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第4話:書斎:accumulated

 俺はあらためて、書斎を見渡す。


 壁は木製の本棚にその存在を覆い隠されている。50センチ程度の小さな金属の本棚が中央に向かって、段々と並んでいる。


 床は情緒あふれる小物と本で埋め尽くされており、それらを照らすのは、円形の天井窓から射す光がただ一つ。


 そして、天井窓から射した一筋の陽光は、舞台を照らすスポットライトの様に中央に佇む書斎机とアンティークの椅子を映し出す。


 聖域。


 俺はそう思い、


「フィー」


 感嘆の溜息を漏らした。


 清閑さが俺の身を包み、洗う。


 まさに、俺の理想の書斎。


 俺はゆっくりとしたハイハイで中央の書斎机に向かった。


 俺は書斎机から椅子をめいいっぱいの力を込めて引く。いい具合に書斎机との距離ができる。


 次に、椅子に体を預けながら、体を起こす。足に魔力を多く流し、力を入れる。


「ダブー」


 俺は立った。


 そして、椅子の上によじ登っていく。


「ダッダブ。ダッダブ」


 俺は掛け声を出しながら、テンポよく椅子によじ登る。


 そして、


「ダー」


 登り切った。


 次に書斎机に登る。


「ダッダブ。ダッダブ」


 同じように掛け声をだし、自分にテンポを作る。


「ダー」


 問題なく登り切った。


 俺は書斎机の上に腰を下ろす。


「フィー」


 これで、周りが良く見える。


 おおー、壮観である。本に次ぐ本。床の至る所に、本が丁寧に積み重なっている。


 どの本棚も隙間なく本が並べられている。


 古めかしい本。比較的綺麗な本。上品な装飾で彩られた本。


 大きさも様々。手のひらサイズの本から、俺の体長くらいの大きさの本。


 紙切れ同然の薄い本に、本棚の一段を丸々使う分厚い本。


 しかも、しかもだ。下からでは分かりにくかったが、今なら分かる。


 空中に本棚が浮いているのだ。


 中央に段々と並ぶ小さな金属の本棚。その上に同じ大きさの金属の本棚がまばらに浮かんでいたのだ。しかも、ふわふわと空中を漂っている。


 幻想的な本棚である。


 俺は本棚に目を通す。魔力を目に多く流し、視力を強化していく。


 本棚の本の背表紙に文字らしき記号が書かれている。多くの本の背表紙に書いてある記号なので、文字と断定する。


 それらの文字には見覚えが無い。平仮名、カタカナ、漢字、アルファベット、韓国文字、その他の俺が知りうる限りの地球に存在する文字とは合致しない。似ている部分があるが、完全一致はしていない。


 文字の特徴としては、シンプルな丸文字が多い。角ばっている文字は数個程度。それでもシンプル。


 ん? 


 俺はある本棚に目を止める。


 部屋の角にあるこの本棚にある本の背表紙に書かれている文字は、他の本棚に見られる、文字とは明らかに違う形態をしている。


 よくよく見てみると、その本棚の両隣も多くの本棚に見られる丸文字とは違う形態だ。


 複雑な絵の様な文字や角ばった文字。などなど、形態が違う。


 断定は良くないけど、もしかしてこれは外国語の文字なのでは?


 可能性としては大いにあり得る。


 なら、一旦この三つの本棚は無視するとしよう。


 その他の本棚を調べる。


 特徴をいくつか見つけた。


 ず、本棚によって本の綺麗さが区分けされている。


 また、本の分厚さによって区分けされている。


 そして、最も大きな特徴として、魔力の有無が確認できる。


 ここ数ヶ月の魔力操作訓練によって、俺の魔力感知の技術は高まっている。その魔力感知によると、魔力を帯びている本があるのだ。しかも、この魔力の気配は、アテナ母さんの魔力の気配だ。


 俺は何回か、魔法を見ている。


 アテナ母さんの魔法だ。


 アテナ母さんはよく、俺に色んな魔法を見せてくれる。


 魔法で作った、鳥のかたちを模した火や土を飛ばしたり、水の魚を空中に泳がせたり、色々な遊びを見せてくれる。


 まぁ、俺には魔法の才能は無いので、そんな事はできないのだ。俺と融合した子が魔法の才能を持っているかもしれないが、しかし、何となくだが、使えないと俺は考えている。


 で、その時にアテナ母さんの魔力の気配を知ったのだ。まぁ、気配というよりは雰囲気という言葉が一番似合っているかもしれないが。


 実際、アテナ母さんの魔力の気配は優しく包み込むような雰囲気を感じるからだ。


 んーー。


 気になる。


 アテナ母さんの魔力を帯びている本が気になる。私、気になります。


 何だかなーー。転生してから妙に知的好奇心が活発になったんだよなーー。


 俺と融合した子の性格なのかな……。


 まぁ、いい。それらの本を調べてみるか。


 ポフン。分身を二体召喚する。


「テー」


 アテナ母さんの魔力を帯びている本を取りに行かせる。分身は俺の意思通りにハイハイして本を取りに行く。


 へー。俺のハイハイってこんな感じなんだな。


 分身が本棚の下に辿り着く。


 勿論、分身も俺と同じ赤ちゃんなので四段目以上は届かない。


 なので、一段目と二段目の本をありったけ持ってこさせる。三段目を入れると流石に多くなるのでパスする。


 分身が本棚と書斎机の下を行ったり来たりする。


 良きかな、良きかな。


 俺は素晴らしい力を手に入れたのである。


 しかし、俺はだらける事ができない。


 分身を維持するための魔力消費が多いので、魔力回復に専念しなければならないのだ。


 俺は魔力回復のために瞑想をする。精神を落ち着かせ、己が内に意識を向ける。


 そうすると、魔力の回復速度が速くなる。ここ五ヶ月の魔力操作訓練で発見したことの一つである。


 しかし、魔力回復速度が、魔力消費速度に追いつくことはなかった。けれども、ほぼ僅かな差まで回復速度が消費速度に追いついたのは僥倖ぎょうこうである。


 おっ。あらかた集め終わったか。


 書斎机の足元には本の山ができあがっている。


 ポフン。分身を消す。


 次に本を自分のところに運ぶ。


 ぬ!


 念じて“宝物袋”を発動。本の山を“宝物袋”の中に収納。ギリギリだが、“宝物袋”の射程圏内だったのだ。


 それから、俺は適当に“宝物袋”から本を一冊だけ取り出す。


 書斎机の上はそこまで広くないのだ。上質な紙束に、白羽の羽ペンと落ち着いた色合いのインク入れ、そして俺の体。それらにより、書斎机は本が一冊おける程度にしか、スペースが空いていないのだ。


 それはさておき、取り出した本を見る。


 臙脂えんじ色を基調とした静かな色合いに、こげ茶色の線がそっと飾りを添える。


 チョー御高めな本である。日本とかだったら数万円はいくのではないかという芸術さを伴う本だった。


 ま、赤ん坊の俺には関係ないのだ。汚しても構わないだろう。といっても、汚すつもりはさらさらないが。


 表紙を見る。


 多くの本の背表紙に見られる文字が彩られていた。何て書いてあるかわからない。


 本を開く。


 パサリ。


 見開き一ページ目。白紙。


 パサリ。


 見開き二ページ目。文字が多少。


 パサリ。


 見開き三ページ目。文字がぎっしり。右上には何かの幾何学的模様が描かれている。


 俺はそのページに目を通す。


 ……。2。6。10。14。


 パサリ。


 ……。18。


 パサリ。


 ……ん? 何かめっちゃ似ているのに、点と線の数だけ違う文字が幾つかあるな。


 パサリ。


 ……。32。点と線の数が違う似ている文字を除外すると22文字。


 ……。


 どうも、転生してから記憶力がよくなっている。見た文字がきちんと記憶できている。


 それはそうとして、気になる。


 文字言語が気になる。本を読んでみたい。


 やはり、転生してから知識に飢えているのではないかと思うほど、こっちの方面に関する好奇心が高まっている。


 よし。頑張るか。こういう時は、我慢しないのが一番である。


 今確認できる文字種類は32文字。何ページか確認して、これ以外の文字は確認できなかったので、たぶんそれ以上はないのだろう。一応、行き詰ったら、あと数十ページは確認するか。


 音声言語は日本語と同じ法則、語彙などで成り立っているのはレモンやアテナ母さんの発した言葉から確認している。これは断定でよい筈。


 また、俺が読み取った文字言語が、音声言語、正確には言語音――日本語――と同一言語法則で成り立っている事を仮定する。音声言語と文字言語が違う場合があるからな……。


 だとしたら、文字言語の仕組みは、音を直接表す平仮名式か、母音と子音で分けるローマ字式、後は一つ一つに意味を持たせて読む漢字式のいずれかになるはず。まぁ、俺がしっている限りだと。


 ただ、漢字式は少ないと思う。


 漢字式があるのならば、もう少し文字の種類が多くていい筈。なので、漢字式はないと仮定する。


 次に、平仮名式かローマ字式か……。


 っと、その前に12文字除外しなきゃ。数字と句読点だ。


 とても似ている文字が10文字。たぶん数字。十進法が使われているのは、レモンの話から知った。


 また、文に空欄がある。その空欄の前に、とてもシンプルな文字が二つ。たぶん句読点。一つは改行前の文の最後に必ずあるので句点。なので、もう一つは読点と仮定する。


 残った20文字を使って考える。といっても、平仮名式だと文字数が足りないのでたぶんローマ字式。


 なので、ローマ字式として考える。


 先ず、句読点の前に存在する文字を注意する。その文字は必ず母音である。


 今、開いているページからその文字をピックアップする。


 ……。


 ……。


 ……。


 五文字を見つけた。これを母音と断定する。


 次に、この母音を基に各文字を子音を当てていく。


 ……。あっ、やべ。長音の記号がわかってない。


 はぁー。一文字だけ子音ではない奴があるのか。大変だ。


 …………。


 …………。


 …………。


「ダーヌ」


 あー、駄目だ。単語を意識して子音を当てていくが、上手くいかない。


 子音は14文字前後の筈だから、数を打てば当たるかもしれない。しかし、面倒くさいのでわかりやすい手掛かりが欲しい。


 パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。


 手がかりを探してページをめくる。


 パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。パサリ。


 ない。追加文字もないし、分かりやすい手掛かりもない。


 はぁ。仕方ない。頑張るしかないか。


 文頭と文末を意識するか。


 俺は解読に没頭していく。


 ………………。


 ………………。


 ………………。


 ………………。


 ………………。


 そして陽が落ちる……。

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