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第62話:グリュウ食堂にて:this fall

「……ふむ、しょうがないの。実はの、失礼と承知でお主のステータスを見てな。まぁ、名前と天職部分しか見えんかったのだが、細工師だとわかったのだ。しかも、お主は小さいのに、手には錬金術師の様な癖がついていてな。余程、鍛錬したのだろう。それに、ほれ、その首の」


 と、ルールさんは俺の首にかけているゴーグル、“白尋の目”を指す。


「それは、解析系の魔道具か、アーティファクトだと思ってな。そういうのを好んで身に着けるのは、錬金術師か鍛冶職人が大抵での。それで、なら鉱物は好きなのではないかとな」


 ……だとしても鉱物をポンと差し出せるか。


 それに俺が鑑定されたなら、必ず“研究室ラボ君”が気が付くはずだ。しかし、報告はない。なら、嘘をついている。筈である。


 しかし、エルフなんだよな。もし、目の前にいるのが数百年以上生きたエルフならばありえるかもしれない。どちらにしろ、そんな人にロックオンされたんだ。逃げる手立てはないだろう。


 それに悪意があるならロイス父さんたちの結界を通れないはずだし、基本的には問題なはずだ。


「……わかった、案内するよ。その代わり樹晶斑石は前払いで」

「うむ、いいだろう。ほれ」


 ルールさんは手で弄んでいた樹晶斑石を俺に向かって放り投げる。俺はそれを受け取る。そして懐に仕舞うふりをして、“宝物袋”に仕舞う。


 その瞬間のルールさんの表情を窺うが、分からない。うん、警戒はしておいた方がいいだろう。


「俺はセオドラー。セオって呼んで。じゃあ、案内するよ」

「うむ、よろしくな」



 Φ



 最初はグリュウ食堂へと入った。ルールさんはまだ朝食を済ませていなかったので、お腹をすかせたままにするのはあれだろうと思ったのだ。


 食堂内には酔い潰れていた人たちが酷い顔をしながら朝食を食べており、どんよりとした雰囲気が漂っていた。


 そんな中でルールさんは軽くフードを被りながら美味しそうに朝食を食べている。


 朝食内容は、ついこないだ俺、といか“研究室ラボ君”が開発した白パンにブルストフルフのベーコンと、カイナームレル鳥の卵のオムレツ、それとマキーナルト領で採れた新鮮な野菜である。見た目がとても美味しそうに見え、実際に美味しいのだろう。


 しかし、周りから漂う雰囲気がとても重いので、そんな美味しそうな朝食も美味しくなさそうに感じてしまう。雰囲気は大事である。だが、ルールさんには関係ないらしい。


 だけど、フードは脱いだ方がいいと思うんだけどな。食べ辛そうである。


 そう思ってルールさんが被っている灰色のフードを見ていたら、丁度オムレツを食べ終えたルールさんがこっちを見て言った。


「どうしたのだ」

「フードは脱がないのかなって」

「ああ、ちょっと待っててくれ。……いや、なんだ。ほれ、儂は美しいだろ。だからフードを脱ぐと面倒なのだ」


 ルールさんは木製のコップを口に着けてから、理由を話した。


 そして納得する。確かに、ルールさんはアテナ母さん並みにめっちゃ美人だもんな。血の気の多い冒険者も食堂内には多くいるから面倒は確かにある。


「それより、儂はお主の方が気になるの。お主、領主の息子だろう」

「あ、やっぱり知ってたんですね」

「まぁ、あのグリュウという店主の対応を見ていればな。なのに何故、店主以外気が付かないのだ。普通、顔くらいは知っておろう」


 ルールさんは周りにいる食事をしている人たちを見渡す。


 にしても、顔くらい知っている、ね。俺がレモンやユナ、あとはラリアさんとかから聞いた話だと貴族の間では普通、五歳になるまで子供を公の場には出さないという話なんだが。


 三歳になったら積極的に町と関わる事を推奨しているうちの方が珍しいのである。


 俺の見た目は完全に三歳だし、そこを見間違えるほどの観察眼なら先ほどの錬金術師の手癖のくだりも信用できなくなる。が、ただ、そこについて追及したところで意味はないだろう。置いておく。


「そう言ってるけど、ルールさんは分かってるんでしょ」


 まぁ、けど、少しくらいは探ってもいい。


「確かにお主が隠密系の能力スキルを使っている事は分かっておるのだが、それにしたって不自然すぎやしないかの。目の前にいる儂がお主の顔をハッキリと認識できるのだ。近くにいる者は認識できるはずだろう。それにお主は特段隠れようとしているわけでもないからの」


 まぁ確かに。俺がフードを被って話さずに動かずにいたら、普通の隠密系の能力スキルは効果を発揮するだろうが、あれは基本的にこっちが隠れようとしない限り、効果を発揮しない。


 それに比べて、今俺が発動している“隠者”は結構上位の能力スキルらしく、動くどころか、軽く声を上げても問題ないのだ。最近では“隠者”に技能が生え、認識阻害の対象を任意にできるようになったのだ。


 まぁ、それは三歳の子供が持っているにはおかしな話ではあるが。けど、それっぽい話をするか。


「俺が領主の息子だって知ってるよね」

「うむ」

「俺の父さんたちは高名な冒険者でしょ。それで一応護身として任意に認識阻害ができるアーティファクトを貸してもらっているんだよ」


 まぁ、胡散臭い言い訳ではあるが、たぶんルールさんは何から何まで知ってそうなので適当に流しておけばいいと思う。


「なるほどの。確かに英雄の息子となればそれくらいは考えられるの」


 そしてルールさんはなんとも言えない表情で頷いた。言葉だけみれば納得している感じはあるが、しかし、何となく違う気もする。


 うん、探りは入れても意味なさそうだな。はぐらかされる。なら、今日は奢りだし遠慮なく贅沢するか。それくらいはしても構わないだろう。


 と、そんな話をしていたら、ルールさんは食事を終えていた。


「で、なんか希望とかない? 収穫祭を見て回りながら案内するにしても目標とかあった方が良いからさ」


 なので、今後の方針を少し話す。ぶっちゃけこれで自由にと言われても困るんだよね。面倒だし。


「うむ……、子供が多く集まるところがよいの。お主もその方がよかろう」


 ちっ、無駄な気遣いを。俺に子供仲間なんていないのに。


「ちょっとそれは……」

「なんだ、だめなのか」

「だめじゃないんだけど、それは明日にしない? 明日だと子供たちがいっぱい集まるイベントがあるらしい」

「ふむ……」


 どうだ。思案顔のルールさんの表情を窺う。なんか今の問いも作為があった気がするんだがな。


「うむ。なら、魔法使いが多く集まる場所はどうかの?」

「……うん、それならいいよ」

「じゃあ、決まりだの。のぉ、店主」


 ルールさんが若干声を張り上げてグリュウさんをあまり大きくない声で呼ぶ。会計だろう。にしても、二日酔いたちが呻き声を上げているので聞こえないと思うのだが。


「ちょいと待ちな」


 しかし、二日酔い軍団を相手していたグリュウさんはルールさんの呼びかけを顔に似合わぬキュートな熊耳で聞き取ってたらしく、こちらに顔を向けた。


 筋肉によってはち切れんばかりの白のコック服を着て、首には赤いスカーフを巻いている。蓄えられた茶色の髭がその厳つい顔をさらに厳つくしている。しかし、怖いというよりは威厳があるといったほうがよくて、料理人として相応しいと思ってしまったりもする見た目である。


 ここら辺はよくわからん感覚だ。


 そんなグリュウさんは適当に客をあしらい、こちらにやってきた。


「で、フードのお嬢さん。会計か」

「うむ、頼めるかの」


 グリュウさんは厳つい顔でなるべく愛想よく接していた。いつもは仏頂面なのに。


「一二三……大銅貨9枚と小銅貨4枚だな」


 値段を告げられたルールさんはマントで隠している胸元を弄る。ベルトがいっぱい腰などに巻きついているんだし、そこに財布を入れとけばいいもののなんで、胸元なんだろう。目のやり場に困る。


「……これでよいかの」


 と、そう思って目を逸らしていたらルールさんはいつの間にか食卓の上に大小の銅貨を並べていた。


「ああ、確かに受け取った」


 グリュウさんはそれを受け取り、手の中で転がした後、コック服についているポケットにそれを仕舞ってそう言った。それから、ちょっと真剣な顔を俺に向ける。なんだろう。


「それとセオドラー様。しっかりと案内役を果たすんだぞ。あと、ロイス様に昼食は食べないって伝えとくからな」


 なんだ、それは。いや、確かにロイス父さんたちに昼飯は食べないと言伝を頼むつもりではいたんだが。いや、しかし、最初のなんだ。なんで、俺がグリュウさんにそんなこと言われなきゃならないんだろ。


 けど、まぁ、いいや。いつもお世話になってるし。


「うん、分かってるよ。あと、夕食もたぶん町で食べると思うから、そこもロイス父さんたちによろしくね」

「ああ、分かった」


 それから俺とルールさんは席を立ち、食堂を出たのだった。

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