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第65話:鬱憤が溜まっていると野次馬気分になりやすい、かも:this fall

 ということで連れてきましたソフィアの執務室。自由ギルドの閉ざされた最上階にある一室で、書類の山が立ち並んでいます。


「セオくん、待ってたよ!」


 見た目からでは似合わない重厚な執務机で作業していたソフィアが歓喜の表情を浮かべて顔をあげる。クルナール茶がそんなに楽しみだったのか。


 だが、その表情も俺の隣にいたルールさんに気が付いて、不思議な表情へと変化する。


「って、あれ、クラリスくんじゃないか」

「ひ、人違いではないかの。儂はルールという名前だ」


 ソフィアに視線を向けられたルールさんはあからさまに動揺しながら、フードを深くかぶり、そっぽを向く。


 というか、フードから覗くその黄金の瞳が怖い。龍の瞳の如く俺を睨み付けている。すごく怖い。


 転移するときに掴んだ手がもの凄い強さでにぎにぎされていてめっちゃ痛い。普通、ルールさんほどの美人ににぎにぎなんてされたら天国にいる心地の筈なのに、地獄である。


 そして、繋がれている手のひらから変な魔力が押し込まれ、身体を乗っ取られそうになる。マジでやばい。


 必死に体内の魔力を制御して反抗しようとするが、逆らえず、俺のステータスプレートについている“選定の導盤”で転移を発動させられそうになる。


「ん? でも、やっぱりクラリスくんだよね。っていうか、ルールって確かにキミの名前の一つだけど、それって前世でしょ。何言ってるんだか」


 ん? あれ、ソフィアの口から想像以上におかしな情報が出てきたんだが。


「な、何のことだか。まぁ、所詮は子供の戯言。前世とかクラリスとかわけのわからんことを。さ、セオ殿。転移するぞ。さ、早く!」


 握りしめられている手は悶絶するほど痛く、しかし、操作されている身体では悲鳴すらあげあれない。ってか、研究室ラボ君、俺の身体の制御権を取り戻して!


 ――了解しました――


 それを見ていたソフィアが何やら納得いったように頷いて、いやらしい笑みを浮かべる。


「あ、もしかしてまたどっかの貴族を潰しちゃったの? だから、そんなに焦ってるんだ。そうか、ロイスくんたちにいい話ができ――」

「――ああ!」


 が、ルールさん、もとい、クラリスさんが大声をあげる。


「よいか、ソフィア。儂はここに来てない。よいな」


 そしてフードを脱ぎ、二回り以上も背の低いソフィアを凄む。その形相が鬼のようで、ソフィアはついコクリと頷いた。


「それとセオ殿。今回の事は不問にする。故に早く転移せよ!」


 そして、研究室ラボ君が頑張ったおかげで、身体を乗っ取られずにすんだが、しかし、そうでなくてもその怒気の籠った声音と表情に従いそうになる。


「ま、待って、ほんとうに用事でここに来たんだよ」


 しかし、用事があったのは本当で、約束は破るわけにはいかない。


 因みにルールさんを自由ギルドには連れて行かないという約束はしていない。なので、約束をやっぶたりはしていない。詭弁だが。


「ぬ、用事だと」


 と、当初の目的を思い出したらしい。そして、自分がついていくと言った事も思い出したらしい。


「じ、自由ギルドには行きたくないって言ってたけど、それは冒険者に会いたくないからだと思って、なら、ソフィアだけなら大丈夫かなって」


 という、言い訳を必死にする。


「それに、ソフィアならなんか力になってくれそうだと思ったし。ほら、さっきフェーデ爺さんのところで種族を偽装してたから、でも、話が分かる人が一人くらいいたほうが、もしもの時に融通が聞くと思って!」


 てな感じで、相手を思いやったという事を説明する。まぁ、全て俺のエゴで勝手にやったお節介なので、知らんと言われればそこまでなのだが。


「……それで、用事とは何なのだ」


 その必死の屁理屈がよかったのか、クラリスさんは一旦落ち着いた表情になる。


 あれ、てか、錬金術師で、エルフで、クラリスって名前で……


「あ、アテナ母さんの元パーティーの!」

「セオくん、今気が付いたの」


 いつの間にか、向かい合ったソファー二つとその間にあるローテーブルが占拠している執務室の一角に移動していたソフィアが、溜息交じりに呟いた。


「クラリスくん、用事っていうのはこれの事だよ」


 そして、衝撃の事実に気が付いて呆然としている俺を他所に、ローテーブルの上にあるクッキーとティーカップをソフィアが指す。


「セオくんには、お茶の茶葉をもらう約束をしてたんだ。ほら、ボクも詳しい話を聞かないことにはなんとも言えないし、セオくんもなんだか呆然としてるから、一旦、落ち着いて話さない?」

「……しょうがないの」


 てな感じで、お茶会がスタートした。



 Φ



「えっと、初めまして? セオドラーって言います。あ、あの、この“白尋の目”ありがとうございます。それと、無属性魔法大全とかも本当にありがとうございます。ええっと、それで――」


 俺は向かい合って座っているクラリスさんにどうにかこうにか伝えたいことを伝えようとする。


 伝えたいことはいっぱいあるのだ。“白尋の目”や無属性魔法大全、それ以外にも色々なもの貰ったし、それにクラリスさんが書いた魔道具の本もめっちゃ参考にさせてもらってる。学んだことはとても大きいのだ。


 魔道具についても聞きたいし、色々と聞きたいことがいっぱいある。


「――言いたいことが多くあるのは分かったから、少しは落ち着かんか。儂は逃げたりせん」


 と、クラリスさんがクルナール茶の入ったティーカップを差し出す。呆然としていたが、それでもソフィアに無理やり動かされてクルナールの茶葉を出し、それにクラリスさんがお湯などを注いで、お茶を作ったのだ。


 優しそうな匂いがする。


「とか言って、さっきは逃げようとしたじゃん」


 そんなクラリスさんが入れたお茶を飲みながら、クッキーを頬張っていたソフィアが、からかうように言った。


「ぬ、それは、先ほどは動転しておったのだ」

「アテナくんが怖くて?」

「う、うむ」


 動揺を落ち着かせるため、少し苦めのクルナール茶を飲んでいた俺を尻目に二人の会話は弾んでいく。


「ったく、今回は何をやらかしたんだか。ボクに情報が回ってないってことは、エレガント王国内ではないんだろうけれどもさ」

「儂がやらかした前提で話を進めるのはやめてくれんかの」

「じゃあ、なんでアテナくんが怖いのさ。どうせ、どっかの貴族と揉めて今頃、キミの窓口となってるアテナくんたちの所に苦情が入ってるんでしょ」


 あれ、そういえば、アテナ母さんがそんな事をぶつぶつと言ってたような。恨みがましく誰かを罵っていたような。


 短い時間だったし、聞こえないくらい小さな声だったから、見間違え、聞き間違えだと思ってたんだけど。


「ほら、やっぱり」


 と、ようやく落ち着きそんなことを考えていた俺を見て、ソフィアは喜ぶようにけらけらと言った。


 酷くない? 喜んでるよ。


「チッ。手が早いの」


 クラリスさんは苦々し気に舌打ちしていた。


「まぁ、よい。ソフィア、儂を庇ってくれるんじゃろ」

「えー、まだ、何をしたか聞いてないしなぁ。それに、なんでセオくんと一緒にいるかも聞いてないんだけど、どうしよっかな」


 ソフィアが上に立った。朝の喧嘩の仲裁で鬱憤が溜まっていたのか、これ見よがしにクラリスさんをおちょくってる。


 完全に楽しそうである。


 ソフィアってこんな一面があるんだ。からかう事は多少あっても、こんなに分かりやすく性格が悪い感じにおちょくるところは見たことがない。


「……説明するから、庇うと言っておくれ」


 クラリスさんはそんな屈辱的かもしれない扱いに唸るように頭を下げた。余程、アテナ母さんが怖いのかもしれない。


 そりゃあ、さっきのソフィアの話が本当なら、収穫祭の忙しい時期に、他国のもめ事を持って来たんだもんな。そりゃ、アテナ母さんがめっちゃ怒るのは納得だし、それが怖いっていうのも似たようなのを実感しているのでわかる。


 まぁ、辛酸をなめるように言ったクラリスさんに満足したのかソフィアはワザとらしく溜息を吐いて。


「うん。いいよ、約束しよう。なんなら、ボクがその揉め事を対処してあげよう。なので、何をやらかしたか教えてくれる?」


 と、楽しそうに言った。あれだ、その揉め事自体がソフィアの娯楽なのかもしれない。


 いやな一面を見てしまった。

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