「お礼?」
謝罪は何となくわかる。エウはとても嫌そうな顔をしているが、それでも何が謝罪なのかは分かる。それを謝罪と言っていいか分からないが。
しかし、お礼とはなんだろう?
「……」
それをエウは言葉ではなく、行動で示した。
華麗にフィンガースナップ。すると、俺のポシェットが光り、そこから金緑の光に包まれた小袋が浮き出てきた。
「……この子たちを見つけてくれたお礼」
そして、小袋から金緑の渦に巻き上げられた種が出てきたのだ。それがエウの掌に軽やかに着陸する。
「……この子たちは自然には亡くなってしまった存在」
エウは優し気に愛し気に種を撫でる。そこには子供を愛する母がいた。
でも……自然には? あれか、種の保存的な感じで幾つかは保管してあるとか?
「でも、エウなら見つけられたでしょ?」
そもそも、エウの力を持ってすればそれくらいは見つけられたはず。
俺の問いにエウは当たり前だと、その神性を宿した無表情で頷く。
「……そう。けれど、この子たちは人間に発見されるべき。私では意味がない」
どういう意味だろう。俺は視線で問いかける。
「……アナタが見つけたことは癪だけど。ラインちゃんが良かった」
が、エウは拗ねた表情で溜息を吐き、答える気はなさそうである。っていうか、そんなに俺が嫌いですかね。
「……魔力を込めた。トリートエウと同じ育て方をすればいい」
それから、もう十分だと言わんばかりに頷いたエウは、種を小袋に入れ、俺に返した。そして金緑の葉の渦で自身を包み、宙に溶けるようにいなくなった。
自然過ぎる。突然すぎる。
「……ぇえ」
俺はエウが消えた空中を見ながら、呆然と立っていた。ロン爺はそれを見ながら座った。
それを見て自分を取り戻し、俺も座った。
はぁ、流石は神と名がつく存在である。こちらの都合などお構いなしだ。
でも、種については分かったな。枝については話しすらできなかったが。
と、思った瞬間。
ドサッ。
樹の机の上に俺の腕の太さほどある丸太が数本置かれていた。
「……どういう事?」
あまりの出来事にわけが分からない。
「セオ坊の事を嫌ってないってことだろな」
エウが出したのは分かる。そもそも、ロン爺が言った通りトリートエウの枝を自由に扱えるのはエウだけなのだ。
「はぁ?」
が、それ以外は全く分からない。エウの目尻や眉、それらを含めた表情の動きからでは嫌悪感しか感じないんだが。
「〝神樹の祝福〟もあげたんだ。セオ坊自身のことは嫌いではないんだ。セオ坊の魔力が嫌いなんだ」
「どういうこと?」
昼過ぎにも聞いたことだが、やはり気になってしまう。
「昼にも言ったが、それは私の口からは言えん。いずれエウから聞け」
「はぁ……」
本当にわけが分からない。魔力に好き嫌いがあるのか? いや、魔力にとても敏感になると好き嫌いもでるのか。アテナ母さんとかに聞いてみるか?
「っていうか、祝福って何?」
エウのペースに乗せられ忘れていたが、お礼として何か貰ったんだよな。
「〝神樹の祝福〟だ。神樹だけが授ける事が出来る称号だな。エドガー坊やユリシア嬢、お前さんの両親も授かっている」
あれか、守り神の力を譲り受ける一族みたいなものか? 巫一族的な? そんな設定的な感じか? あ、でもライン兄さんがいない。
「ライン兄さんは?」
「ライン坊はそれより上位の〝神樹の加護〟を授かっている」
それを聞いて納得がいく。あの植物オタクというか何というか、あれだけ植物を愛しているしな。
ん? でも、〝神樹の祝福〟って称号なんだよな。天の
まぁ、いいや。
「それがあると何なの?」
「祝福は、神樹が見守ってくれるのと、植物との親和性が高くなり、それに準じた
めっちゃ破格なんだが。植物との親和性が高いってとても有用な能力じゃん。前世でも植物が世界を握っていると言っても過言ではなかったし。
でも、最後がわけが分からない。
「愛される?」
「まぁ、植物に助けられる?」
ロン爺は困り果てた顔をしながら答えた。厳格な顔がここまで歪むのは珍しい。
「何で疑問形?」
「言葉にするのがとても難しいんだ」
「そう」
確かにそういうのはあるよな。この世界に来てから特にそんなのが増えた。
「まぁ、〝神樹の祝福〟を授けられたならそれは神樹に愛されている証拠だ」
「は、はぁ」
そういう事らしい。ロン爺が言うなら確かなのだろう。まったくもって実感はないがそういう事らしい。
「枝まで分けて貰ったんだ。今度会ったらお礼を言っときな」
「うん。もちろんだよ」
ホント。枝の事なんて一言も言ってないのに分けて貰ったんだ。神樹の枝なんて価値が付かないほどに貴重なのだが、それを気前よく分けて貰った。
感謝して当然である。
でも、どうやって知ったんだろう?
「エウはどこにいようとも、この神樹で起こったことを把握している。大方、盗み聞いていたんだろう」
思考を読まれたがもう慣れた。いつもの事である。
「そうなんだ」
プライバシーが完全にゼロである。まぁ、神と名がつく存在だ。そう言うのは気にしない方が良いだろう。
にしても……
「すごいな」
流石、神樹の枝である。
目の前にある枝は濃密で神聖な魔力を多分に含まれている。それだけあれば一財産が築けるぐらいである。それが数本。
これがあれば、魔道具作りがとても捗る。捗るどころでない。二段階以上の次元を超えられる。今まで詰まってたところも乗り越えられる。めっちゃ感謝である。
「ところで、セオ坊。枝は何に使うんだ?」
腕を組みながら、ロン爺が訊ねてくる。
「あれ、言ってなかったっけ。えっと、書類整理を補助する魔道具の部品に使う。あと、あれだ。……いや、ごめん。言えない」
列車については発想自体に色々と問題がありそうだからな。富やら何やらと色々と絡んでくるし。魔術の件で俺は学んだのだ。たぶん。
「言えない?」
ロン爺は俺の答えに怪訝そうな表情を浮かべる。厳つい顔がさらに鋭くなり、とても怖い。
「色々と面倒になりそうだから、今は言えない」
「そうか」
ただ、ふわっとした答えでロン爺は納得がいったらしく、そこで話を切った。
「あ、そう言えば、トリートエウの育て方ってどうすればいいの?」
トリートエウってそもそもの現存している本数が少ない。、それに現在、発見されているトリートエウは最低でも千年前から存在しているので、育て方の文献とかが無いのだ。種も作らないし。
「ああ、そう言えば文献は残っていなかったな。じゃあ、今から言うからメモの準備を……ああ、セオ坊は
そういって勝手に納得いったロン爺は、それからトリートエウの育て方について懇切丁寧に教えてくれた。
そのなかで知らなかったことが多く知れてよい経験になった。
そうこうしていたら、夜の帳が完全に降りて、トリートエウの天空庭園は暗闇に包まれた。
「もう、帰る時間だな。セオ坊、もう用はないか?」
「……うん。今のところないよ。また、何かあったら来るよ。まぁ、浮遊魔術とか使えるようになってからだと思うけど。来るのが大変なんだよね」
「それなら問題ないぞ。〝神樹の祝福〟の効果で神樹の枝葉が届くところなら自由に転移ができる」
「え、マジ? ……もしかして魔力も消費しない感じ?」
「ああ」
マジか……破格ってレベルじゃないぞ。やばい。お伽噺に出てくるレベルだ。
「ん? じゃあ、簡単にここにこれるじゃん」
うん。ロン爺と話せる時間が増えた。めっちゃ嬉しい。
「そうだな。……それで、セオ坊。家まで送るから手に掴まってくれ」
「うん? ……わかった」
普通に〝神樹の祝福〟で帰ればいいと思うんだが。だけど、そう言うには理由があるんだろう。
なので、皺が深く刻まれたロン爺の手を掴む。
「行くぞ」
ロン爺はそれを確認して、スッと目を閉じた。
刹那。
「ぇえ……」
今日何回目の驚愕か。俺の目の前に広がっていたのは屋敷の玄関であった。
「では、また」
余りの出来事に呆然としていた俺を気にすることなく、ロン爺は手を振る。帰るらしい。
なので、長年にわたって築かれた癖で無意識に俺も手を振り返す。
それを見て頷いたロン爺は、そして次の瞬間、消えた。
転移したらしい。