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第36話:魔道具:this summer

 しかし、どうしようか。


 俺は紅茶を飲みながら、目の前にある作りかけの魔道具を眺める。その見た目や構造を作り替えるイメージを頭の中で巡らせるがいい案は出ない。


 魔法発動を補助する従属魔道具なら、昨夜創ったやつをそのまま改良すればいいが、それだとあまり機能的に美しくない。


 バトラ爺の負担を減らすためにもそれ単体で魔法を発動できる独立魔道具を作りたいんだが……


 如何せん構造上の問題で大きくなりすぎる。独立魔道具の場合、下級以上の魔法だと少なくとも半径二メートルは使ってしまう。利便性が高くない。


「だとしたら、やっぱり、魔道言語自体を変える必要があるのか」


 けどな。


 現代魔道言語ならともかく、魔道具の基礎を成す古代魔道言語は全くもって手が出せないんだよな。


 そもそも、魔力の属性変換を成しているのは古代魔法言語だしな。指向や圧縮、変形に展開といったものは現代魔道言語で対応できるし、そっちは理屈が分かってるから、改良の余地があるのだが……


 古代魔道言語はアテナ母さんですら解明できていない代物なのだ。クロノス爺に聞けばもしかしたら分かるかもしれないが、それは面白くない。


 そもそも、古代魔道言語は世界中で魔術が使われていたであろう、はるか遠い時代の魔道言語である。そして、それ故に詳しい文献などが一切残っておらず、一部を除いて、基本的な原理すら分かっていない。


 現代魔道言語は四百年前に勇者パーティーの一人であったルール・エドガリスがその古代魔道言語の一部の原理を解明して、改良したものだ。


 そう、先日、俺が読んでいた本の著者である。この人は歴史的に大きな影響を与えた書物を多岐にわたって残しており、また、魔道具の歴史にも大いに貢献した人である。錬金術師としてとても名高く、どの教科書にもその名が載っているほどである。


 あと、とても子供好きで、子供に対する奴隷制度の完全撤廃や、孤児院の強固な支援ネットワークの仕組み作りなどを行った事でも有名である。


 そして、俺は、その女性が書いた古代魔道言語に対する推測と現代魔道言語の基本原理の本を読んで、魔術を発見したのだ。


 その本に載っていた内容を地球の数学やプログラム知識、そしてオタクとしての厨二知識などで補完したら、魔術という魔法適性がないものでも魔道具などといった媒体なしに魔法を使う技術が見えたのだ。


 それと、クロノス爺から魔術の存在を名前だけだが教えてもらったのも大きい。


 まぁ、それはそうとして。


「はぁ、これが魔術なら縮小化も簡略化もしなくていいんだが、魔道言語を描くスペースが限られている魔道具だからな」


 そう、そして何より今悩んでいるのは、古代魔道言語の中でも属性変換を目的とした属性言語の大きさである。


 古代魔道言語は主に二つある。


 一つは漢字の様にその字自体に意が込められている言語。これは概念魔道言語と呼ばれている。


 もう一つは概念魔道言語を繋ぎ、また、演算や指向、展開などを補助する言語。これは補助魔道言語と呼ばれている。魔道具を作るのに必要な魔法陣の大まかを形成する言語である。厳密ではないが、電気回路を想像すれば理解はしやすい。


 現代魔道言語は補助魔道言語をさらに効率的に、そして小さく改良したものである。つまり、補助魔道言語についてはある程度、原理は解明できているのである。


 問題は概念魔道言語だ。原理が解明できていないから改良すらできていない。故に、今伝わっている言語を使うしかないのだ。


 そして、概念魔道言語は物理的に大きい。幅をとるのだ。


 一つの魔道具を作るのに最低でも三つの概念魔道言語が必要である。魔力の属性変換に指向固定、展開固定である。まず、これがないと魔法として成り立たない。例外として属性変換をしなくていい無魔法があるが、置いておく。


 なので、魔道具を作る場合、最低でもその三つの概念魔道言語を刻むスペースを確保する必要があるのだ。


 しかも、俺が作ろうとしている魔道具は属性が四つ含まれているのだ。また、自動化などといった機能を付け加えなければ独立魔道具として意味をなさないので、それらを加えるスペースが必要なのだ。


 つまり、魔道具がとても大きくなってしまう。


 しかし、それは俺の本意でないない。大きくなってしまえば、バトラ爺が使いづらいし、なにより合理的でない。機能美がない。


「魔道言語の変更は無理。だとすれば、他の手段を使って縮小化と合理化を目指す必要があるよな。……やっぱり、連結方式を確立するか」


 連結方式。


 簡単に言えば幾つかの魔道具を連動させることによって目的の効果を得る方式。意外にもこの方式は誰も確立しておらず、故に自分で作り出すしかない方式。


 構想自体は二つ出来上がっている。


 一つは部品一つ一つに魔道言語を刻み、それらを組み合わせることで一つの魔法陣となり、魔道具として完成する構想。しかも、こっちは立体方式という立体構造式の魔法陣を存分に使えるのが利点である。


 もう一つは幾つかの魔道具を魔力的に繋ぐことによって一つの魔法陣を作り、魔道具として完成する構想。厳密には違うが、ネット回線などを使ってコンピュータを繋ぎ、大きな演算処理などをする手法が一番イメージしやすいだろう。


 そのうち、現時点で実現可能なのは前者の方である。後者は魔道具を魔力的に繋ぐ、つまり魔道具自体の情報のやり取りをする方法がまだ思いついていないのだ。


 その点、前者の立体構造式は、一か月前にアテナ母さんと俺によって確立したので、現時点で実現可能だ。


 また、確立したとはいえ、基礎ができただけで応用や融合性に関するデータが少ないので、丁度いい機会である。


「とすると、細かい部品は発注になるか」


 まだ、俺は鉱物などを自由に加工する能力スキルを持っていない。“細工術”も修練して、幾つかの技能アーツを派生させたが、それでも思い通りに、そして早く加工することができない。


 一応、派生した技能アーツのお陰で、ある程度の加工は自由にできるようになった。魔力を込め、大雑把に容を変形する技能アーツをつい最近に習得したのだ。ただ、圧縮や分離などといった事や緻密な加工ができない。


 なので、小さな部品は外部発注になる。そして、その際組み合わせた時に魔道具となるように魔道言語を刻んでもらわなくてはならない。


「じゃあ、明日、ケーレス爺さんの所に行くか」


 ケーレス爺さんはいわゆる鍛冶職人である。武器や防具だけでなく、家具などといった日用用品から魔道具の部品などを製作することも可能で、その技術はとても高い。また、材料を持ち込みにすれば、安く仕事を引き受けてくれる。


「ということは、午後にはアカサの所に行く必要があるな」


 つまり、必要な材料は午前中に割り出さなくはいけない。また、部品自体の構造の情報も必要。なので、設計図を描き上げる必要があるのだが……


「“研究室ラボ君”は別の用件にかかりっきりだしな。俺がやるしかないのか。はぁ」


 設計図を描き上げるのが面倒くさいのだ。前世の様にコンピュータで手直しが簡単にきくようなソフトはないし、それができる能力スキルはあるが、持っていない。


「あ、でも、あの魔法なら試す価値はあるかな……、いや、どっちにしろ“研究室ラボ君”の演算処理能力がないと、今の俺では無理だしな」


 “解析者”による演算能力や思考速度の補助があろうと、まだ、俺は魔法というものに慣れていない。まぁ、そもそも無魔法しか使えない俺に魔法的演算処理が得意かと言われるとあれなのだ。“研究室ラボ君”がいれば別ではあるが。


「はぁ、諦めて、地道に描き上げるしかないか。まぁ、“分身”を稼働すれば、昼食までには終わるだろう」


 俺は若干の溜息を吐きながら、それでも物作りは趣味の一環なので向かい合う。趣味というのは大抵こういうものである。


 ポフンと間抜けな音と共に分身を三体召喚し、“宝物袋”に紅茶やお菓子のお皿などを仕舞い、また、中から幾つかの紙と設計用の道具、そして羽ペンを取り出す。


「じゃあ、俺たち、始めよう」

「「「おお!」」」


 俺の掛け声に分身達がノリよく合わせた。そして情報を共有しながら設計図を描き進めていった。

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