「おはよう!」
俺はダイニングルームのテーブルに座っている家族に挨拶をした。澄み切った朝に相応しく、我ながら爽やかな挨拶ができたのではないだろうか。
が、しかし。
「「「「……」」」」
返事は無かった。
はぁ。まったく。久しぶりに早起きして、気持ちよく挨拶をしたというのに。
酷いではないか。と言うか、本当に無反応で怖い。
ん? 驚き? 何か、家族全員が驚きが混じった表情で呆然としていた。驚愕。
えー。何で驚かれているんだろう?
と、そんな疑問に対して思考しようとした時、やっと一人が口を開いた。
「ねぇ、セオ。熱はない? 風邪は? 大丈夫?」
アテナ母さんだ。
アテナ母さんは俺に話しかけながら、上品なデザインがさりげなく施されたシンプルな茶色の椅子から立ち、俺の方へ近寄ってくる。そして俺の額に手を当てる。
白く細い手が妙にこそばゆく、思わず顔を
「熱はなさそうね……」
アテナ母さんはそんな俺を気にする様子もなく、今度は頭にガラス細工のような繊細な手を置く。
「〝病気鑑定〟」
そして魔法を紡いだ。
「あれ、おかしいわね?」
何かがおかしかったのか困惑した様子のアテナ母さん。
何がおかしいのだろう?
「病気にもかかってない」
それはそうだろう。あったら“
にしても、何故我が母は病気にかかっていない事に対して困惑するのだろうか。病気にかかっている事が当たり前な対応をして、酷い。
「アテナ。それは本当かい? ……、それ以外だと呪いか? でも、呪いなんて分かりやすいものを僕たちが見逃すわけはないし……」
ロイス父さんまでおかしな事を言い出した。
これには流石に温厚な俺でも怒りと不満を持つ。
「ねぇ! 酷くない!? 珍しく早起きしたのに、何なのその対応!」
声を張り上げる。内心ではそんなに怒ってはないが、大げさに怒りを表す。
「ごめんなさい、セオ」
「すまない、セオ」
そんな俺の様子に流石にバツが悪くなったのか素直に謝るアテナ母さんとロイス父さん。
「わかればよろしい」
俺は満足そうに頷く。と、その瞬間――
バシュッン。
頭を叩かれた。
「
とても痛い。強く叩かれてないのに、ツボに入ったのかとても痛い。
「何だよもう、じゃないわよ。アンタの普段の行動が悪いから父さん達が驚いたんでしょ。セオ、アンタのせいじゃない。なのに偉そうに威張って」
頭上から呆れを多分に含まれた声が降ってきた。
「……ユリシア姉さん」
そしてその声の主は我が姉、ユリシアだった。
吸い込まれそうなほどの蒼き瞳でキッと俺を睨み付けている。ユリシア姉さんの感情に呼応するように
「と、言うかどういう吹き回しなの? こんなに早起きして。いつもならどんな手を使ってでも寝ている時間じゃない。何で、急に?」
ユリシア姉さんは見下すように追及してくる。もしかして、昨夜の腹いせか?
まぁ、ずいぶんとからかったしな。
ぷっ。
やばい。思い出したらまた笑えてきた。
フフ。笑いが堪えられない。
バシン。
また、頭を
「ねぇ、セオ? 今、アタシを馬鹿にしたでしょ?」
「何を根拠にそんな事を!?」
俺のその言葉を聞いてユリシア姉さんは、呆れたように俺の顔を指さした。
「アンタのそのニヤニヤした顔よ」
あっ。やべぇ。昨日、ライン兄さんが教えてくれた事をすっかり忘れてた。視界の端に移るライン兄さんが、呆れたように額に手を当てて首を振っている。
だが、まだ間に合う!
“
スン。
「ねぇ、ユリシア姉さん。どこがニヤニヤした顔なの? 至って真面目な顔だと思うんだけどな」
括目せよ。我が無表情を。このとても自然で普通な顔を!
「そんなんでアタシを誤魔化せるとでも? どうせ
え?
んーー。
あっ!
「もしかして“勇者の卵”!?」
俺が驚きながら言うと、ユリシア姉さんは誇らしげにふふんと鼻を鳴らした。
「そうよ! セオが散々アタシをおちょくってくれたおかげでね、派生したのよ!」
おいおいマジかよ!
その言葉に俺は驚愕する。それはここ最近で一番の驚愕だろう。
ん? っていう事はだよ、昨夜のあの舐めプが原因か!? ああ! マジかよ!
俺の内心を気にすることなく、ユリシア姉さんはビシッと俺を指した。
「そんな事よりセオ。さっきの質問に答えさなよ! 何でアンタがこんなに早起きしているのよ!?」
はぁ、この様子だと答えないと駄目かな。
けれど、
「それは……」
流石にその内容は言えないのだ。今はまだ、言ってはいけないのだ。特にユリシア姉さんとエドガー兄さんには言ってはならない。
そんな理由で俺が言い淀んでいると、アテナ母さんから声がかかった。
「ユリシア、もう朝稽古に行くわよ。セオと喧嘩してないで、早く軽食を食べて、稽古場に来なさい。もうロイスとエドガーは行ったわよ」
「あっ、待って!」
その言葉を聞いた瞬間ユリシア姉さんは飛び跳ねるようにダイニングテーブルに座り、ユリシア姉さんの前にあった白いスープとパンを飛びつくように食べた。
ガツガツと音を立てて食べ始めたのだ。
ただ、その様子を不愉快に思った人物がいる。
「ユリシア! 音を立てて食べない! 急いでいても上品に食べなさい!」
淑女たるアテナ母さんである。
流石に、ユリシア姉さんの山賊の如き食べ方が目に余ったんだろう。
そんなユリシア姉さんはアテナ母さんに釘を刺された瞬間、大人しく食事をし始めた。
毎日のようにアテナ母さんとマリーに礼儀作法などをみっちりと仕込まれているから、やればできる子なのである。ユリシア姉さんは。
ユリシア姉さんが食事の態度を改めた事に納得したのか、アテナ母さんは頷き、そして俺の方を見た。
「セオ、あなたが早起きした理由は分からないけど、この時間に起きたってことは朝稽古、見学するんでしょ?」
頬に手を当てながら、アテナ母さんが聞いてきた。
「うん。今日はそのために早起きしたんだから」
まぁ、これくらいなら喋っても大丈夫だろう。
俺がそんな事を思いながら返事をすると、アテナ母さんは溜息を吐いた。
「まぁ、いいわ。……、ああ、軽食は食べる?」
「いや、いい。俺は運動しないし」
「そう。なら、私と一緒に稽古場に行きましょうか。ユリシアはまだ、時間がかかりそうだし」
アテナ母さんはチラリとユリシア姉さんの方を見ながら言った。
まぁ、今のユリシア姉さんと一緒に行ってもアレだしな。
「わかった。ちょっと待ってて。羽織るものを取ってくる」
「わかったわ。じゃあ、玄関で待っているわよ」
「はーい」
俺は自分の部屋に上着を取るために走りながら返事をした。
この時間帯はめっちゃ寒いのだ。それは凍えるほどに。だってまだ、お日様が昇ってないからな。