?」
「ぬ?」
エイダンたちは走りながら怪訝そうにする。そりゃそうだ、急にそう言われても困るだろう。
けど、困るんだな。普通、三、四歳の子供だから素直に頷くと思ったんだが。
「おい、握った瞬間ビリビリするのか?」
「いや、エイダン。たぶん、動けなくなるんだ。僕ならそうする」
なるほど、二人ともこういう時に蹴落とすのか。悪戯っ子でいい子である。
「大丈夫だって、そんなことない。それよりも、想像以上に楽しいことが体験できるよ」
俺は屈託のない笑顔で言う。でも屈託のない笑顔って、自分で言うものかな。
「……わかった」
「……しょうがないな」
二人はそんな俺に絆されたか、渋々俺の手を掴む。
その瞬間。
――魔黒狩り。開始!!――
森中にソフィアの声が響いた。魔法で声を拡散したんだろ。
「時間がないな。エイダン、カーター、絶対手を離すなよ!」
「分かってんよ」
「ああ」
そして、俺たちは飛んだ。浮遊した。