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第39話:深く深く:this summer

「はい、セオ様。何の御用でしょうか?」

「買い物袋をお願いできる?」

「はい、かしこまりました」


 物腰の柔らかい印象を与える店員は、丁寧なお辞儀をした後、裏に入っていた。


 それから数分後、彼女は出てきた。


「お待たせ致しました。こちらをどうぞ」


 手には一見普通の麻袋と小さな皮手袋を持っていた。


「ありがとう」


 俺はそれらを受け取る。それらは上級錬金術師によって作られたアーティファクトである。


 麻袋には盗難防止と軽量化、容量拡大が、皮手袋には軽量化と破損防止、影響無効が盛り込まれたアーティファクトであり、アカサ・サリアス商会が独占して製造している商品の一つである。


 俺は店員さんにお礼を言って、その場を離れる。それから、呪い系の魔道武具置き場に移動する。


 そして、皮手袋を手にはめて、さっき見繕った剣を麻袋に入れる。皮手袋の効果によって今回は呪いを受けなかった。


 うん。


 一応、今日の目的は達成したかな。俺は満足そうに頷く。丁度、ケーレス爺さんの所にいった分身体からも、製造契約を結んだと連絡が来たので、明後日までやることがない。


 なので、隣の面白可笑しな魔道具置き場と行ったり来たりしながら、その期間の研究用の魔道具を見繕う。


 特に呪い系は理論が分かっていないまま使っている技術が多いので、研究のやりがいがある。なので、呪い系を中心に面白可笑しな効果を持つ魔道具を選ぶ。


 なので、肌荒れを促進する眼鏡型の魔道具や常に眠気が襲ってくる枕の魔道具、着るとそれ以外に着ている服が透ける服の魔道具。その他諸々、とても面白い呪い系魔道具がいっぱい置いてある。


 俺は財布と相談にしながら、面白そうな魔道具を選んでいく。俺の部屋を掃除にしているレモンやユナにはとても嫌がられているが、気にしない。


 ここで断っておくが、部屋の掃除は自分でもしている。しかし、仕事として彼女たちが勝手に入ってくるのだ。最初は断っていたのだが、どんなに言っても掃除をしてくるので今は諦めている。


 見られたくない物がたくさんあるのだが……。うん、早くアテナ母さんに地下室を作ってもらわなければならないな。


 今のプライバシーのなさを改めて認識し、俺は地下室建造計画の予定を早める決意をした。


 それはそうとして、近くにいた冒険者たちが真っ青になるほどに呪い系魔道具を麻袋に次々と入れていく。


 そして、慣れていたはずの店員さんが慌てた様子でこっちに向かって来る頃に、ようやく研究用の魔道具を麻袋に入れ終わった。


 俺はそれに満足して、こっちに来る店員さんに麻袋を渡した。


「あ、あの、セオ様。こんなにも買って大丈夫なのですか? 先月みたいな事にはならないよう、アテナ様に厳命されているのですが……」

「……大丈夫だよ」

「何故、間が……」

「いや、計算してただけだって。本当に問題ないよ。先月みたいにお金が足りなくなることはないからさ」


 先月は俺の琴線に触れた魔道具が多すぎて、俺の使える限度額をはるかに超える額の魔道具を買ってしまった。その時、アカサが立て替えてたらしくて俺は気が付かず、結局、それが発覚してアテナ母さんとロイス父さんにめっちゃ怒られた。


 罰として地下工房を作る予定を一ヶ月延長されてしまった。流石に、あの時のロイス父さんとアテナ母さんはとても怖かったので、そんなミスはしない。


「さっき、アカサに俺の貯金額を見せて貰ったから大丈夫だって」

「なら、よろしいのですが……。こほん、では、会計でよろしいでしょうか」

「うん。よろしくね」

「かしこまりました」


 そう言って店員さんは時間を指定して店の裏へと入っていった。普通の品物ならレジみたいな所で会計をするのだが、武具や魔道具の場合、詐欺やら何やらの対策として、店の奥にいる鑑定士が一つ一つの品物をチェックして、会計するのだ。


 なので、多少なりとも暇な時間ができるので、俺は雑貨売り場をぶらぶらと見て回る。雑貨でありながら、とてもユニークな品物がたまに並んでいるので、週一で雑貨売り場を散歩したりしている。


 そうこうしていると、指定された時間になったので、俺は魔道具売り場の方へ戻る。


「あ、セオ様。丁度、鑑定と精算が完了しました。受け渡しはいつも通り、そのままでいいでしょうか」

「うん」


 俺は店員さんが押していたワゴンの上にある数々の魔道具を“宝物袋”に仕舞っていく。店員さんはいつも見ている筈なのに、毎回驚いた様子で見ている。


「あ、いえ。何度見ても、便利な能力スキルだな、と」


 俺の視線に気が付いたのか、店員さんが慌てた様子で口を動かす。


「いや、そんなに慌てなくてもいいよ。ただ、やっぱり便利?」

「え、ええ。魔物の影響で大規模の輸送ルートは構築できませんですし、馬車では運べる量も限りがあります。セオ様の能力スキルに似たアーティファクト、魔法袋はありますが製造できる方がとても限られています。それに、何より高価ですから」

「……そんなもんだよね」


 俺はそれを聞きながら、ある事を思い出した。


 大規模輸送を可能とする。悪路などに関係せず、正確に正確に……


 列車、電車。


 魔力で動く列車、魔車? 魔道列車……魔霊列車……精霊を活用する……いや……なら、魔道具で……


 俺にはアーティファクトは創れないが、魔道具なら創れる。それを思いついた。


「あの、セオ様、セオ様」


 店員さんが慌てた様子で俺の肩を揺さぶる。


「……ん、なに」


 それによって俺の思考は海深くから浮上する。 


「いえ、目の光がどんどんと失われていってたので、心配になり」


 考え事に没頭し過ぎると、俺の目は生気を失うらしい。アテナ母さんたちにもよく言われる。


「ああ、ごめん。ありがとう。考え事してただけだから」

「なら、よろしいのですが……」


 なおまだ、心配そうに首を傾げている店員さん。俺が呪い系の魔道具を多く買っていたから、それを心配しているのだろう。


「大丈夫だよ。それじゃあ、俺は帰るから、アカサによろしく伝えといてね」

「かしこまりました」


 俺は店員さんに別れを告げて、店の裏口に回る。そこから、裏道に出て、帰路に着いた。ついでに、ケーレス爺さんの所にいた分身体を消しておく。


 そして俺の体は勝手に屋敷へと向かっていく。口も勝手に動いて挨拶やらをする。必要最低限は機械的にこなしていく。


 けれど、頭の中では思考の海が時化となり、嵐を巻き起こす。


 議題は先ほどの列車だ。


 先ず、概論を組み立てる。構想を作り出す。


 次に、地球の列車の構造を呼び起こす。こっちの論理と技術を照らし合わせる。


 更に、動力を考える。蒸気、電気、魔力。


 …………………………


 …………………………


 ここ数ヶ月で必死に学んだ世界地図を頭に思い浮かべる。社会情勢を地図に当てはめる。魔物分布を当てはめる。


 自由ギルド。エレガント王国、エア大陸……ガルラシア王国、グラフト王国……


 …………………………


 自由ギルドが敷いた自由公共行路を思い浮かべる。エア大陸中の行路を洗い出していく。“解析者”の保有能力スキル、“記録庫”の本棚から本を取り出していく。


 “記録庫”は脳内に書庫を持つことができ、脳内で書いた本を保存しておくことができる。


 大陸への国力影響を予測演算する。地形と道と現国力と位置と、あらゆる情報を精査して取り込んでいく。


 …………………………


 …………………………


 ……面倒くさい。それは俺ではなく餅屋ではないか。


 ……よし、今はいいや。先ずは技術。技術。構想。


 …………………………


 魔法の研究で忙しい“研究室ラボ君”すら引っ張り出し、設計図を頭の中で組み立てていく。“記録庫”に保存していく。


 美しくしたい。機能美、芸術美。芸術美は俺にはセンスの欠片もないので、“芸術家”という天職を持つライン兄さんに丸投げする。


 …………………………


 機能美、列車のフォルム。形状。レール自体に仕込みを。電車みたいに上にあるのは邪魔だ。魔物に影響がでる。できるだけ壊れにくい。即修理、バックアップ。


 魔物の対策はどうするか。やはり、レールに結界を仕込むか。常時結界では、魔力消費がデカすぎる。随時か。


 そもそも列車自体を何で構成するか。能力石か、霊石か、鉱石か、魔石か、それとも特性をもった木材や魔物の素材でもいい。


 それにエネルギーだって魔力をそのまま流用するのか、一旦、蒸気や電気にエネルギー変換するべきか。


 どうすべきか。


 …………………………


 基本的な構想は出来上がった。たぶん、出来上がった。


 しかし、それはどうしようもなく、心許ない気がする。


「――セ――ま!」


 どうすべきか。


 よし。模型を作るか。模型だよな。模型……


 エア大陸の模型を作って、その上を走らせる。アテナ母さんに特別に作ってもらう地下室の一室はそれで埋め尽くそう。そうしよう。


 それなら、色々と確かめられる。実物があった方がやりやすい。帰って来たらライン兄さんはずっと俺に貸し出しだ。


「セオ―――! セ――――様!」


 ああ、もどかしい。アテナ母さんがいたらすぐに、議論が出来たのに。アーティファクトの組み込みも今すぐに視野に入れたのに。


「セオ様! セオ!」


 そこに一つの音が入り込む。静寂を打ち破るような音が響き渡る。


 その瞬間、海は凪いだ。


「セオ様。お考え中、すみません。しかし、もう夜中です。何時までもソファーに居座っていないで、自室にお戻りください」


 目の前には申し訳なさそうに顔を歪ませるレモンがいて、窓を見ると、白い上弦月と赤い満月が天高く昇っていた。

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