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第21話:グレイブとルルネネさん:this spring

 俺の隣にいたラリアさんが慌てて、扉を開けた。人数が少ないので両扉の片方だけである。


 ロイス父さんがラリアさんに礼を言いながら部屋に入る。俺もロイス父さん同様にラリアさんに礼を言って部屋に入る。


 そこは机だった。身長のせいか大きい木製の会議机しか見えなかった。いや、足元からは人の足が見える。……、2人かな。


「お疲れ様です、ロイス様」

「お疲れ、グレイブ」


 一人の男性が立ち上がりこちらへ歩いてきた。


「セオドラー様、お久しぶりです」

「久しぶり、グレイブ」


 響き渡る声は快活で良い気を持つ。ただ、見た目はとても大柄で厳つい。濃茶の髪を荒々しく立たせ、濃茶の瞳は鋭く光る。見た目と声があんまりあっていない男である。


「今日、ここにいるってことはグレイブって普通の守護兵団員じゃない感じ?」


 確かにいつもロイス父さんと守護兵団との訓練を見ている感じ、纏め役ではあったけど……。


「ああ。そう言えば、はっきりと自己紹介はしていませんでしたね」


 グレイブはその鋭い瞳を僅かに柔らかくし、胸に開いた右手を当てた。


「私はマキーナルト領の守護兵団団長、グレイブと申します。一応、マキーナルト家の騎士にあたりますね」


 なんと。守護兵団団長だったのか。何となくそんな気がしたが、改めて知ると、びっくりするな。


 ああ、でも。見た目はとても似合うな。


 でも、一つ疑問。


「一応、騎士ってどういう事?」


 先ず、マキーナルト家に騎士がいたこと自体驚きである。一度もそんな話を聞いたことはない。


 ロイス父さんからはマキーナルト家が持つ兵力、つまり、守護兵団と放浪兵団は民兵みたいな扱いだと聞いていたからだ。


「それは、国による僕たちの暴走の枷なんだよね」


 俺のそんな疑問に答えたのはグレイブではなく、ロイス父さんだった。


「暴走の枷?」

「そう。僕がエレガント王国からこの地を譲り受ける時に、一部の貴族が僕やアテナが持つ力を危惧してね。まぁ、実際、やろうと思えば僕たちがいる国、エレガント王国と互角以上で戦争できるからその危惧は正しいんだけどね。それで、僕は直接の兵力を持つことはできないんだよ」


 それから、ロイス父さんはグレイブを見た。


「だから、グレイブたちは僕の厳密には部下ではないんだよね。マキーナルト領に住まう住人が自警団としての兵力なんだよ。だから僕の命令に逆らう事もできる。騎士みたいな立ち位置ではあるけれど、騎士としての身分ではないんだ。だから、一応、騎士ってこと。そもそもこの地はエレガント王国のものではあったけれど、アダト森林やバラサリア山脈の魔物のせいで手出しできずに、実質、放置されてたんだよ。そこに住まう国民もね。だから彼らは独自の組織を元々もっていたんだ。それが、今の守護兵団と放浪兵団の元」


 ……。


「ねぇ、ロイス父さんって、その、体よく厄介払いされたの?」


 恐る恐る聞いた俺のそんな疑問にロイス父さんとグレイブは苦笑した。


「まぁ、そうだね。さっき言った貴族たち、公爵や侯爵だね。彼らがそんなに力があるならと、ね。王家は何故か僕たちにすごく甘かったんだけど、エレガント王国は流石にこのエア大陸でも古い国にあたるからね。一人で戦争できる人間を貴族として取り立てるのは、結構勇気がいるものではあるよ」


 確かにそのとおりである。国が乗っ取られる場合もあるし、新たに国を作られる可能性もある。国として当然の判断である。


 たぶん、公爵たちなどにとっても、頭の痛い種であっただろう。


 ……。疑問がまた湧き上がる。


「ねぇ、なんでロイス父さんって貴族になったの? アランや他のパーティーメンバーは断ったんでしょ?」

「それは……。僕の口からは言えないかな」


 ロイス父さんは恥ずかしそうに照れながらそう言った。


「もし知りたいなら、アテナやアラン、あとはレモンに聞いてよ」

「わかった。帰ったら聞いてみる」


 俺が頷いている間もロイス父さんは少し恥ずかしそうにしていた。


 そんなロイス父さんをグレイブは、生温かな目で見ていた。


「その目は何だい、グレイブ」

「いや、あのロイス様もですね」

「……そう思ってくれるなら、感謝しかないね。その目は嫌だけど」

「ククッ。いや、でも、私達も感謝しているんですよ。十年前ではこの安全な暮らしは考えられませんでしたから」

「そうです。ロイス様」


 一人の女性がロイス父さんとグレイブ会話に参加してきた。知らない人だった。


「ルルネネ。仕事は終わったのか?」

「ええ。グレイブ守護団長」


 硬い表情でグレイブに答えたルルネネと呼ばれた灰色の長髪の女性は、それからロイス父さんの前に立ち、手を胸に当てた。


「挨拶が遅れて申し訳ございません、ロイス様。改めて、お疲れ様です」

「いや、大丈夫だよ。むしろ、そっちの方がお疲れ様だと思うんけど。今の時期、放浪兵団は激務でしょ」


 ロイス父さんは心配そうにルルネネさんを見た。


「ご心配、感謝します。毎年の事なので平気ですよ」


 ルルネネさんは少し微笑みながら元気アピールをする。 


「そう。なら、良かった」


 微笑しながら頷いたロイス父さんは、真剣な顔になってルルネネに訊ねる。


「それで、ガガオはどんな様子だい?」

「団長は北の農業地帯を見回ってます。狼系の魔物が流れてきたとのことです」

「なるほど。書類は?」

「既に自由ギルドに回しました」

「わかった。じゃあ、被害状況はどれくらいだい」

「今確認したところ、人的被害は皆無。作物と飼い鳥の一部が損失しました」

「詳細は?」

「こちらです。それと依頼の方も」


 ルルネネは手元に持っていた書類を、幾つかロイス父さんに渡した。今分かったが、ロイス父さんとルルネネさんは大して身長が変わらない。ルルネネさんは凄い高身長である。


 パラリ、パラリとロイス父さんは書類をめくる。


「ラリアさん」

「はい」


 ロイス父さんは後ろでお茶を入れていたラリアさんを呼ぶ。


「これを基に依頼の発行を」

「わかりました」

「よろしく」


 こちらに来たラリアさんが、手に持っている紅茶を載せたお盆を会議机の上に置き、ロイス父さんから一枚の書類を受け取る。


 それからぶつぶつと何かを呟くと、ラリアさんの手元にあった書類が消えた。手元にあったステータスカードが光ったので“選定の導盤”の効果だろう。


「ルルネネ。ガガオに自由ギルドと密に連帯して穴の捜索を徹底的にする事と、税の調整をするからさらに詳細な情報を集める事を伝えて」

「了解しました」

「ありがとう」


 ロイス父さん達は淡々と会話をしていく。迅速で速やかだ。ルルネネさんは手元から小さな水晶を取り出し、光らせた。


 “解析”から察するに遠距離通信用の魔道具だろう。家にも似たようなものがあったし。


「――ええ、そうです」


 そうして、水晶に向かって話し出した。さっきの会話から推測するにガガオと言う人物だろう。たぶん。


 その間にロイス父さんとグレイブが話し出す。


「では、私達はそのサポートで?」

「いや、それはいい。それよりラート町の最外城壁と結界の点検。自由ギルドとの活性化情報の共有の強化。ラート町の人々に情報の周知。この三つを頼む」

「わかりました。ところで農業拠点村に対してはどちらが?」

「いや、僕が直接行く。ちょうど、視察が明日から入っているからね」

「では、後でルルネネに部下を手配しておきます」

「うん。頼むよ」


 それからグレイブも懐から水晶を取り出し話し始めた。


「――ではよろしくお願いします」


 それと入れ替わるようにルルネネさんが会話を終了し、水晶を懐に仕舞った。 


 それでひと段落したのか、それからルルネネさんは灰色の瞳を弛ませ俺を見た。


「初めましてセオドラー様。私は放浪兵団副団長、ルルネネと言います。見た目では分からないと思いますが、灰霊族でございます」


 ルルネネさんは深々と頭を下げる。その長い灰髪は意外に邪魔そうである。


 でもルルネネさんって放浪兵団の人だったのか。ならば、俺が知らなかったのも無理はない。


 彼らはマキーナルト領の治安を守るために、マキーナルト領全体を見回っているのだ。だから、あまり屋敷に来ることも少ないのだ。ラート町には休暇でしかいないらしいし。


「初めまして、俺はセオドラー・マキーナルトです。これから、よろしくお願いします」


 俺は手を胸に当て、片足を少し下げて挨拶する。マリーさんとアテナ母さんにしっかりと仕込まれたので、その仕草は完璧である。


 もっとも言葉遣いはあれかもしれないが。

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