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第22話:灰のショー:this spring

 俺が完璧な礼節で挨拶したからか、ルルネネさんが驚いたように目を見張る。


「セオドラー様は立派でございますね」

「ありがとう、ルルネネさん」


 そして純粋に褒められた。マリーやアテナ母さんの厳しい稽古を耐えた甲斐があった。とても嬉しい。


 でもたぶん、ルルネネさんの生温かな、子供を見守る顔を見る限り、礼節で褒められたわけではなさそうだ。


 けれど俺は、嬉しい気持ちが心で踊りながらルルネネさんに訊ねる。


「ねぇ、ルルネネさん」

「さんは不要ですよ、セオドラー様」


 さん付け良い癖なので直すつもりはない。


「いや、さんはつけるよ。……、でルルネネさん。灰霊族ってどんな種族なの?」

「ですから――」


 ルルネネさんは言い募ろうとしたが、しかし、俺の顔を見てやめた。


 それから大きく溜息を吐いた。


「……、灰霊族は妖人族の中でも灰を操ることに特化した種族です」

「へぇー。妖人族にそういう種族がいるんだ」


 前から思っていたが、人種図鑑には結構な穴があるな。


 ……ああでも、確か妖人族は妖精や精霊が人と交わってできた種族だから、その土地独自の種族がいたりするって書いてかあったな。


「ねぇ、ルルネネさん。灰霊族ってとても少ない?」

「ええ、そうです。両手で数えられるくらいでしょうか。そもそも灰の精霊様がとても少なく、たまたま昔、この地に精霊様がいらしたときにある女性と子を成したのです。世界を探せば、もしかしたら他の地にもいるかもしれませんが、絶対数はとても少ないですよ」

「へぇー、そうなのか」


 先ほどまでの淡々とこなすような口調ではなく、優し気に話しかけるルルネネさんに、俺は相槌を打つ。


 妖人族か。何というか、色々と面倒というか危ないというか。種だな。


「ええ、そうですよ。だから、私達はロイス様に感謝しているんです」


 苦々しい表情が顔に出ていたのだろう。それだけで、ルルネネさんは俺が考えている事を読み取った。


「どういうこと?」


 何となく答えは分かっているが、聞いてみる。


「セオドラー様のご考え通り、私達はその稀少さから様々な事がありました。奴隷として狩られたり、実験体にされたり、色々です。この地の人々はそんな私達を温かく仲間として受け入れては下さいましたが、それでも私達は多くの被害を受けました。それを救ってくれたのがマキーナルト家の方々です。私達以外にも稀少な種族がこの地には多くいますが、私達も彼らもロイス様にはとても感謝しているのですよ」


 俺は横でラリアさんと事務会話をしているロイス父さんをチラリと見た。


「やっぱ凄いんだな……」


 無意識に感嘆の呟きが漏れてしまった。


「ええ、凄いのですよ、だから誇ってください」


 そして俺の呟きをしっかりと聞いていたらしいルルネネさんは、俺と目線の高さを合わせるようにしゃがみ、微笑ましそうに言った。


「……、うん」


 めっちゃ恥ずかしい。自分でも分かるくらいに顔が真っ赤に染まっていく。穴があったら入りたい。


 ルルネネさんはそんな俺をやはり微笑ましく見つめていた。


「ねぇっ! 灰を操るってどんな感じなの!」


 だから、俺は気恥ずかしさを紛らわすために話題を転換する。いつまでもこの話題だと、いつかもっと恥ずかしい思いをしそうだ。


「そうですね。……では見ててください」


 俺の意図はお見通しだろうが、ルルネネさんは俺の話題転換にのってくれた。俺の方に手を差し出しぎゅっと握る。


「“灰生成”」


 そして能力スキルを発動させる。固有能力ギフトスキルだろう。


 それから、宝物を見せるように俺の目の前でルルネネさんが手を開くと、ルルネネさんの手掌に一握りの灰があった。


 さっき呟いた能力スキルの言葉のまんまである。


「それでは、セオドラー様。好きな動物は何ですか?」

「……、狼?」


 急な質問で怪訝な心持ちになってしまい、疑問で返してしまった。


 そんな俺を気にする様子はなく、ルルネネさんはもう一度手を握った。


「では、ご覧ください」


 そして、灰で造られた狼が空を翔けた。


 ルルネネさんが開いた手から数匹の狼が出てきたのだ。雪のような灰の光を宙で廻し、灰でできた四足に炎を纏い、自由に空を翔ける。


 それは変幻自在に気儘に放埓に、脈動に情動に狂飆に舞い踊る。


「すげー!」


 だから、感動の声が漏れてしまっても不思議ではないのだ。


 そして俺の感動にルルネネさんはさらに興が乗る。


「では、もっとです!」


 ルルネネさんのその掛け声とともに始まる。


 空を翔ける狼は分霊を造るがごとく分裂し、その数をどんどんと増やしていく。やがてそれは一つの大きな群れとなる。


 さらにさらに、空中に灰の鳥たちが舞い、灰のウサギや鹿などの動物が蠢動し始める。


 また灰の草木が生長し、俺の周りは灰で造られたミニチュアの森となる。


 そして狩りが始まるのだ。


―ワオォォーーーン―


 群れの先陣を切る一匹の灰の狼が情動的な遠吠えを謳う。


――――――ワオォォーーーン――――――


 それに続いて群全体で灰の狼が合唱する。


 それは合図である。


 群は自然と六隊に分かれる。デルタフォーメンション。


 先頭に立つ一隊がある獲物に目をつける。


 それは灰の鹿である。灰の木の皮をのんびりと食べている鹿の群である。


 ザッ! 


 狼たちが発する鋭く研がれた殺意に気が付いたのだろう。鹿たちが一斉に脱兎のごとく逃げ出す。


 その逃げ足は韋駄天だろう。狼たちを意に介さず、どんどんと引き離す。


 しかし、狼たちにとって、これは狩りである。戦いではないのだ。


 故に罠があって当然である。


 いつの間にか、本当にいつの間にか先頭の一隊列以外は全て鹿たちを追いかけてはいなかった。


 だが、翔けてはいた。一見すると頓珍漢な方へと。


 しかし、“解析者”を持つ俺は騙されない。


 ほら! 逃げていた鹿たちの横からいつの間にかある一隊の狼が現れたのだ。


 いや、この言い方は正しくはない。正確にいうなれば、鹿たちがその一隊の狼の前に現れたのだ!


 つまり誘導である。


 それに気が付いた鹿たちが慌てて進路を変える。だが、もう遅いのだ。


 次々と鹿たちを追いつめるように、追い立てるように現れる狼たち。


 鹿たちは必死になって逃げ戸惑い、迷案を出し続け逃げる。いっそ哀れである。


 そして、鹿たちは狼たちに囲まれた。


 狼たちが唸り声をあげる。それに呼応するように、狼たちから更に灰の光が舞い狂っていく。


 それから、それは段々と牢を形成していく。鹿たちを閉じ込める牢獄を作り上げていく。


 鹿たちはそんな光景を項垂れた様子で眺めていた。彼らの灰の目には諦念が浮かんでいた。とてもリアルである。


 そして、牢獄が完成した。


 と、同時に狼たちが鹿の群に目掛けて翔け出して――


「すみません。おしまいです」


 ――そらに溶けるようにすべてがフェードアウトしていった。


「えっ!? 続きは!? 最期は!?」


 あまりのお預けを食らってしまい、俺はルルネネさんの肩を掴み、ガンガンと揺らす。


「落ち着いてください、セオドラー様」


 ルルネネは俺を諭すように、言い聞かせるようにゆっくりと言う。


「これが落ち着けるか!? クライマックスだよ! クライマックスをお預けにされたんだよ!?」

「はい、それは申し訳なく思います。けど、周りを見てください」

「へ? 周り?」


 俺はルルネネさんの肩から手を放し、一歩下がってゆっくりと見まわした。


 すると、何という事だろう。


 いつの間にか知らない人たちが多く、席に座っていた。ロイス父さんは俺の後ろに佇んでいた。


「ルルネネ、セオの相手をしてくれてありがとう」

「いえ、セオドラー様の反応がとても楽しく私の方がお礼を言いたいくらいです」

「セオ、もうみんな集まったから。ね」

「……、わかった」


 ……、流石に会議の時間を潰してまで見たいものではな――、いや、とても見たいが迷惑はかけられない。


 俺は先ほどの鹿たちの如く項垂れながら頷いた。

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