目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第57話:どんな時代にも何処にでも:this fall

「ねぇ、こんなに書類を作らなきゃダメなの?」


 いくら自業自得とはいえ、ここまで扱き使われる理由がない。だいたい、面倒事を回避するために、いつも通り俺が持つレシピやらは自由ギルドを通してアカサ・サリアス商会に卸したのだ。


 その際に、財産権などをいくつか契約は結んだが、あとは向こうが自由に処理するだけ。


「結局、騒動は俺の手から離れているじゃん。なのに、こんな契約書や手紙なんか書いて意味あるの?」


 なので、無駄な作業に思えてならない。


「まぁ、確かにそこまで重要ではないわね。一応、契約書作りはこっちでやった方が良いからやっているけど、手紙に関しては意味ないわよ」


 だよな。契約書は余計な事が無いようにするために必要かもしれないが、貴族たちの手紙に対して返事を書く必要はない。もう既に、自由ギルド経由でエレガント王国に拒否の申し入れをしたのだ。


 アダド森林の魔物の動きが活発になっており安全が保障できません。また、収穫祭において町人が殺気立っています。騒動になっても対処できません。


 という感じの返事を、長ったらしく遠回しにエレガント国王に送り付け、了承を貰ったのだ。普通なら無理だろうが、向こうもこっちとの関係を悪くしたいとは甚だ思っていない。


 また、王国としてもここで印象を悪くして利権に噛めないことは嫌なのだろう。幾つかの条件を付けてきた。けれど、そこらへんはロイス父さんやアカサ、自由ギルドの方が上手く話しをつけたらしく、問題はないそうだ。


 だから、貴族たちにこっちから返事を出さなくても良い筈だ。


「けど、練習にはなるわよ。どうせセオはこれからも色々と面倒を引き起こすからね。軽い騒動で済んでいる内に後始末などを覚えていた方が得よ。本当に……」


 確かにそうかもしれないが……。あれ、アテナ母さん?


「ホント、何も知らないでいきなり王国相手に政治戦争とか大変よ。はぁ。今でも嫌になるわ……」


 何か地雷を踏んでしまったらしい。俺が生まれる前に色々あったんだろう。まぁ、アテナ母さんたちの経歴を考えれば容易に想像がつくが。だからだろう。俺に色々と貴族たちへの根回しのノウハウを教えるのは。


「ああ、それとセオ。昨日、ソフィアたちと話し合ったんだけれども、アナタには偽名を持ってもらうわ」

「はい?」


 嫌な過去を思い出した憂鬱な顔をしていたアテナ母さんは、直ぐに思い出したように言ってきた。内容が内容だけに呆ける。


「偽名? 何のために」


 俺がアテナ母さんに訊ねると、丁度扉が開いてロイス父さんが入ってくる。


「いやね、今回の件でセオ自身の存在を隠し通すのが面倒くさくなってね。そもそも、魔道具や料理のレシピもそうだけどセオは製作者とかの名前を空欄で出してたでしょ」

「うん」


 俺の名前は出さないでとお願いして、また、それらは無名、つまり、名前すら載せないようにお願いしたのだ。


 そっちの方が後々、権利などを放棄しやすいと思ったからだ。名前が無ければどうとでも言えるからな。とくに名前が無ければ、それらの技術や物は誰のものでもないと言える事もできる。誰でも自由に扱う事ができる。


「今、エレガント王国、ひいては隣接する国々ではその空欄の人物は同一人物ではないかという噂が広まっていてね。その人物の一人にセオの名前が挙がっている」

「まぁ、全てマキーナルト領から出ているから俺の名前が挙がっても不思議ではないよ」


 どうせ、ロイス父さんやアテナ母さんたちの名前も挙がっているだろうし。


「いやね、僕たちの名前は挙がっていないんだよ」

「はい?」

「空欄にするってことは面倒事を避けたいからだよね。というか、自分の制作物を空欄にする人物は殆どいない。普通は名前が売れた方が良いと考えるからだね」


 名が売れてるという事は確かに命である。技術関連だったら名が売れることによって仕事が増えるし、質も上がる。人脈は増え、新たな研究などに励める。成り上がれる。


 前世においても名前が売れるという事は重要だったし。無名の上手い歌手と、有名なそこそこの歌手ならどっちが売れるかといえば、後者である。まぁ、SNSなどによって無名から有名に駆けあがることを考慮しなければの話だが。


 それは置いといて、名が知られていないことはそれだけで大損なのだ。


「そして、僕とアテナは空欄にする意味がないんだ。名前はこの大陸どころか世界中にも売れている」

「だったら、むしろ空欄じゃないの?」


 名前を売る必要はないのだから、空欄にした方が面倒事が少ない。


「いや、僕たちの場合は悪名も轟いていてね。空欄にするより名前を出した方が厄介事がやってこないんだよ」

「……だから、空欄にするメリットが一つもないから、ロイス父さんとアテナ母さんは候補から外れると」

「そうだね。それと、エドガーとユリシアも候補から外れている。二人とも貴族の社交界の場で色々と性質が漏れているから除外された」

「つまり、残っているのが俺とライン兄さん」

「そうだね。マキーナルト家から名前が挙がっているのがセオとライン。それと、アカサ・サリアス商会が見つけた新人とこの町に住み着いたエルフ。それらが有力な候補として挙がっている」


 ロイス父さんたちの息子という事で俺とライン兄さんが疑われている。三歳と五歳の子供がありえないと常識的に考えるが、ロイス父さんたちの息子だからか。


 また、アカサ・サリアス商会の新人は引き抜き防止のためだろう。名前が分かっていると交渉しやすいから、まだ、新人の間は名前を伏せておいて、それらに対処する状況がある程度整ってから名前を公表する。


 そしてエルフは変人として有名なので、おかしなことがあると即候補として挙がる。そう言う存在らしい。


 けれど、それだって魔道具の時と変わらない。あの時だって、俺たちの方にも疑いの目はあったはずで、それに莫大な利権が増えようとも大して変わらない。魔道具だって利権は絡んでいたし。


「もちろん、それだけじゃない。セオは知らないと思うけど、自由ギルドを通した制作物や技術において、名前をかたることは重罪とされている。自分が作ったものを有名な人の名前で売ることはできないんだ。したら、自由ギルドを敵に回すことになるから、よほどの馬鹿以外はやらない」


 殆どの制作物や技術、その他諸々は自由ギルドを通して世に出す。自由ギルドから売らなくても、自由ギルドを通すことによって公平な契約や知的財産などといったものが担保されるからだ。というより、自由ギルドを通さないと食い物にされてしまう場合が多い。


 それ故に自由ギルドには信用があり、その信用を揺るがす行為は完全な敵として認定される。地獄の底まで追いかけられるのだ。そして抹殺される。


 ステータスプレートで名前を確認すれば騙ることもできないのではと思ったが、偽名で登録する人もいるらしく、やろうと思えば一応、騙ることができるらしい。


 けど、自由ギルドを敵に回したくないのでほとんどの人はやらない。


「けど、空欄は誰にでも出来てしまうんだよ」

「あっ」


 ああ、なるほどな。つまり、ここ半年で空欄という名前が売れてしまった。そして、空欄の制作物は確実に売れている。だから、製作者が空欄のものは売れる技術、制作物であると誤認する人がでてきて、そう言う人を騙す人が出てくる。


 それに空欄ならば名を騙る必要すらなく、とても簡単に騙せる。


「犯罪を抑制するために偽名でもいいから制作物に名前を入れろと」

「そういう事だね」


 つまり、俺の存在を隠し通すのが面倒なのではなく、俺が引き起こした厄介事を少なくしたいということではないか。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?