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第34話:“先直感”:this summer

「あー! また負けた!」


 俺にチェックメイトをかけられ、ユリシア姉さんはドサリ、と音を立ててソファーに倒れこむ。


「もうー! 何で勝てないのよ! “先直感”だって使ってるのに!」

「……」


 だから、負けたんだが。


 っていうか、やっぱり使っていたか。いや、別に能力スキルを使ってはいけないというルールはないのだがさ。


「だから負けたんだと思いますよ」


 ソファーのすぐそばにあるアンティークの椅子に座っているレモンが、ユリシア姉さんに諭す様に言う。手には紅茶を片手に持っている姿は、メイド服なのにいいとこのご令嬢かと思ってしまう。


「……どういう事よ」

「“先直感”は直感系の能力スキルの中でも未来視に特化した能力スキルです。そして、それは未来を実際に見るわけではなく、いわゆる先読み、現時点において最も最適な未来のを感覚的演算で割り出して感じる取る能力スキルです」

「どういう事よ?」


 レモンが説明を始めた事により、ユリシア姉さんはソファーの上で姿勢を正して聞いている。


 ……俺が口を出さない方が良いかな。


「“先直感”は予知ではなく、あくまで予測なんですよ」

「だから、どういう事よ!」


 まぁ、能力スキルを簡単に言葉で理解できたらいいが、そんなに単純なものではない。


 レモンはニコニコと微笑みながら、手に持っていた紅茶を傍にあったローテーブルに置く。それからメイド服に目立たなくつけられているポケットに手を入れた。


「ここに小銅貨がありますよね」


 ユリシア姉さんに取り出した小銅貨を見せる。


「ええ」

「実は、コイントスをした際、表が裏よりも1.5倍も出やすいと言われたらユリシア様はどっちを選びますか?」

「それは当たり前じゃない。表よ」


 ユリシア姉さんは馬鹿にしないでよって感じで頷く。


「何故です?」

「え」

「何故、表を選ぶんですか?」

「……、私を馬鹿にしてるの。そっちの方が確率が高いからよ」


 レモンはその答えが欲しかったらしい。


「それですよ、ユリシア様。“先直感”はその確率が高い・・・・・・・を精度高く感覚的に教えてくれるんですよ」

「そうなの? でも、そんな単純ではないわよ!」

「ええ、コイントスはあくまで例です。実際はもっと複雑な物事において一番起こる確率が高いものを教えてくれるのですよ」


 とても分かりやすい説明である。まぁ、実際はもうちょっと違う感じなのだが、そこはご愛嬌だろう。まぁ、そもそもレモンは厳密な部分まで教えるつもりはなさそうだし。


 たぶん、ユリシア姉さんに能力スキルを深く考えるための身近なきっかけを与えたかったんだろう。


 それにユリシア姉さんの“先直感”は正確には能力スキルではなく、ユリシア姉さんの固有能力ギフトスキルの一つ、“勇者の卵”から派生した能力スキル技能アーツである。なので、一般的な効果とは若干違う。技能アーツは必ず、派生元の能力スキルの影響を受けるからな。


「それは分かったわ。じゃあ、何でそれが原因で負けるのよ。最善手を打ち続ければ勝てるってラインが教えてくれたのよ。普通なら勝てるでしょ」

「……ユリシア様、ライン様に騙されてますよ」


 レモンがそう言った瞬間、ユリシア姉さんが般若の様な怖い顔になった。


「帰ってきたら殴りましょう!!」

「……すみません、ユリシア様。騙されたとは流石に言い過ぎました。その言葉自体は正しいんです」

「じゃあ、ラインは私を騙してないの?」

「ええ、たぶん」


 たぶん、騙したんだと思うんだが。分かっていてその言葉をユリシア姉さんに教えたんだと思うんだが。ライン兄さんって勝負事が絡むと途端に汚くなるし。


 レモンもその事が頭の片隅にあるのか少し誤魔化したように頷く。


 が、ユリシア姉さんはそんなことは気にしない。


「じゃあ、その言葉が正しいなら何で負けたのよ」

「その言葉の前には注釈がつくんですよ。同じレベルの者同士なら、と」

「……つまり私はセオよりもレベルが低いと」

「……ええ、そうなります」


 ギンッ!


 ユリシア姉さんがとても鋭い目つきで俺を睨む。


「……でもわかんないわ。何でレベルが違うと最善手を打っても意味がないのよ」


 それから直ぐに俺から目を外し、ユリシア姉さんはレモンを見る。


「そうですね……、そうだ、ユリシア様、少し立ってください」

「ん? わかったわ」


 瞬間。


「シッ!」

「ッッツ!」


 レモンがユリシア姉さん向かって殴りかかったのだ。


 しかし、ユリシア姉さんは動揺を一瞬に、すぐさまレモンの右手の拳を手のひらで受けた。


 だが、レモンはそれを上回るように、右手の拳が受け止められた瞬間には左手の拳をユリシア姉さんの腹に繰り出す。しかもご丁寧に、受け止められた右の拳がいつの間にか、ユリシア姉さんの左手首を掴んでいた。


 そのまま、レモンはユリシア姉さんの左手首を自分の方へと引っ張る。


 あわやレモンの左の拳がユリシア姉さんの腹に入ろうかと思われたが、流石はユリシア姉さん。


 それを読んでいたようで、掴まれた左手首を自身の体も巻き込んで外側に思いっきり捻った。レモンはそれによって態勢を崩され、拳は掠る。


 すかさず、ユリシア姉さんは空を切った拳を右手でつかみ、背負い投げの要領でレモンを空中で飛ばす。凄い事に、身長差がかなりありながら、レモンより小柄なユリシア姉さんはレモンを投げ飛ばすことができていたのだ。


 たぶん、身体強化の魔法を使っているんだと思う。


 だが、空を舞ったレモンも負けていない。空中で回りながら態勢を整え、その勢いのまま、ユリシア姉さんに回し蹴りをお見舞いする。


 ユリシア姉さんはその回し蹴りを避けることなく、右手で受け止める。しかし、受け止められたレモンは死に体をさらしているのにも関わらず、ユリシア姉さんはバックステップで距離をとり、構えをとった。


 その間にレモンは音も出さず、狐だが猫の様にしなやかに着地する。


 僅か五秒間の出来事である。“思考演算”で思考を加速してどうにか追いついたが、凄まじい速度である。


 そのまま、二人は睨み合っていたが、直ぐに二人とも構えを解いた。


「わかりましたね」

「ええ、わかったわ!」


 んーー? ホワイ?


「……えっ? 何が分かったの!? つうか急に殴り合いなんて始めないでよ!」


 俺は一瞬遅れて今までの疑問が噴き出す。


「何なのレモン! 急にユリシア姉さんに殴りかかって。ここ室内だよ。室内。紅茶だってあるし、そんなに暴れたら部屋が散乱するじゃん……?」


 あれ? 部屋が綺麗だ。


 あれだけの事があったにも拘わらず、部屋は殴り合いを始める前と同じ綺麗な状態である。


「あれぐらいの事で騒がないでよ。それに優しくしたから部屋が散乱しないのは当たり前だわ!」

「セオ様は心配性ですね」


 アンタらがおかしいんだよ! 殺意の嵐並みの戦闘だったのに。俺、レモンの拳が振るわれた瞬間に暴風を感じたのに。


 何で!?


 と思ったが、よくよく見てみると魔力の残滓が円を描くように漂っている。


 ああ、結界魔法か。たぶんレモンが張ったんだな。


 ……うん。なら、問題ないな。ない。


「……ふぅ。それはまぁいいや。で、ユリシア姉さん。さっきの殴り合いで何が分かったのさ」


 無理やり飲み込んだ俺がそう問うと、ユリシア姉さんはキョトンとした顔をして答えた。


「何って、“先直感”が同レベル以外では通用しないって話よ」

「……なんであの殴り合いで分かったのさ」


 訳が分からない。


「駆け引きですよ、セオ様」

「え?」

「セオ様には分かり辛かったかもしれませんが、さっきのじゃれ合いには多くの駆け引きが入っていたんです」

「……なるほどね。ユリシア姉さんには、言葉より実践の方が分かりやすいか」


 さっきの殴り合いをじゃれ合いと言ってるのは気にしない。


 “先直感”は大雑把に言えばその時点において一番起こる確率が高いものを教えてくれる能力スキルだ。だが、その起こりやすい確率が作られていたらどうだろうか。


 もちろんそれは罠である。


 つまり、駆け引きはどれだけ相手を罠に陥れるかだ。


 だから、最善手を打ち続けても負けることだってあるのだ。その最善手が作られたものであるからだ。本当に単純なもの以外は、人が絡むなら駆け引きがはいる。チェスもそれだ。


 実際、俺はそれが分かっていたからユリシア姉さんを数々の罠にはめたんだが。


 まぁ、けどそれは、ユリシア姉さんの“先直感”がまだ弱いからできた事でもある。地球のコンピューター様のようにもの凄い遠くまで予測できるなら話は別なのだ。


 にしても、こんな説明を殴り合いで理解するユリシア姉さんが、凄いというか何というか。まぁ、どっちにしろレモンは教えるのが上手だな。


 流石、エドガー兄さんとユリシア姉さんの訓練相手をしているだけはある。

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