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第73話:盲目の天使:this fall

 そして午後。昼食は屋敷で軽く済ませ、俺とクラリスさんは町に出ていた。


 いつも以上に賑わっている町。多くの冒険者たちが討伐のためではなく、どんちゃん騒ぎのために行き交い、独特な耳飾りを付けた町人たちがお祭りを楽しんでいる。


 屋台ではちょっとしたゲームや軽食、また、旅芸人や吟遊詩人なども集まっていて、幾つかの人だかりができている。


 うん、とても楽しい。いかにも祭りっていう感じで楽しい。明日は一日中、これを眺めているのもいいな。


 いや、だがしかし。


「こんなにカップルいたっけ」


 町中に溢れているイチャイチャしまくっているカップルを見るのはあれだな。俺の心が少しだけ荒んでしまう。


 しかも、そのイチャイチャ度が高すぎる。そこらじゅうでキスしている人たちも多いし、顔を赤くし過ぎている人たちも多い。ラブコメ学園なんだろうか、ここは。


 糖度が高すぎて、お腹に重い。


 年齢イコール彼女なしだった俺にとっては、辛いものだ。


「ん? ああ、お主は知らんのか。昔からこの地域の風習でな、結婚やら何やらはこの時期に行われるんだ。元々は無事生還した戦士と女が一年の平穏を祈って、色々行っていたんだがの、この町も比較的安全になっての。この時期に結婚するとか付き合い始めるっていう事だけが残ったのだ」


 そう言えば、昔は一年に一回の頻度で魔物の大群がアダド森林から襲って来たんだっけ。それで、その戦いを生き抜いた人たちで結婚か。戦い前に結婚すると縁起が悪いとかどうかっていうはなしか。いや、けど、結婚を約束して戦いに赴くのもな。


 いや、縁起が悪いではなく、縁起が良いという方面で考えたのかもしれない。クラリスさんが意味深に色々、と言っていたが、たぶん、色々なんだろう。一年の繁栄とか何とかの色々なんだろう。


 あと、戦いで減った分も補うっていう意味もあるんだろう。


 それにしても、クラリスさんの方がラート町に詳しい気がする。昨日の案内はなんだったんだろう。


 いや、カモフラージュのためなんだろうがさ。


「つまり、収穫祭はカップル祭みたいなもの?」


 農作物の収穫だけでなく、未来の町人の収穫という意味でもかけてんのかなと一瞬思ってしまった。


「そうだの。アテナとロイスが結婚式を挙げたのも収穫祭の時期だった筈だしの」

「へぇー」


 そうなんだ。いい事聞いた。ロイス父さんたちの過去を知りたいのだが、本人たちは教えてくれないし、他の人たちもあまり話してくれないんだよな。


 どんな結婚式だったんだろう。この世界の結婚式は基本的に七星教会の教会で行われると聞くけど、冒険者界隈では、秘境結婚というものもあるらしいし、気になるな。


 けど、それは後にするか。それより、聞きたいこともあるし。


「……あれ、ねぇ、冒険者たちがさ、この町に骨を埋めることが多いのって」


 この疑問は前からあったのだが、ロイス父さんに聞いても納得いく答えが返ってこなかったのだ。


「うむ、そうじゃの。高ランクの冒険者は登竜門としてここに来ることが多いのだがの、まぁ、収穫祭にかち合うと、この町の女子おなごたちとな」


 デキるのか。


 ラート町の冒険者の人口は町人よりも多い。しかも、また、冒険者から町人になることも多いのだ。こないだ、ロイス父さんの執務室にあった税を徴収するための住民管理白書でそこが気になっていたのだ。


 高ランクの冒険者ほどやけにこの町に滞在し続けているなって。あと、家庭をもっているなって。


 まぁ、それは男冒険者だけでなく、女冒険者でも同じことなのだが。というか、女冒険者のほうが現実に物事を見ている気がするだよな。


 それに何故か知らんが、この町ってイケメン率が高いんだよな。というよりは不細工が少ないというか。いや、顔だけではないんだろうが、この町にいれば、魔物が自然と襲ってくるから、最低限食いっぱぐれる事もないし。


 ああ、けど、だから、冒険者が長くここに留まって、町の防衛力は維持されているのかもしれないな。まだ、十年ちょっとの町だが、エドガー兄さんに聞いた話だと、この町の戦力は年々増加しているらしいし。


 でも、まぁ、そこまで気にする事ないか。


「でも、あれって子供に見せてもいいの?」


 だが、カップルたちが多いという事は盲目のキューピットによって盲目にさせられた人が多いという事。常識というか、情操教育というか、子供たちに見せては、聞かせてはいけないものが所々にある。


 てか、本当に大丈夫か。盛るのは分からんでもないが、周囲の目というものは気にしないのかな。俺には経験がないし、あまり分からん感覚なんだよな。


「大丈夫だ。直ぐに、取締隊が来る」


 と、クラリスさんがそう言った後、貴族っぽい正装を来た男女二人が、次々に家の中でやってほしい事をやっているカップルに近づき、何やら注意していってる。


「あれが取締隊?」

「うむ、この時期だけに結成される冒険者の集まりなんだがの。まぁ、自主的なものなのだが、色々あるのだ」


 だが、クラリスさんは取締隊について殆んど教えてくれなかった。遠い目をして、言葉をぼかしていた。


 ただ、この様子だと追及しても意味ないと思ったので、話を変える。


「そう言えば、クラリスさんは五年前に、一度こっちに来たんだよね」

「うむ、ライン坊が生まれる半年前くらいかの。一度、顔を見せておきたくての。まぁ、その時、儂が気づいておればよかったんだがの」


 ああ、“祝福”をライン兄さんに授けた時に、ロイス父さんの寵愛の残滓に気づけたかもしれないからな。少しだけ気に病んでいるのかもしれない。


「けど、もう、過ぎたことだし。それに、それがなかったら俺はここにいなかったし」

「うむ、起こってしまったことにどうこう言うつもりはない。しかし、こういう事は今後もあるかもしれんからの。反省する必要はあるのだ」


 まぁ、確かに。悔いる必要はないが、同じ事を起こさないためにも反省はした方がいいのかもしれない。まぁ、俺みたいにそれが起きたことによって、生まれた存在もあったから、どっちが正解かは言えないが。


「まぁ、けど、流石に家でそれを活かせることはないと思うけど」


 子供が四人もいるのだ。子育ては手一杯だろう。


「……それはどうかの。今はないかもしれんが、アテナたちは一応、寿命が長いからの。お主たちが大人になった後で、という事も考えられる」

「えっ、何それ!?」


 寿命が長いってどういうことだ。


「ぬ、聞いておらんのか。いや、特段話すものではないからの、後回しにしておったのか」


 クラリスさんは俺の驚きに驚いて、目を見開いた。が、それも一瞬で、直ぐに納得いったように頷いた。


「いやの、アテナたちはハイエルフである儂と同等の寿命を持っておるのだ。あれだ、獣人族の進化と同じようなものだの」


 人族って進化するんだ。でも、確かに獣人族が“覚醒”を獲得すると進化して、寿命が数百年程度に伸びるからな。


 でも、ん? 


「クラリスさんってハイエルフなの!?」


 ハイエルフといえばエルフの祖というべき存在である。てっきりお伽噺の話かと思っていたんだが。


「うむ、そうだの。まぁ、ここ数百年で儂しかおらんから、エルフは総じて進化しにくいのだがの」

「へぇー」


 何か、もう凄い話になってきたな。こういう所は何も考えずに受け止めるに限る。っというよりは、今は収穫祭。そして目的のイベント場所に向かっている途中である。


 進化というものがどういうことかとても気になるが、時間はある。後に回そう。


 と、そう思っていたら、目的の場所についたのだった。

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