「で、結局何用なんだ」
その厳つい見た目のロン爺が作った美味しい昼餉を完食した後。トリートエウの霊託樹木操作で食器を片づけ終わった後。
ロン爺が訊ねてきた。
「ああ、そうだった。ええと」
俺は腰に着けていたポシェットから小袋を取り出し、樹の机上に置いた。
「これ、何の種かわかる」
机に置かれた袋が横に倒れ、口から黒の筋が入った白色の種がバラバラと出た。
「ふむ。ちょっと待ってな」
ロン爺はそれらの内の一つを優しい手つきで摘み上げ、目を凝らして覗き込む。
だが老眼か、一旦、摘み上げた種を机に置き、懐から片眼鏡を取り出して左目にかけた。それから、もう一度、種を摘み上げる。
「あー、んー」
「どう、わかりそう?」
難しく唸っているロン爺。それもそうだ、何しろ、俺の“解析者”や白尋の目を使ってもその正体が分からなかったのだ。
だから、庭師というか植物をいじるのが好きなアランに聞いたのだが、アランもお手上げらしく、ならば天職に豊穣師をもつ植物の専門家のロン爺に見てもらう事にしたのだ。
「セオ坊。どこでこれを」
「アダド森林の中層。昨日、分身体に鉱物の採取を頼んだんだけど、その中の一つの宝石の中にこれが埋まってて。しかも、化石とかそういうわけでなく」
「うむ……」
それを聞いたロン爺は種を机に置き、片眼鏡も机に置いた。それから、その鋭い目を更に鋭くして俺の方を見た。
「たぶんだが、これは絶滅種だな」
「絶滅種?」
「ああ、今は存在しない、もしくは子孫はいるかもしれない。しかも、高位の魔法植物だ。今は、自己防衛体制になってるから分かり辛いが、とても高濃度の魔力が視える。ついでに、高い生命力もだ」
「……そう。じゃあ、育て方とか検討つく?」
「そうだな。こういうのは自分で探し求めるのが楽しいんだが、これは貴重だしな。エウに聞けばわかるだろう。あと、二、三時間もすれば帰ってくる。帰りは私が送る」
「……じゃあ、待ってようかな」
ロン爺は普段ラート町を行き来しているので、短時間で移動する術を持っているんだろう。だから、帰り時間が少なくと済みそうだから、ロン爺の言葉に甘えようかな。
「あ、そうだ。もう一つ用事があったんだ」
帰りについてある程度、目途が立ち一安心したら、もう一つの用件を思い出した。大抵、忘れていたことはリラックスしたときに思い出すんだよな。
「なんだ」
「トリートエウの枝を少し分けて貰えないかな」
「……」
「……駄目?」
ロン爺は目を瞑って黙っている。それから、絞り出すように。
「私の一存では決められん。トリートエウは私のもではない。エウの一部だから、それは自分でエウに交渉するんだな」
「やっぱりそうだよね」
ちょっとした援護が欲しかっただけだら、まぁ、駄目もとで頼んでみた。
種の件と一緒にエウに頼んでみるか。けど、俺はエウに嫌われているからな。何でも、魔力がムカつくとかそんな理不尽な感じで。
「ああ、執り成しぐらいはしてやろう」
ロン爺もそれに思い当たったらしい。
「それは助かるよ、ありがとう」
「まぁ、エウもセオ坊の事を嫌ってるわけではない。昔、色々とあったんだよ」
「ふーん」
謎のフォローが入ったがまぁ、いい。けど気になるからソフィアに聞いてみよ。
「……暇だね」
「そうだな」
結局、エウ待ちという事になり、手持無沙汰になる。俺とロン爺はボー、としてしまう。
「チェスでもやる?」
「ふむ。いや、いい。それより、セオ坊がついこないだ持ってきた“しょーぎ”をやりたい」
「……ああ、将棋ね、将棋。わかった、いいよ」
若干、発音が違くて手間取ったが、すぐに分かった。なので、俺は“宝物袋”から俺製の将棋盤と駒を取り出して、机に置く。
それから俺らは言葉を交わさず、駒を並べていき、俺が自陣から金を一つ取り出し、それをロン爺に見せる。
「俺が表」
ロン爺が頷いたのを見て、俺は手に持っていた金を上に投げ出し盤上に落とす。
盤上に落ちた金は二回跳ね、そして裏が出た。それからロン爺がそれを確認したのを見て、俺は金を自陣に戻す。
そしてロン爺が歩を動かした。
Φ
それから、数時間後。
「遅いね」
「確かに」
数試合の将棋を終え、それでもエウが帰ってこない。
トリートエウの天空庭園から見える太陽は穀物地帯の向こうにあり、あと数十分で日暮れになりそうだった。
「アダド森林の方まで行ってるかもしれん」
「何しに?」
「古株とお茶会でもしているかもしれない」
難しく顔を顰め、腕を組みながらロン爺はおかしなことを言った。
「……古株って樹?」
何となく、エウの性質を思い浮かべながら、何となく言う。
「ああ、エウは植物、特に樹木とは親和性が高いからな。古い樹木に対しては、大いなる意思と肉体を与えることができるんだ」
つまり、樹木とおしゃべりできる感じかな。
「〝樹霊侵食魔法〟みたいな?」
「その魔法が最終的に行きつくのがそこだな。その魔法には魂魄干渉と植物干渉、有機物生成に精霊干渉などが含まれている。エウは、それを使って魂魄創造に植物肉体創造、精霊創造などをしているんだ」
「……流石神霊だね」
長い時に渡って在り、魔力を多く蓄え、多くの動植物に祈られた存在だけが辿り着ける頂き。
それが神霊。
精霊と妖精は上記の二つが揃っていれば辿り着く存在である。
また、精霊と妖精の違いも細かく在り、その中でも特殊な種を別の分類に分けたりするが、面倒くさいので割愛する。
「だとすると、今日にエウと会うのは無理っぽいかな」
「……会える」
俺がエウと会うのをあきらめた瞬間、鈴が鳴るように清涼でどこまでも自然温かい女性の声が聞こえた。
「……え」
生首が目の前にあった。机から出ていた。
「どわぁっ!」
椅子から転げ落ちる。尻もちをつき、悲鳴をあげる。
「……ダサい」
そして、スーッと湧き出るように机から姿を現す妙齢の女性が俺に侮蔑の目を向けている。
白磁の如き透き通る肌。新緑の長髪を腰まで下げ、まるで生きているが如く
神霊とは称されて当たり前の美貌と神性さ。見るもの全てに畏怖を抱かせるその佇まい。それらが持つ威厳。
エウである。
「……
その美しい緑玉の瞳はジト目で、俺を見下す。
これがデフォルトである。いつも、俺を見下し、毒舌を吐くのだ。
ロン爺やライン兄さんなどに対してはとても聖母の様な微笑みを見せるのに、俺にはツンドラだけ。
デレはない。いつかデレればこれが本当のツンデレ。
「……クズ。修行が足りない」
そして、間髪開けずに罵倒。
理由は分からん。そして俺にそんな趣味はない。
「エウ、少しやめんか」
ロン爺が呆れ顔を浮かべながら立ち、俺に手を差し伸べる。
「ありがとう、ロン爺」
ロン爺にお礼を言って、俺はその手をとって立ち上がる。
「……けど」
エウは少し拗ねた表情をロン爺に向ける。ロン爺はそれを見て、溜息を吐く。
「いつまでもセオ坊にそれをぶつけてもしょうがないだろ」
「……それはわかってる」
「?」
ロン爺が真剣な瞳でエウの顔を覗き込み、エウは俯く。
何を言っているか分からないが、ロン爺が言ってた昔に関係あるんだろう。
そう思っていたら、エウがこっちを見た。
「……手を出して」
「?」
それから、呟くように命令される。
「……出せ」
「分かった」
俺は恐る恐る手を差し出す。ライン兄さんたちに対しての態度を見れば誰かを傷つけるようなことはしないが、それでも少し怖い。失礼だろうか。でも怖い。
その瞬間、エウに手を掴まれた。その手はとても温かく、自然と心が休まる。
「……〝神樹の祝福〟」
俺の体が金色の光に包まれる。足元から金色の植物が生えてきて、俺の体を包む。
「……これはお詫びとお礼」