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第69話:料理は温かい内に食べましょう:this fall

「それで、夜になったのも気づかずに森緑公園で魔術談義をしていたと?」

「は、はい」

「う、うむ」


 そして俺たちは悪鬼に睨まれていた。鬼気を漲らせたアランである。ドワーフだが、鬼みたいな角があるせいで、鬼にしか見えない。この勢いなら俺は食べられてしまうだろう。


 因みにドワーフと鬼人は共に角を持っているが、鬼人の場合は耳がエルフみたいに尖っているのだ。また、ドワーフの耳の先端はよく見ないと分からないが、小さな鉱物ようなものが埋め込まれている。


 まぁ、耳だけの違いなので、分かりづらい事には変わりがないのだが。


「なぁ、今、何時か知ってるか、クラリス?」


 芝生の上で正座している俺たちを見下ろしているアランは、ギロリと瞳をクラリスさんに向けた。


「う、十刻前かの」


 クラリスさんはチラリと夜空に浮かぶ星を見てそう答えた。


 と、ここで説明しておくと、十刻は二十時の事である。一刻は二時間だ。


「だよな。なぁ、セオ坊。俺たちはいつも何時食事を開始している?」


 俺に飛び火した。怒気の籠った声で訊ねられる。


「九刻前です……」

「おお、よくわかってるじゃないか。それで?」


 家の生活スタイルは早寝早起きである。


 そもそも朝食が稽古があれば、五時前、稽古がなければ六時前である。昼食は個々にアランに食べるか食べないかを事前に伝える。食べなくても良い。


 夕食は大抵十八時前。そして食事の門限は厳しい。事前に遅くなるとかを伝えておけば、そこまで問題ないが、無断で遅れたりするとめっちゃ怒られる。


 ロイス父さんやアテナ母さんにもだが、特にアランに怒られるのだ。


 遅くなって冷めてしまうと駄目になってしまう料理もあるし、料理人としてもそういうのは気分がよくない。


 それにそもそもロイス父さんたちは元冒険者であったため、食事を温かい内に食べられる事がどれだけ大切かを身に染みて知っている。


 食べ物を粗末に扱うと凄い怒る。だけど、好き嫌いは怒られない。


 まぁ、好き嫌いは別にあっても問題ないらしいが、しかし、だからと言って食べないのは怒られる。だが、ロイス父さんたちも救済みたいなものがあって、嫌いな食べ物を事前に伝えておくと、少ない量で出してくれるのだ。


 つまり、少なくしてやったんだから食べろっていう感じだ。まぁ、そんな上から目線ではなのだが、そういうもんだろう。


 と、そんな無駄な事を心の中で考えなければならないほど、とても怖い。


「ごめんなさい」


 なので、早く謝るのが吉である。


「おう、許す。それでクラリスはどうすんだ。残飯でも食うか?」


 そして反省した姿をきちんと見せれば許してくれるアランは素晴らしい。けど、何故か、クラリスさんにはとても当たりが強い。


「す、すまぬ」

「おう。それで、残飯でも食うか?」


 本当に当たりが強い。寛容なアランにしては珍しいくらい当たりが強い。クラリスさんに蔑んだ冷たい目を向けている。


「あ、あの。アラン、俺も悪かったし、クラリスさんにもそれくらいで……」

「セオ坊。無理だな」


 大の大人であるエルフのクラリスさんが涙目で正座している姿は正直見てられず助け船を出すが、拒否られる。


「セオ坊、こいつはこれが初めてじゃねぇ。何百回、何千回、数えきれないほど俺はこいつに説教している。冒険者時代だけじゃねぇ。その前も、その前もだ。正直こいつの謝罪は聞き飽きた」


 気をつけよ。俺も既に片手で数えられるくらいには怒られてる。いつ、アランに見切りを付けられてもおかしくない。


「しかもだ。俺は九刻になった時に、念のためにこいつに“念話”で連絡を送った。もうすぐ食事だと。なのにこいつは無視しやがった」


 念話か。遠い距離だと使えないって話だけど、屋敷からここまでの範囲なら使えるのか。


「確信犯だ。セオ坊は忘れてたから、いや、忘れてても駄目なんだが、それとは違う。こいつは分かっていたんだ」


 それは確かに駄目だな。侮蔑の目を向けられても仕方がない。


 だけど、一向にこのままだと夕食にありつけない。


「あ、アラン。やっぱりそれでも俺が忘れてたのはいけなかったし、それにクラリスさんには俺の方からも注意しておくから。魔術を質に取ればさ。ね」


 なので、苦しいがそんな事をいう。


「……はぁ。しょうがねぇ。クラリス、次はねぇからな」

「……うむ」


 そうやって俺たちは少し遅い夕食にありつけたのだった。まぁ、前世の夕食の時間と比べればめっちゃ早いんだが。



 Φ



「ねぇ、クラリスさん、ガラグロイフェンクって本当にここに群生しているんですか!」

「クラリス、もっと他の武人の話を教えて!」

「ま、待つのだ。そう一遍に言われても困るのだ」


 夕食を食べ終わった後、リビングでクラリスさんは興奮したライン兄さんとユリシア姉さんに話をせがまれていた。


「エドガー兄さんは聞きたいことないの?」

「まぁ、あるにはあるが、今じゃなくてもいいだろう。クラリスさんはしばらくこっちにいるって話だしな」


 俺は一緒にソファーに座っているエドガー兄さんに訊ねる。エドガー兄さんは大人のような回答をする。


 まぁ、というか、今は手元にある資料を読むのに忙しいだろう。


 その資料はクラリスさんがエドガー兄さんのために、各地の都市構造や政治システムを纏めた資料である。家にあるそういう関連の本よりも正確に最新の情報が記載されている。


 エドガー兄さんはそれを読み込みながら、羽ペンを使って資料や別の紙に何かを書き込んでいる。


 クラリスさんは夕食を食べ終わった後、俺たちにお土産やら何やらをくれた。嬉しかった。


 さらに、ライン兄さんが植物の群生や性質について質問すると正確にまた、それに絡めたお伽噺や史実を話してくれた。


 それに対抗するようにユリシア姉さんが過去に存在した武人の話をせがんだ。なんでも、クラリスさんは俺やライン兄さんが生まれる前に、何度かこっちにやってきたことがあるらしく、ユリシア姉さんはその時に聞いた各地の武人の武勇伝などが大層感動したらしく、また、また、とせがんでいるのだ。


 二人とも、特にライン兄さんは珍しく初めて会った人に懐いている。ライン兄さんは意外と人見知りなのである。


 クラリスさんもそんな二人の様子に満更でもないように顔を歪めている。そういえば、子供好きなんだっけ。いや、まぁ、普通に子供が好きなだけで、別に児ポに触れるような人ではない筈だ。


 そんな人ならアテナ母さんたちが成敗しているはずだし。ただ、あの顔のだらしなさを見ていると少しだけ気になってしまう。


「ライン様、ユリシア様、落ち着いてください、クラリスさんが困っているでしょう。それとクラリス様もそのだらしない顔はやめてください。犯罪者に見えます」


 そしてその俺の心を代弁してくれたのはレモンだった。バトラさんとマリーさんはロイス父さんたちが残した仕事を片づけていて、また、ユナは収穫祭って事もあり、昨日と今日と明日の三日間だけ休暇をとっているのである。


 因みにレモンは休暇を取るつもりはないらしく、バトラさんとマリーさんは収穫祭の残り二日だけ休暇を取るらしい。夫婦水入らずのデートやらを楽しむそうだ。


 レモンはそもそも好きでメイドの仕事をしている。メイドの仕事自体が好きらしい。そのくせ、よくサボっているような気がするが、まぁ、いいだろう。


「あ、わかった」

「ちぇ、分かったわ」


 そんなレモンの言葉にライン兄さんとユリシア姉さんは少しがっかりしながらも頷く。


「ほら、クラリス様。残念そうな顔をしない! だから、勘違いされて自分が建てた孤児院を追い出されるんですよ!」


 レモンはクラリスさんを叱る。お母さんみたいな感じだ。しっかりしている。


 思った。レモンはより駄目な人や駄目な時だとキチンとするんだ。そして平和な時だけサボるんだ。根は真面目なんだろう。たぶん。

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