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第31話:見送り:this summer

「レモン! ――――」

「はい! わか―――――で――れ―!」


 ん、んん。さわがしい。


「ウ……い。ウルさい」


 廊下が騒がしい。下でドタバタと動く音が響く。部屋には一階から屋根裏部屋までを繋ぐ柱があるせいで、振動が伝わりやすい。


 てか、なんでこんなにさわがしいんだ?


「うう。うぐ」


 ベットの頭上にある丸い天井窓からはまだ、白み始めた空しか見えない。太陽は登ってない。


 ……、いまのきせつからすると5じくらいか?


「すー。うう。すー。ウ……」


 ああ、でも、うるさいのがなれてきた。もう、ねむくなってきた。


 ああ、まぶたがおちる。まどろみのなかへとおちて――


「セオ様! 起きてください! ロイス様たちが出発します!」


 ――いくことはできず、新調した大きな木製の扉の開く音とユナの拡声器の様に響く声に、眠りを破られたのだった。



 Φ



「で、何なの。こんな早朝に」


 怒気が多分に混じった唸り声を安眠を妨害する敵に投げかける。


「あからさまに不機嫌ですね」


 敵は、ユナは目端を下げ、困ったように眉を歪める。


「当たり前だよ。せっかくの朝稽古がない日だよ! ゆっくりと惰眠を貪りたいじゃん! 俺の楽しみだよ!」


 窓から、ようやく登ってきた太陽が白く鮮やかに差し込む光に目を細めながら、隣に歩いているメイド服のユナに言う。


「いえ、だとしても流石に今日は早く起きるべきですよ」

「え、なんで?」

「……はぁ」


 ユナはホント呆れたように溜息を吐いた。片手で頭を押さえていて、心なしかその赤茶色の髪が淀んでいる気がする。


「あのですね。今日は何の日か知ってますか?」


 引き攣った顔で俺に訊ねてくる。


 何当たり前な事を言っているんだろう。


「今日はオークと白キノコのシチューの日でしょ」


 朝食は大抵曜日ごとに決まっている。理由は仕入れがしやすいからだそうだ。


「……」


 だが、俺の答えは正解とに程遠かったらしい。ユナがコイツ本当に馬鹿では?的な目で俺を見ている。その赤錆色の瞳が軽蔑を宿している。


「あ、あれ? 違う? じゃぁ、なんだ? 今日は完全なオフな日だし……」


 必死に頭を回転させるが心当たりはない。


「はぁ。セオドラー様はもう終わってるかもしれませんね」


 そんな俺に諦めがついたらしいユナは、失礼しますと一声かけて、俺を抱きかかえた。そして、屋敷内を大股で走り出した。


「ユナ! そんなことしたら怒られるよ! 何してるの!?」

「大丈夫です。既にアテナ様とロイス様には許可を取っています」


 そう言ってユナは有無を言わさない雰囲気を纏って颯爽と駆ける。一応、俺が住んでいるところはこじんまりしても屋敷なので広い。しかも俺の部屋は屋敷の端にあるので、階段までが長い。


 と、そんな風に思っていたら階段に辿り着いた。


 ユナはその階段をも華麗に駆け降りる。ひらりと舞うメイド服が美しい。


「ユナってそんなに華麗に動けたっけ!?」

「レモンに仕込んでもらったんですよ。おかげで、レモンが本当に護衛の仕事をしている事も知りました!」


 俺に振動すら与えずソフトにしかし素早く降りるユナは、ようやくレモンの言う事を信じたらしい。つい最近まで、めっちゃ疑っていたのに。


 それから玄関についた。ユナは安定した体幹をもって玄関の扉を開けた。


 そして、そこには二つの馬車があった。一つは人が乗るための馬車でもう一つは荷物などをいれる馬車だ。


「やっぱりこうなったか」

「やっぱりね」


 そこにいたロイス父さんとアテナ母さんは頭が痛そうに空を仰いでいた。


 二人の間にいたライン兄さんは苦笑している。というか、エドガー兄さんやユリシア姉さん、あと家の使用人全員がそこに集まっていて、皆苦笑している。


「え? 今日って何かあるの?」


 そんな重要な事なんてあったかな。


 あー、馬車があるしロイス父さんとかが他の貴族領に行く日なのか? でも、何回かそういう日もあったけど、使用人全員が集まることなんてなかったよな。


「ユナ、貴方は準備をしなさい。セオドラー様への説明はこっちでしますから」

「わかりました、マリーさん。セオドラー様、下ろしますよ」

「え、う、うん」


 そう俺が思考に耽っていたら、いつの間にかユナに地面に下ろされ、ユナはドタバタと屋敷内に駆けて行った。


「さて、セオドラー様。もう一度説明しますよ」


 あ、マリーさん。めっちゃ怒ってる。その能面の様な笑顔が何よりの証拠だ。


「今日はラインヴァント様が初めての生誕祭に王都へ行く日です。このようなめでたい、貴族にとって大事な日を忘れているなど。はぁ。もう一度、王国史の勉強をし直しですかね、セオドラー様」


 マリーさんはオーバーリアクションで溜息を吐く。その鋭い目には今度こそスパルタで勉強させてやる、という意思が込められていた。


「いや、忘れていたわけではないんだよ。うん。覚えていたよ。うん。……、だから流石に王国史の勉強をもう一度は、ね。うん。本当に覚えてたんだよ」

「だとしたら、何故、こんなゆっくり起きているのですか」

「うぐっ」


 すっかり忘れていました。貴族の子供にとって5歳になった年の生誕祭は初めての貴族デビューの日といっていい。それはとても重要な日で意義のある日なのだ。


「いや、だとしても、おうこ――」


 直後、玄関の扉が大きく開いた。


「――準備が整いました!」


 だが、俺の言い訳はユナの声によってかき消されてしまった。


 出てきたユナは、大きめの茶色いトランクを持っていた。とても重そうに両手で持っている。


 すかさず、アランがユナの持っていたトランクを受け取った。


「ありがとうございます。アランさん」

「おう、ユナ嬢ちゃん。嬢ちゃんは、今、レモンがやってる馬車の手入れを手伝ってきな」

「はい。わかりました!」


 そうしてユナは乗車用の馬車の中へと入り、アランは荷物用の馬車に向かった。ユナも付いていくのか。


「じゃ、そういう事だから、セオ。僕たちは三週間近くいないからね」


 ロイス父さんは空気の流れを変えるように俺に話しかけた。


「だから、家の事とかはアランやバトラに聞いてね。それとユリシアとも協力してアラン達の手伝いをしなさい」

「ん? エドガー兄さんは?」


 エドガー兄さんがいないみたいじゃない。


「エドガーは僕たちと一緒に王都へ行くんだよ。エドガーは王国中等学園の見学や他の貴族との交流があってね」

「ユリシア姉さんは?」


 エドガー兄さんの隣で退屈そうにいるユリシア姉さんを見ながら、ロイス父さんに聞く。


「ユリシアは領地の経営とかに興味はないらしくてね。王国高等学園には入る予定だから、今は良いんだよ。エドガーは王国高等学園に入らずに、中等時に高等の勉強も修めるつもりらしいんだよね」

「初めて知った……」


 周りを見れば、みんな特に驚いた様子はない。


「……先週に言ったはずなんだけどね。まぁ、いいや。馬車の準備もできたようだし、僕たちはもう行くね」


 丁度、馬車の中からレモンが出てきたのを見たロイス父さんはそう言って馬車に入っていた。レモンは外に出たから、レモンは行かないのか。


 ロイス父さんに続き、アテナ母さん達がロイス父さんの手を借りて馬車へ乗る。


 それから馬車の窓が開き、アテナ母さんとライン兄さん、エドガー兄さんが顔をだした。


「セオ、キチンと三食食べるのよ。それと、研究に没頭して周りに迷惑をかけないように」

「はい。わかったよ」


 アテナ母さんは引っ込んだ。


「セオ、ボクの部屋にいる植物たちの世話をお願いね」

「……、うん。わかった」

「本当にお願いだよ!」


 ライン兄さんも引っ込んだ。


「セオ、あんまし、みんなに迷惑かけんなよ。お前はやればできる子だからな」

「うん。……、いや、それって俺は普段できない子じゃん!」


 俺の抗議も虚しく、エドガー兄さんは引っ込んだ。


「じゃあ、よろしくね」


 最後にロイス父さんが出てきて、一度、俺たちを見てそう言った。


 そして、初夏に相応しい、朝の太陽に向かって馬車を走らせたのだった。

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