「それで、レモン。何か用があったんじゃないの?」
レモンの駄目さ加減とかはもう慣れたので、スルーする。いつまでも構っていたら時間が油水の様に流れていく。
というか、魔道具制作に集中したかったから、扉に「close」と書いた看板を下げておいた筈なのだ。普段、メイド達はそれがかかっていたら不躾に部屋には入らない。入ってくるとしたら、大事な用があるか、それとも朝、起こしに来るときか。
今は朝ではないし、昼食は取らないと伝えたから、前者だろう。
「あ、そうでした。忘れてました」
レモンは俺の問いを聞いてようやく、用事を思い出したらしい。あんな芝居打つより、さっさと用事を話して欲しかったんだが。
「ロイス様たちが帰ってきました」
「……それってとても大事な事じゃないの。っていうか、ここで一芝居打つ暇があったの?」
つまり、ロイス父さんたちはもう既に屋敷についている筈である。それを向かいに出なかったら、後でアテナ母さんを中心にドヤされると思うんだが。
それは嫌だ! 今後の貴重な時間を説教なんかに使われたくない!
「早く行かなくちゃ!」
「あ、待って――」
なので、そこでニコニコと間抜け面で突っ立っているレモンを置き去りに部屋を出た。
扉のすぐ下にあるほぼ梯子の階段を滑りおり、魔力による身体強化と魔力装甲による肉体強化をして、トップスピードで廊下を走り去る。
そうすると見えてきた階段は無視して飛び降り、無属性魔法混合魔術――〝浮落〟を使い、ショートカット。ふわりと着地する。
〝浮落〟は浮遊魔術を開発しようとして、できた副産物で自分の落下速度を任意のタイミングでなくすことができる魔術である。
なので、着地寸前に使うと落下速度が零に、つまり力が殆どなくなるのだ。
それから、再び身体強化と肉体強化をして玄関までダッシュ。“隠者”をフル活用して足音などは一切出さない。
そして玄関の扉を優しく開ける。ゆっくりとやってきました感を出して、少しくらい遅れても俺の性格範囲内だと許容される感じを演出する。
「おかえり、ロイス父さ――」
けど、玄関には誰もいなかった。
「――え?」
呆然と突っ立ている俺。が、直ぐに“魔力感知”を集中して発動する。感知範囲を屋敷全体まで広げる。また、こないだエウに言われたから、肉体的な感覚にも注視する。
「あれ? やっぱり帰ってきてない。どういうこと?」
ロイス父さんたちが帰ってきたわけじゃないの?
と、不思議がって首を傾げていると隣にレモンが来た。
「ふぅ。ようやく追いつきました」
「ねぇ、レモン。ロイス父さんたちが帰って来たって言ってたよね」
ようやく、と言っている割にはとても落ち着いた様子でやって来たレモンに問いただす。
そんな俺にレモンはやれやれと首を振り、言った。
その顔がムカつく。
「確かにロイス様たちは帰ってきましたが、今はまだ、町の方でソフィアさんたちと話をしています。なので屋敷に着くのはあと半刻後くらいです」
そこでレモンは「はぁ」と溜息を吐き。
「なのに、セオ様ったら最後まで話を聞かずに出てしまうのですから。そもそも、ロイス様たちが屋敷に帰ってきていたらセオ様を
まるで駄目な子を相手するように言ってくるレモン。やはりその顔がムカつく。本当にムカつく。正しいけれども。確かに考えてみればもっともだけれども。
レモンにそう言われるのがムカつく。何故ムカつくかははっきりとはしない。
だが、ここで反論していたらまた、揶揄われると思うので我慢する。こういうのは相手にしないのが一番だ。
「ふぅ。よし。なら、今のうちにバトラ爺に魔道具を見せに行くか」
隣で馬鹿にしたように微笑んでいるをレモンを無視して、俺は自室に作りたてほやほやの魔道具を取りに行ったのだった。
いつかレモンに仕返しできないかな。
Φ
「セオ様、バトラさん。ロイス様たちが間もなく屋敷に到着するそうです」
“オートドキュ”をバトラ爺に試してもらい、その改善点を洗い出していたら、レモンが部屋に入って来た。
今、良い所なのに。
しかし、バトラ爺はそんなことは気にせず、直ぐにレモンの方を見て言った。
「もうそんな時間ですか。わかりました。私もすぐに行きますので、レモンさんも準備をお願いします」
「わかりました。マリーさんとアランさんの仕事は中断させますか」
「いいえ、二人の仕事は重要なのでそのままに」
「はい。わかりました。では」
そう言ってレモンは華麗に一礼した後、部屋を出て行った。こういう所を見るとできるような女がイメージされる。
出ていくレモンを見送ったバトラ爺は手元にあった書類や雑貨などを片付けると、俺の方を見た。
「ではセオ様。私達も行きますか」
「うん。……あ、ちょっと待って」
この部屋を出る前にやっときたいことがあったんだ。
俺は、部屋の奥に置いてある執務机に向かう。それから、机の上にある起点となる大きな台形の魔道具に手を翳し、“宝物袋”に収納する。
「よし。じゃあ、行こうか」
「はい。わかりました」
バトラ爺はその俺の様子に不思議そうにしながらも頷き、執務室を出た。
「先程は何をしていらしたのですか?」
ロイス父さんたちを迎えるために、玄関に向かっている廊下でロン爺が訊ねる。
「えっとね。さっき仕舞った部分がないとね、“オートドキュ”は独立魔道具ではなく、補助魔道具になるんだよ。それで、驚かせたいじゃん」
「はい?」
「いや、ロイス父さんとアテナ母さんを驚かせたいんだよ。だから、最初に補助魔道具としてあれを見せて、そのあと、実は独立魔道具でしたってしたいんだよね」
まぁ、自慢したいのだ。“オートドキュ”は俺の初めて作った独立魔道具だ。それを見せて驚かせたい気持ちがとてもある。この気持ちを何というかはあんまり分からないが。
「そうですか」
しかし、バトラ爺はそれが分かっているようでニコニコとその戦場の軍人みたいな傷の入った顔を歪ませ、嬉しそうに頷く。宝物があるかのようだ。
「……まぁ、そういう事だから」
俺はそれが何か恥ずかしくなり、そこで話を切る。
と、丁度いいタイミングで玄関に辿り着いた。
さり気なく、バトラ爺が先に回り、扉を開ける。
未だにこれが慣れない。いつも、俺が自分で扉を開けようとするがバトラ爺やマリーさんたちは何故か扉を開けたがる。
しかも、ロイス父さんやアテナ母さんはそれが嫌で、その超人的な能力を使って自分で扉を開けているため、バトラ爺たちのその矛先が俺やライン兄さんたちに来るのだ。そして、超人ではない俺たちはそれを渋々受け入れる。
ただ、やはり落ち着きはしない。
「ありがとう、バトラ爺。でも、今度からは自分で開けるよ」
「いえいえ、老人の楽しみを奪わないでくれると助かります」
なので、こんなやり取りを毎回している。いつものお約束である。
「あ、丁度ですね」
玄関の扉の先にいたレモンが、出てくる俺たちを振り返りながらそう言った。
レモンの言葉通り、ロイス父さんたちが近づいて来ているのか、馬車の車輪の音と馬の足音が聞こえる。
それから、しばらくした後。
ロイス父さんたちを乗せた馬車が見えてきたのだった。