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第16話:抜けている:this spring

「う、うーん」


 頭がズキズキと痛み、体が重い。


「知らない天井だ」


 ……。もちろん見覚えはある。家のリビングの天井である。上品な木で彩られたナチュラルな天井はとても安心する心持ちを作る。


「あっ、起きた」


 首を横へ動かすと、上から覗き込むように俺を見ているライン兄さんがいた。


「立てる?」

「あ、うん。ありがとう」


 優しく微笑み、手を差し出すライン兄さんはやっぱり天使である。


「よっこいせ」


 ライン兄さんの手を借りて体を起こす。どうやら、リビングにあるソファーの上で寝ていたようだ。ロイス父さんが寝かせてくれたんだろう。


「ねぇ、ライン兄さん。あの後どうなったの?」

「えーっと。その」


 そう言ってライン兄さんは後ろ指さす。


 ん? 後ろに何があるんだろう?


 あっ。


 そこにはアテナ母さんに正座で怒られているユリシア姉さんがいた。少し、涙が溢れていた。


 あ、ああ。


 ……何か申し訳ない。もとはと言えば俺が悪いようなものだし。


 と、ユリシア姉さんに対して少し罪悪感を募らせていたら、アテナ母さんが気が付いたようにこちらを見た。


「あら、起きたのね。なら、こっちに来なさい」


 そして、手招きした。恐ろしいくらい綺麗な笑顔だった。


 はぁ。


 これから起こることに若干の憂鬱を感じて心中で深いため息を吐きながら、俺はアテナ母さんの前に向かう。流石に口から溜息は漏らさない。とても怖いし。


「セオ。事情はユナから聞いたわ。さて?」


 俺がアテナ母さんの前、つまりユリシア姉さんの隣に立つと、アテナ母さんは諭すようにゆっくりと問いかけた。


 こういう言外のコミュニケ―ジョンって女性の方が得意だよな。


 そんな余計なことを考えつつ、もちろんその答えは出していた。


「不快な言葉を言ってごめんなさい」


 正座のユリシア姉さんに体を向け、九十度に腰を曲げて謝る。謝罪は早め。これは絶対。何においても使える。


「そう、ユリシアは?」

「……、こっちこそ、ごめん」


 ユリシア姉さんはゆっくりと立ち上がって、俺と同様に謝罪した。少し悔しそうな表情が目端に滲んでるのはご愛嬌だろう。


「よろしい」


 アテナ母さんが頷く。


「さ、朝ご飯を食べましょう」


 そうして、俺たちの手を引っ張る。流石にいつもの朝食の時間に遅れているから、説教はないんだな。アテナ母さんのお説教ってすごい怖いから良かった。


「ああ、それとユリシア、セオ。ちゃんとしたお説教は朝食後ね」


 にこやかに振り返るアテナ母さんにやはり抜かりはなかった。なかったのだ。


 ちくしょう。



 Φ



「ふぅ。やっと終わった」


 アテナ母さんの説教から解放された俺は、ドカッとソファーに座り込む。天毛狼の皮と極抱鳥の羽毛で作られたソファーは俺の体を心から包み込む。おかしな表現だが本当に心から包まれるのだ。


 だから。


「スヤー」


 一瞬で寝てしまう。呪われた睡魔のソファーと俺は名付けている。


「こらこら、寝ないで、セオ」


 ところがその呪いをく王子様が現れた。


「今日は町に行くんだよ」


 ロイス父さんである。


「町? 何のこと?」

「はぁ」


 ロイス父さんは心底呆れた様子で深い溜息を吐いた。イケメンだからそんな表情でも様になっているのが流石だと思う。


「あのね、セオ。先週に伝えたけど、今日はあの慣習が終わる日だよ」


 あの慣習、あの慣習……。


「あっ!」


 忘れてた。今日から自由に出歩けるんだ!


「ようやく思い出したようだね。はぁ、ホントにもう」


 ロイス父さんは額に手を当てて首を振る。心底疲れている様子である。


「だから、寝っ転がってないで着替えて支度しなさい。今日は町の重役に顔を通す日でもあるからね。レモンに頼んでしっかりとした服を用意してもらってるから。決して、今の服で来るんじゃないよ」


 それから一時間後に玄関で待ってると言って、ロイス父さんはリビングから出て行った。仕事があるんだろう。


 にしても、町の重役って誰だろう。っていうか、重役って言うくらいだから屋敷に来ている人たちで間違いはないと思うんだが。


 誰だろう。みんな気の良い人ばかりだから……。


 ま、行けば分かるか。


「じゃ、よっこいせ」


 麗らかな安眠に若干の、いや膨大な名残惜しさを持ちつつ、俺は力いっぱいの勇気を振り絞ってソファーから立ち上がる。流石にこのまま寝ると、アテナ母さんの雷より怖いものが落ちそうだしな。


 それからゆっくりとした足取りで自室へ向かう。


 階段を上り、廊下の端まで歩き、そこにある梯子の如き小さな階段を上り、自室へたどり着く。


 そこは屋根裏部屋だ。


 赤ん坊の時に居た部屋は何でも赤ん坊専用の部屋らしく、俺が一歳と少し経ったときに俺専用の子供部屋に移されたのだ。


 俺の場合、キチンとした判断能力があったためか、自室を最初から好きに選べたのは幸いだった。でなければ、俺が屋根裏部屋と言うロマンあふれる部屋を持つことは難しかったと思う。


 だって、家具を入れるの大変だし。ライン兄さんの件を思い出して、そう思う。


 ライン兄さんは最近になって屋根裏部屋に移動したいと言ったからな。珍しく、ライン兄さんがゴネたため、結局、マキーナルト家総出でライン兄さんの元の部屋から、俺の部屋と対称にあるもう一つの屋根裏部屋に家具などを数日かけて移したのだ。


 あれはとても大変だった。


 ホント、大変だった。


 まぁライン兄さんはその犠牲として二年分のお小遣いを減らされてたから、妥当だとは思うが。


 良かったよ。最初から屋根裏部屋で。お小遣いがなくなると、好きな鉱物などが買えなくなるからな。


 ああ、でも。


 やはり、扉の大きさくらいはどうにかしないとな。目の前の子供専用といっても過言ではない小さな扉を見てそう思った。

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