彼女は平凡で優しき父と美しく賢い母の間に生まれた五番目の子である。
彼女が生まれた時、それはとても寒い日であった。
その土地にしては珍しく豪雪となり、吹雪が吹き荒れた。都の者は家に閉じこもり、その日だけは全てが止まったかの如く、寒々とした日だった。
そんな日に彼女は生まれた。難産であったが、母子共に大事はなく、無事にこの世に誕生した。
それから、彼女は少し問題がありながらも、健やかに成長していった。
そして、彼女が生まれてから一年と少し。それは起こった。
Φ
「アレー。アレー」
「はいはい。これですね」
寒い風が肌を撫でるその日は、空がとても青く暖かな日差しが土を温め、動植物に目覚ましを鳴らす日々の始まりであった。
陽気な日に彼女たちはいた。
十五歳くらいだろうか。メイド服に身を包まれた少女に彼女は抱かれている。
美しい庭園にいた彼女は花に手を伸ばし、少女は彼女が花を触れられるように移動して屈む。
彼女は何度か手を空振りした後、その花を掴んだ。
「アッキャ、キャッキャ!」
そして彼女は満面の笑みを浮かべる。
それを見ていた少女は微笑みながら、一瞬だけ暗い表情で目を下げた。
得てして赤ん坊はそういうのに敏感で、笑うのをやめて少女を見た。
「ウ? ダイジブ?」
「ッ。……、ええ、大丈夫ですよ」
彼女はその年にしては賢く、言葉と状況を理解するのに長けていて、少女は一瞬驚きはしたものの、誤魔化すように微笑んだ。
「ウ。ヨタッタ」
少女の言葉を聞いて、彼女は天真爛漫に笑い、少女に手を伸ばす。少女は顔を近づけ、それに応じた。
と、そのとき、
「ヴ。ウウッ。ウ、ウ、……、ウワァァァーー! アァァー!」
彼女が急に泣き出したのだ。手をじたばたさせ、力いっぱい藻掻いていた。溺れているように。苦しむように。
少女は慌てる。
「な! 何故、魔力が!?」
彼女が泣き出したことよりも、彼女の身体が急に熱くなった事よりも、もっと切羽詰まった事態に悲鳴にも近い驚きと焦燥の声を上げる。
それは、彼女の体を壊す勢いで彼女の体から魔力が溢れていたから。赤ん坊では普通は耐えられない魔力濃度がそこにあったから。
少女は動揺を一瞬に、直ぐに冷静に頭を回転させる。
「風に言葉を言葉に知らせを――風通話。――緊急です! 直ぐに医者と魔法使いを! 至急です! 大至急です!」
それは風属性の上級魔法。少女の魔力が届く範囲なら風を伝い言葉を届けることができる魔法。
「遍く者に魔の環を、遍く者に魔の施しを――魔の聖典」
それは無属性の回復系統の聖級魔法。自分の魔力を他者に分け与える魔法を応用して、彼女の魔力を自分に受け渡す。つまり、魔力の強奪魔法。
ただ、今、彼女から溢れる魔力はとても膨大で濃密で、魔法の達人でもある少女をして、彼女の魔力に体を侵され、体が痛みで悲鳴をあげる。
「ウグッ!」
体中を駆け巡る痛みに意識を失いそうになりながらも、舌を噛んで何とか意識を繋ぎ止める。
そして、数分が、少女にとっては無限に等しいときが経った後……