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第48話:チラチラと見える誰か:this summer

 結局のところ、ロイス父さんが言いたいことは分からず、困惑する。


 だが、ロイス父さんやアテナ母さんはどうにも答えそうにない。楽しげに、もしくは若干苦々しげに笑っている。


 エドガー兄さんはもちろん不機嫌に黙り込んでおり、ライン兄さんは王都であったことを思い出したのか虚な目をしている。


「ねぇ、ライン兄さんはどうするの? 少なくとも今後も今回みたいなことが起こるんだよね。もう、貴族のパーティーとかに行かないの? ……もしかして、俺と同じでこっちに引き篭もるとか?」


 甚大な心傷を負ったのか、ライン兄さんはガクブルと体を震わせている。ってか、この調子だと本当に植物とか動物とかと一生を添い遂げそうな予感があるんだが。


 ロイス父さんとアテナ母さんは俺の質問に困り果てたように笑う。


「……帰りの馬車でそれを宣言したのよね。はぁ」


 なるほど、もうすでに手は打ってあるのか。


「アナタの所為よ。セオ」


 引きこもる大義名分を手に入れ、感心していると、アテナ母さんが少し苦々しげに言ってくる。ロイス父さんはどうにかなるだろうと思ったのか、もう既に違うことに興味が向いていた。仕事を片付け始めていたのだ。


 恐ろしい。


「どう言うこと?」


 ただ、それは無視する。ロイス父さんはそもそも領地経営が楽しくてやっているのである。俺もアテナ母さんも慣れている。


「アナタ、一年前くらいからラインに引きこもる素晴らしさとか言って色々と怠け方を教えていたわよね」

「……」


 確かに教えていたな。ライン兄さんったら、休むことを知らない感じだから、休む楽しみを教えていたのだ。それにプラスしていかに引きこもりがいいかを説いていたのだ。


 前世じゃ、働きづめで引きこもりがとても羨ましかったからな。偏見だが、なんだかんだで、自由そうだったし。


 まぁ、実際は隣の芝生は青く見える感じだったんだろうが。


 と、それは置いといて、それでも今、近くで仕事を楽しそうにやっているワーカーホーリック気味のロイス父さんみたいにはなって欲しくないし。


 ライン兄さんがロイス父さんに一番近い気がするしな。まぁ、ライン兄さんがロイス父さんと同様、アテナ母さんみたいなしっかりした素敵な女性と結婚できるのであれば、話は別だが。


「そのせいで、ラインがセオみたいな駄目人間的な言葉を帰り際にずっと呟いてたのよ」

「いいことじゃん」

「はぁ?」


 あ、やべ。つい本音が。てか、俺は駄目人間か?


「い、いや。うん。それは確かに。うん」

「何かしら?」


 必死に言い訳をしようとするが本音が強すぎて言い訳すらできない。アテナ母さんの目が刃物のように鋭くなっていく。


 俺的にはライン兄さんがその思想に染まってくれれば、俺の援護をしてくれる可能性が高くなるから嬉しいんだが、それを言うのは憚られる。


 だが、そう思っていたら、更にアテナ母さんのその翡翠の瞳がヤバいほど怖い。


「……はぁ、まぁいいわ。まだ、時間はあるしね」


 諦めた、と言うより後に回したのだろう。旅帰りで、ライン兄さんやエドガー兄さんだけでなく、アテナ母さんも疲れているからだろう。


「エドガー、ライン。今週中には返事を書いておくのよ。分かっているわね」

「「……はい」」


 そして、一言、二人に告げて、リビングの奥へ行った。何か、やるべきことがあるのだろう。


 エドガー兄さんたちはその後ろ姿を見ながら、イヤイヤそうにため息を吐き、項垂れたのだった。


 ただ、そう言う辛気臭そうなのはいやなので、楽しい話題をふる。どうせ、さっきの嫌いは演技みたいなものだし、二人も会話に乗ってくれるだろう。


「で、結局どうだったの王都? その貴族とかは除いて」


 それが楽しみである。王都というくらいだ。活気があって色々と珍しいものがあったんだろう。


 あと、二年後には俺も行くのである。面白そうなところをピックアップしてもいいだろう。


 ソファーの上でだらけている二人はなんとなしに体を起こし、俺の方を見た。


 そして、少し瞳を輝かせて言った。


「まぁ、楽しかったよ。特に王立図書館は素晴らしかったよ。珍しい図鑑や専門書とかもあったし、希少な小説とかもあったよ。将来はあそこに住みたいと思ったほどだよ」

「そ、そうすか」


 流石はライン兄さん。図書館に住みたいとはとてもアレだな。引きこもり能力が高さそうである。変人感も凄い。


 それに対して、エドガー兄さんは愚痴る。


「ったく。聞いてくれよ、セオ。ラインったら、王都にいた十二日のうち、九日もその王立図書館に籠っていたんだぞ。そのおかげで、俺も付き合わされて大変だったんだぞ」


 エドガー兄さんは隣にいるライン兄さんを困ったような、しかし少し嬉しそうな表情で眺めていた。目が細くなっている。


 ここら辺は兄の表情である。


 にしても、王都の大半を図書館で過ごしたのか。それはやばい。俺だって、王都を散策したりはするだろうに。


「ん? でも、エドガー兄さんは途中から王国騎士団の方に行ってたよね。それに図書館でも楽しそうだったし」


 そうらしい。エドガー兄さんの表情を見ると、楽しそうで何よりである。しかし、それって貴族の子供が好むことなのかという疑問はおいておく。


 いや、騎士家の子供とかは参加したいと願うだろうな。


 でも、あれ? 学園はどうしたんだ? 見学するって話だったような。


「いや、確かにそうだったがよ。……まぁ、いいや」


 少し鼻白み、諦めて項垂れているエドガー兄さんに学園のことを聞く。


「ねぇ、エドガー兄さん。学園の方はどうだったの? 見学とかしたんだよね?」


 出発するまで知らなかったが、本来、エドガー兄さんはそれが目的で王都に行ったはずである。


 そう思って聞いたら、エドガー兄さんはバツが悪そうな顔をした。


「いやな、その、な」

「ん?」


 歯切れがとても悪い。


「エドガー兄さんは学園には入りたくないんだよ」

「はぁ? いや、入りたくないなら、そもそも今回行かなかったよね。ロイス父さんやアテナ母さんはそこら辺は強要するわけじゃないし」


 おかしなことである。っというか、エドガー兄さんに何があったんだろう?


「いや、さっきのことに関係するんだけどね。それはもう――」

「――だー! やめろ、ライン。それ以上言うな!」


 若干、楽しげに答えを言おうとしていたライン兄さんの口を、慌ててエドガー兄さんは塞ぐ。ライン兄さんのその顔は若干、小悪魔に見えてしまう。


「まぁ、こういうことだから、セオは二年後を楽しみにしてなよ。どうせ、二年後の誕生祭で会うと思うし」

「……分かった」


 あんまり納得いっていないが、エドガー兄さんが嫌がっているので無理矢理こじ開けたりはしない。だけど、本当に何となくだけど分かってきたかもしれない。


 あれだ。エドガー兄さんは誰かは知らないが、ある人物に会いたくないのだろう。そしてその人物は女性なのだろう。たぶん。


 今までの話を統合してそう思った。まぁ、勝手な類推だが。ただ、それが当たっていたらとても面白そうである。ワクテカである。……死語か。


 しかし、今はこの話題を引っ張っていてもしょうがない。


「ねぇ、お土産とかは何かあるの?」


 なので、次に聞きたいことを聞く。王都なのだから珍しいものとか、いい鉱石があったりするだろうし、面白い魔道具があったりするだろう。


「ああ、それか。セオが喜びそうな鉱物や魔道具とか色々と買ってきてやったぞ」

「ボクも面白い書物とか、あと、魔道具についての教本とかを買ってきたよ」

「おお!」


 めっちゃ嬉しい。二人とも俺が好きそうな、そして驚きそうな物を買ってきてくれていそうだ。自慢の兄さんたちである。


「ありがとう! エドガー兄さん、ライン兄さん!」

「「どういたしまして」」


 いや、これがユリシア姉さんとかだったら、どうだったんだろう。考えても栓無きことである。


「よし、今から持ってきてやろう」

「あ、ボクも」


 そして、エドガー兄さんとライン兄さんはようやく、ソファーから巣立ち、自分の足で歩き出す。話をふった甲斐があった。


 と、二人がリビングを出ようとした時、急にリビングの扉が激しく開いて。


「セオ! あの魔道具は何だい!」


 慌てて出て来るロイス父さんを見て、俺は心の内でほくそ笑むのだった。

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