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第67話:小さいと潜入捜査に向いている:this fall

「あ、アテナくん。落ち着いて!」


 今にもクラリスさんを永久とこしえの氷に閉じ込めそうなほどに凍えた目で見ているアテナ母さんに、ソフィアが飛びつく。親に泣きつく子供みたいだ。


 アテナ母さんは転移でやってきたのだ。後ろにはラリアさんもいる。


「何かしら、ソフィア。私はとても怒ってるの。そもそも、アナタが私をここに呼び寄せたのでしょう。邪魔しないでくれるかしら」


 おお、相当怒ってるな、アテナ母さん。俺の目の前に座っているクラリスさんが真っ青になってる。神秘的な容姿の面影などなく、縮こまった鼠のようだ。


 たぶん、過去の出来事を思い出したのだろう。何されたんだろう。


「まぁ、落ち着いて、アテナ」


 と、そんなクラリスさんに今にも飛び掛かりそうなアテナ母さんを、虚空から急に現れたロイス父さんが抑える。転移だ。


 あ、“解析”しそびれた。


「どいて、ロイス」


 だが、ロイス父さんの甘い声でもアテナ母さんの心は癒せなかったらしい。ロイス父さんにまで低い声で言う。


「まぁまぁ、それは事情をソフィアから聞いてからね」


 ただ、ロイス父さんはそれに怯むことなく、にこやかに笑ってアテナ母さんの肩に手を置く。凄いな。俺はもう怖すぎて平伏しそうなのだが。


「……わかったわ」


 そのロイス父さんの執り成しにアテナ母さんは渋々頷いた。


「ソフィア、よろしくね」


 そうしてロイス父さんに話を振られたソフィアから事情説明が始まったのである。クラリスさんは胸を撫で下ろした。



 Φ



「そう」


 ソフィアから説明を聞いて、アテナ母さんは淡々と頷いた。ロイス父さんはブツブツと呟きながら、頭を捻っている。現在の予定と擦り合わせているんだろう。


「クラリス。悪かったわ」


 アテナ母さんはクラリスさんに小さく頭を下げる。


「よい。儂もそっちに迷惑をかけることが多いから、疑われても仕方ない」


 クラリスさんも頷く。けど、たぶん、今回のようなことは少なくて、普通に揉めている事が多い気がする。だから、アテナ母さんもあんなに過剰に反応したんだろうし。


 そして意外にもアテナ母さんとクラリスさんのやり取りはそこで終了した。雰囲気的には仲が悪い感じではないが、何というか静かだ。


 そういえば、どういう関係かは詳しく聞いてなかったな。冒険者仲間でパーティー仲間とは聞いていたけど、馴れ初めとかも聞いてなかったな。


 あとでクラリスさんにでも聞いてみるか。ロイス父さんたちに聞くと恥ずかしがって、詳しく話してくれないんだよな。


 まぁ、そんな事を考えている間にもロイス父さんとソフィアの間で話は進んでいた。


「ソフィア、それで?」

「ああ、そうだったね。今、ボクの方に総裁から特務を出されてね。本拠地の凡その場所が分かったから、確実な証拠集めのために潜入して欲しいんだと。それで、ロイスくんとアテナくんにはその手伝いをしてもらいたくて」


 ソフィアが潜入捜査か。小さいから確かに潜むこととかは得意そうな感じがあるけど、大丈夫かな。危険な場所だろうし、ソフィアって強いイメージはあんまりないんだよな。


 と、そんな事を思っていたら、クルナール茶を飲んでいたクラリスさんが小さい声で教えてくれる。


「お主は知らんかもしれんが、ソフィアは隠密専門の冒険者での、斥候やら潜入やらのスペシャリストなのだ。しかも、元聖金だったから強いしの」

「へぇー」


 ソフィアって強かったんだ。聖金っていったら上から二番目くらいのランクだったよな。マジか。そういえば長生きとは言ってたし、エルフと同じようなものと考えておけば妥当かな。


「ロイスが呼ばれた理由は護衛で、アテナは拷問だの」


 うん? 拷問?


「なんだ、知らんのか。アテナは魔法の中でも特に魂魄干渉が得意なのだ。故に記憶を覗いたり、相手を操ったりして情報を得るなどお手の物だぞ」


 そういえば、特異能力ユニークスキルを持ってるのに勝手に魂魄干渉で俺の身体を操られたからな。普通、特異能力ユニークスキルのお陰で魂魄の防壁が高い筈なのに。


 さっきクラリスさんに身体の主導権を握られたのは魂魄の方ではなく、俺の体内魔力を支配してその魔力を動かして俺の身体を動かしていたのだ。原理が違ったりする。


「それにその魂魄干渉で地獄を見せたり、生きているのに死を実感させたりと色々とできるのだ」


 めっちゃ恐ろしい技である。


「へぇー」


 ただ、そこまでいくとただただ感心が残るだけである。実感が湧かないのだ。


「じゃあ、クラリスくん、そういうことだから半日町の警戒をよろしくね。ボクたちは行ってくるから」


 と、俺たちの会話を他所にソフィアたちも方針を固めたらしい。ロイス父さんとアテナ母さんも出発するようだ。


 あれ? クラリスさんは行かないの? さっきの話だとクラリスさんが発端だし、組織を潰したいと思ってると思ったんだけど。


「うむ、わかった。儂が全力を以って悪意から守ろう」


 行かないつもりだった。なんでだろう。


 だが、その疑問に答える事はなく、話は進む。


「あ、クラリス。今、アランに連絡を入れたから夕食は屋敷の方で食べて行って。それと詳しい話は明日しましょう」


 先ほどから中指に嵌めていた指輪を光らせていたアテナ母さんはそう言った後、ソフィアの手を掴んで転移した。


 あ、夕食は町の方で食べるつもりだったんだけど。まぁ、いいか。あとで、グリュウさんに連絡を入れとくか。いや、分身を今だして伝えるか。


 じゃあ、分身よ。よろしく。


 そうして、自由ギルドの影に分身を出した後、それを見計らっていたかのようにロイス父さんがこっちに向いた。


「セオ。そういうことだから今夜は帰れそうにないや。だから、エドガーたちをよろしくね。それとクラリスと話し込んで夜更かししないようにね。じゃあ」


 そして残されたロイス父さんも俺にそう言って転移した。


 あれ、魔法の気配じゃなかったな。能力スキルに近い感じだ。


 まぁ、いいや。


 にしても、エドガー兄さんたちに何て説明しよう。奴隷の件だから言葉は選ばなくちゃ……まぁ、いいか。大丈夫だろう。


 あ、でも、エドガー兄さんは兎も角、ユリシア姉さんは血が騒ぎそうな気がするけど……うん、大丈夫だろう。最近は落ち着きを学んだらしく、直ぐに手を出したりはしなくなったし。


「セオ様、クラリス様。これからどう致しますか? 昼食がお済みでないなら手配しますが」


 そう思っていたら、ラリアさんがこっちを向いて言った。そういえば、町の要人の三人がいなくなったけど、仕事量は大丈夫なのだろうか。


 それにバトラ爺たちに伝えてない。あ、いや、さっきアテナ母さんがアランに連絡したって言ってたから伝わってるのかな。一応、お昼が終わった後に確認しに行くか。


「いや、よい。下で出ている屋台で食べるつもりだ」

「うん、大丈夫だよ、ラリアさん」

「そうですか、では、私は仕事に戻りますわ」


 まだ、仕事があったのだろう。ラリアさんはソフィアの執務室から去っていった。通常は俺たちを残して去ることは安全面で考えてもない筈なんだけど、色々忙しいのだろう。


 少なくともソフィアがいなくなった分の仕事があるし。


「ふむ。で、どうする、お主?」

「一旦、中央広場で買い食いしながら話そうよ」


 そうと決まったら、俺は机の上に置いてあった茶菓子やティーカップなどを整理する。クラリスさんも手伝う。


 そして俺たちは自由ギルドの裏に転移した。


「ここは裏かの」

「うん、流石に中央広場に転移するわけには行かないから」

「それもそうだの」


 自由ギルドの裏は意外にも暗い。そもそも自由ギルドが高いので、路地裏は暗くなりがちなのだ。日照権など知ったこっちゃないという感じである。


 まぁ、自由ギルドの影ができる部分にある建物は陽が当たらなくてもよい、もしくは当たらない方がいい建物が集まっているので、日照権は問題ない。と思う。


「さて、設定作りとはいえ、案内を引き続き頼むぞ。先払いしたしの」


 そう思っていたら、クラリスさんがそう言った。確かに、約束したな。


「じゃあ、お昼が奢りなのも?」

「もちろんだ。という事で、行くかの」

「うん」

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