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第32話:昼下がりの姉弟:this summer

「さて、寝るか」


 ロイス父さん達が乗った馬車が見えなくなってから、俺は欠伸をしながら屋敷に入ろうとした。


「セオ坊ちゃん、それはできないな」

「ぐぇ」


 が、アランに服を掴まれた。


「何するんだよ!」


 それから服をパッと離され、よたつきながらも俺はアランに抗議の声をあげる。


「もう、朝食ができてんだ。お前さんが寝てしまったら冷めるだろう」

「時魔法で時間経過を止めたり、火炎魔法で温めたりできるじゃん!」

「面倒だ。そもそも、今起きてるんだ。今食いな」


 有無を言わさず、アランを凄む。いや、確かに飯を作ってもらった人に対して、後で食いたいからって理由で手間をかけるのは、自分でもどうかとは思うが。


「はぁい」


 だから、これはしょうがない。それに普段、特に仲良くしているアランに迷惑をあんまりかけたくはない。凄くお世話になってるし。


 そんな様子をマリーさんとレモンは微笑ましく見ていて、バトラ爺とユリシア姉さんはさっさと屋敷に入っていた。


 バトラ爺は領主代行の仕事が忙しくて、ユリシア姉さんはいつも通りマイペースなのだ。



 Φ



 昼下がり。


 口うるさいアテナ母さんがいないのでリビングにある高級ソファー――呪われた睡魔のソファー――の上でダラダラとくだける。


 ソファーは昼下がりのお日様が一番あたるような場所に置かれている。そのおかげで初夏の少し強い日差しを心地よく浴びながら、寝ることができる。


 故にお昼寝に最高の場所の一つである。


 そんな安住の天国で食後の昼寝をしている時、やはり邪魔ものが現れる。


「セオ、ちょっとそこをどきなさいよ」


 我が姉、ユリシア姉さんである。


 まぁ、チョー快適な睡眠を貪っている俺にとってソファーから離れる事などありえないのだが。


 だが、そんなことはお構いなし。暴君たるユリシア姉さんは強硬手段に出る。


「だから、どけって言ってんのよ!」

「痛い!」


 ドサリ、と大きな音を立てて俺を落としたのだ。ご丁寧に俺が直ぐにソファーに戻れないように俺の足を軽く踏んでいる。


「ちょっ、何してんのさ! まったく横暴だよ! 横暴! 直ぐに暴力にでてさ、子供相手に恥ずかしくないの!?」

「何言ってるのよ。そんなの関係ないわ。アンタの方が強いじゃない」

「はぁ? だからって寝ている弟を床に投げ出すなんてひどいよ!」

「うるさい。それより、暇だからゲームをやるわよ!」


 そう言って俺を踏んづけたままユリシア姉さんは手に持っていたボードゲームをソファーの上に置いた。


 そして、履いていた家の中で履く用の靴を脱いで、ソファーの上で胡坐をかく。


 はしたない。


「セオ、さっさと座って昨日の続きよ」


 足をどかしたユリシア姉さんは有無を言わせず、俺をソファーに座るように目で指図する。そして、俺はその暴君に逆らわず、粛々とソファーに座る。


 逆らうと面倒くさいのだ。


 なので仕方なく俺はユリシア姉さんに問う。


「はぁ。で、何で急にゲームを?」

「何でって。私が昨日負けたからよ」


 おお。そんな自明の理だ的な感じに胸を張って言わなくても。


「さ、だから勝負よ」


 そう言ってユリシア姉さんは駒を並べ始めた。


 チェスである。


 我が姉、脳筋の癖にチェスにドはまりしたのだ。


 普段は使いもしない頭を存分に働かせオーバーヒートしている姿を見るのが楽しくて、わざと接戦を演じていたのだが、それが仇になってしまった。


 剣の稽古とかと同等の楽しさを見出してしまったのだ。


 なので、最近は家族や使用人たちに暇があれば勝負を挑んでいるのだ。


 まぁ、勝てたためしは全くないが、それでも飽きないらしい。


「はぁ、しょうがない。一戦だけだよ」

「わかったわ!」


 あ、わかってなさそう。たぶん、負けたら何だかんだ言って何回も対戦させられそう。そう言う笑顔で頷いている。


「ねぇ、そんなにチェスが面白い?」


 そもそもユリシア姉さんはワイワイ楽しむゲームは好きだが、頭を使うゲームは基本的に嫌いなのだ。俺がわざと熱中する様な遊び方で相手をしていたとはいえ、不思議に思う。


「ええ、楽しいわ! だってクリークより単純だもの!」


 その満天の笑顔に、ああ、と納得がいく。


 クリーク。


 この異世界に存在するチェスの親戚である。チェスは純地球産で俺がクリークに飽きたので、屋敷のみんなに教えたのだ。


 まぁ、実際クリークは複雑なのだ。というより、面倒といった方がいいだろう。


 チェスと同様に縦横8マスずつに区切られた64マスに6種の役職を与えられた駒が16個。役職によって動ける範囲が決まり、打ち取られた駒は基本的に使う事ができず、キングを打ち取った方が勝ち。


 ここまでは駒の名前と動きが若干違うこと以外はチェスと殆ど同様である。


 しかし、ここからが違う。


 各役職には特殊な能力を持っているのだ。これは異世界ならでは、というか“職業”や“能力スキル”があるせいだろう。


 例えば、魔法使いウィザードは4ターンに一度、駒を動かすことなく特定の範囲内にいる相手の駒を打ち取ることができる。


 例えば、治癒師プリーストは打ち取られた自分の駒を無条件に盤上に置く事ができる。


 例えば、女王クイーンは7ターンに一度、相手の駒を無条件に自陣に加える事ができる。


 他にもいっぱいあるが、一つの役職がそういう能力をいくつも持っているのだ。女王クイーンなんて5つも持っている。


 とても厄介で面倒なのだ。


 しかも、エドガー兄さんやライン兄さん、ユナやマリーさん、それとユリシア姉さんは問題ないのだが、その他の家族と使用人がクリークを遊ぶと、ワンプレイに二、三時間かかるのはざらなのだ。酷いときには一週間くらいかかる。


 複雑すぎて長考時間がとても長いのだ。しかも制限時間は一応あるのだが、一回の長考に2時間、ワンプレイで1週間という欠陥ルールなのだ。


 それ故に、ユリシア姉さんとってはとても退屈で、アテナ母さんたちが好きなクリークが嫌いなのである。一緒に遊ぶことがあまりできないのだ。


 だから、その反動であろう。


 アテナ母さんたちもチェスを気に入っていて、最近はクリークではなく、チェスを遊んでいる。クリークよりよっぽど単純なチェスは、ユリシア姉さんにとって、アテナ母さんたちと楽しく遊ぶことができるのだ。


 まぁ、チェスだってクリークより単純ではあるが、とても奥が深いゲームであることは留意しなければならないのだが。


 何にしても、い我が姉である。


 そんなことをニヤニヤと考えながら、自分の駒を定位置に並べていく。


「何よ」


 ユリシア姉さんが少し睨んでくる。内心が顔に出ていたようだ。


「何でもないよ」


 直ぐに澄まし顔にして、言葉通り何でもないように装う。流石にこう思ってる事を知られたくはない。俺が恥ずかしい。


「そう」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか分からないが、ユリシア姉さんは深く追求することなく頷き、直ぐに盤上を睨み始めた。


 そして俺が駒を並べ終わったのを確認して、小銅貨を一枚、盤上の上に置く。


「セオが表、私が裏よ」


 そう言ってユリシア姉さんは人の顔が掘ってある表を向け、コイントスをする。


 そしてコツンと盤上を一回跳ねて、小銅貨は表を向いた。


「ちぇ。……まぁ、いいわ。セオ、先攻と後攻どっちがいいの?」

「後攻で」

「……いいの?」

「うん」


 問題ない。チェスは確かに先攻が有利ではあるが、流石にユリシア姉さん相手に後攻でも負けることはない。


「ふんっ。そのニヤニヤした余裕顔を絶望で染めてやるわ!」


 俺がユリシア姉さんをなめている事が伝わったのだろう。目端を釣り上げ、気焔を吐く。


 おお。怒っていらっしゃる。まぁ、ゲームは既に始まっている。コイントスの時点から始まっているのだ。だから、ユリシア姉さんは絶対に俺に勝てない。


 勝敗は始める前に決まっている。有名な言葉である。


「じゃあ、ゲームを始めるわよ!」


 ユリシア姉さんのその言葉で、チェスは始まった。

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