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第2話:流れ流れ:reincarnation

 ふわふわ、ふわふわ。


 心地よい浮遊感に目を覚ます。


 暗い世界だった。自分だけが光り、周りは深淵にでも飲み込まれたように暗くくらい世界だった。


 俺はふわふわと漂っていた。水に浮いている感覚のようだった。


 思考はやけにゆったりしていた。体の感覚は無かった。


 浮遊感は頭で、思考で感じていた。変な話だが、体の感覚がなかったのだ。


 手を動かそうにも手の感覚がない。足を動かそうにも足の感覚がない。呼吸をしている感覚すらもない。


 スッと何の躊躇いものなく、自分が死んだことを確信した。何故か、確信できたのだ。


 あぁ、あの後どうなったのだろう。男の子は無事なのかな。無事だといいな。心に深い傷を負ってないといいな。


 姉達や兄はどう思うかな。泣かせてしまったかな。最近、両親がともに亡くなったしな。大丈夫かな。


 いつ死んでもいいように遺書などは紙とパソコンに入ってあるんだよな。何というか、遺書は一年を越したら、毎年書いていたんだよな。結構楽しかったし。


 見つけてくれるといいな。ところどころ凝ってしまったし、謎仕掛けなやつが幾つかあるんだよな。


 ……。


 ふぅ。俺、死んだのか。死んだのか。


 じゃあ、この感覚は何なんだろうな。我思ってるし、生きているのか? けれど、体という感覚は無いし。


 死後の世界ってあったんだな。けれど、地獄だなここ。真っ暗で何にもない。


 コツン。


 何かが俺に当たった。ん? 壁?


 うん。たぶん壁だ。壁にぶつかった。


 あれ? でも体はない筈だし


 あぁ、これが魂って感じか。


 まぁ、いっか。


 よし。暇だし、壁をすり抜けられないかな。


 俺は自分の体?みたいな魂を動かそうとする。


 動け! 


 あっ。動いた。あっさり動いた。何というか、俺、球体みたいな感覚だ。


 これが魂って奴か。


 ガンッ。はじき返された。


 まだまだ。もう一度。


 ゴンッ。またはじき返された。


 ははっ。何かおもしれぇ。暇だし、もっとぶつかっていこう。


 もう一度。もう一度。


 ………………


 どれくらいぶつかったのだろう。百を超えたくらいから数えなくなった。面倒くさかったのだ。


 変化があった。暗闇の世界に僅かな光が漏れ出したのだ。一点を中心に光がひび割れみたいに広がっているのだ。


 その変化に興奮した俺は、ペースを上げて壁にぶつかっていく。


 キシ。キシキシ。キシキシ!


 光のひびがさらに広がっていく。


 ピキピキ。ピキビキ。ビキビキ!


 暗闇の世界を純白の光が侵食していく。埋め尽くしていく。


 パリーン!


 壁が割れた。大きな力が俺を引っ張って行く。


 世界が真っ白の光に覆われたのに、俺は汚物みたいに流されていく。トイレみたいに流されていく。


 グワングワン。洗濯機で回されたみたいにグルグルして気持ち悪い。おぇ、吐きそう。


 グラングラン。濁流に流され流される。どこまでも流される。


 ……………。


 それから感覚的には幾日も経ち、やがて、穏やかな流れに俺は引っ張られていた。プカプカと浮かぶみたいな感じだ。流れるプールで浮き輪にハマって流れている気分だ。


 めっちゃ心地いい。数日前の地獄が嘘みたいだ。ここは天国みたいに心地よい。


 陽光のようなぬくもりにあふれた光に包まれ、安心する力に流される。気分がとてつもなく良い。


 だが、幸せな時間を邪魔する奴が現れた。


『ん? 何じゃこんな時に。あたりゃしない釣り糸に何か引っかかるとはのぅ』


 激痛が俺の体?全体に走る。死んだ時より痛い。あっちは痛いという感覚すら薄れてたのに。こっちは……。


 いてぇっ、めっちゃ痛いっ。


 釣り上げられている、そう俺は感じる。上へ上へ、何かに引っ張られている。何かが俺の体に引っかかているのだ。


 どんどん上昇していく。上昇していくにつれ、体?に激痛が走る。


 ザッバーン。


 何かを突き破った感触の後、浮遊感を感じる。


「ほうほう、これは……」


 しゃがれた爺さんの声がした。俺はその声の主へと意識を向けてみる。


 おおっ! 目はないけど目を動かして世界を見るのは楽しいな。ん? というか、別に目を向けなくても、なんというか全方位に視界が向く。今更ながら気が付いた。


「ん、んん。のぅ、少し良いか?」


 なんだ。


「儂と少し話さんかのぅ。茶菓子などもあるし、お茶でもゆっくり飲みながら]


 えっ、あぁ。いいぞ。


 ん? 待て。俺、声を出してないよな。発声器官ないし、どうやって……。え?


「あぁ。そこからか。さっきのお詫びもしてやりたいしのぅ、少し落ち着いてくれんか。お主の質問には出来る限り答えよう。儂についてきておくれ」


 何だこいつ。まぁ、いっか。なんか信用できそうだし。


 俺はいかにも仙人って感じの爺さんについていく。


 それから幾分か。


 白い部屋?に連れてこられた。


 部屋の中央には、空中に浮いている綺麗な木目の大きい板に湯のみが二つと茶菓子が入った器が置いてあった。板の隣にはパチパチと音を立てながら燃えている?火がついている?石が浮いていて、その上には上品そうなケトルが浮いていた。


 爺さんが板――机と呼ぶ――の奥に座った。


「ほれ、お主も座っておくれ」


 俺は爺さんに促されるままに爺さんと向かい合うように机の前へ行った。ふよふよと浮いた。


「おお、そうじゃった、体がないと座ることもできんよのぅ」


 爺さんは当たり前なことを言ったあと、むむっ、と念じたと思うと、不意に今まで感じていた浮遊感がなくなり、懐かしい感覚が甦った。


 体があった。死ぬ寸前の元の体。三十路に入りかけ、無理がきかなくなった体。顎に手を当てると、適当に伸ばしてあった無精髭の感触が俺に安心を与えてくれる。


「あ、ああ。おっ、声が出る」

「よし、上手くいったようじゃのぅ。では、」


 爺さんは満足気に頷くとフィンガースナップをした。


 すると、ケトルが浮遊しながら近づき、爺さんの前に置いてある湯呑に緑茶――たぶん色的に――を入れ、次に俺の前にある湯飲みにも緑茶を入れた。うん。匂い的に緑茶で間違いなさそうじゃ。あっ、口調が移った。


「さて、何から話したものか……、では互いに自己紹介からいこうかのぅ」


 爺さんは顎に蓄えられた長い白髭を心地よさそうに撫でながら、話を進めていく。


「儂の名はクロノス。調停者をしており、役割的には創造神に対応する」

「?」

「まぁ、わからんよのぅ。まぁ、クロノスと呼んでおくれ。それでは次にお主の自己紹介を軽く」


 俺は爺さんが言っていることはあまりはっきりしなかったが、それでも挨拶は大事なので反射的に答えてしまう。


「俺の名前は内田ツクル。たぶん、死んでしまった筈の者だ」

「そうか、お主の名前は内田ツクルというのか。ではツクルと呼ばせてもらおうかのぅ」

「俺はクロノス爺と呼ばせてもらうよ」


 ずずっ。クロノス爺は俺の返答に満足したように頷きながら、緑茶を飲んだ。つられて俺も飲んだ。ずずずっ。


「さて、先ずは確認じゃな。ツクルは今の状況をどのくらい理解しておるか?」

「ん? あー、ええっと、俺は死んだ筈で、なんというか魂っぽい状態になって、変な壁にぶつかってたら暗かった世界に光が入り込んで、壁が壊れて、そのあとは大きな力に流されていたところを釣り上げられた? って感じかな」


 クロノス爺は俺の言葉を吟味するようにゆっくりと相槌を打ちながら聞いていた。


「ふむ、ではツクルは一度死んでおるのじゃな?」

「あぁ、根拠はないけど確信している。極度に疲れていた身体があんな出来事に耐えられるとは思ってもいないからな」

「……ここまでにあったこと、聞かせてもらってもよいかのぅ」 

「んーー。まぁ、いいよ」


 俺は死ぬ間際にあった出来事とその後、ここまでにあった出来事ををクロノス爺に伝えていった。すんなり話せた。


「そうか」


 クロノス爺は納得したように頷き、俺を見つめる。


 気恥ずかしい。クロノス爺の瞳には何というか敬意みたいのが浮かんでいて気恥ずかしいのだ。あまり、そういう目を向かれたこともないし、小心者の俺には過大評価に感じてしまう。


「ツクル。お主が今、生きているのは偶然でもなければ必然でもない。お主が強かったからじゃ。素質などは関係せん」

「どういうこと?」

「話せば長くなるが、それでもよいか」


 俺はこくんと頷く。死んだ筈なのに生きている理由が知りたい。


「あらゆる命、正確には意思を宿せるモノには魂が宿る。これはどの世界でも共通の法則じゃ。そして、その命の機能が失われたとき、魂はモノから離れ、輪廻に入り、世界を満たすエネルギーを放出した後、再び新たな命に宿る。ここまでは良いかのぅ?」


 俺は無言で頷く。クロノス爺の口からでた情報を整理していく。


「でじゃ、魂は命に宿り、離れていくまでの経過、つまりその命が経験した情報をすべて記憶しておる。そして、輪廻に入ったあと、その経験をエネルギーとして放出しているのじゃが……」


 そこでクロノス爺さんは一旦言葉を切り、緑茶を飲む。ずずっ。


「稀に輪廻に入らない魂が存在する。理由は様々じゃが、共通している部分が一つある。死ぬ間際に強烈な意思を持ち、それを世界に入力した、ということじゃ」

「入力?」

「まぁ、行動と捉えてよい。でじゃ、そういう魂は輪廻には入らず、世界の狭間で彷徨うことになる。世界の狭間というのは無数に存在する世界の間に存在する埋めようのないうろみたいなものじゃがな、大抵の魂はそこで彷徨い続け、最終的には輪廻に入るのじゃ」

「ん? 世界が無数? どういうこと?」

「世界が無数とは、ツクルの知識で言うと、宇宙が無数にあるということじゃ。それぞれの宇宙は基幹法則で成り立っており、追加でその宇宙独自の法則が重なっておる。お主が生きていた宇宙は基幹法則、つまり物理法則+αで成り立っておる。何となく理解できておるかのぅ」

「ああ、何とか大丈夫そうだ。ところで、なんで世界の狭間を彷徨い続けた魂は輪廻に入るんだ?」

「輪廻に入らない魂はそもそも、膨大なまでのエネルギーを有し、そのエネルギーを強烈な意思によって放出せずに魂に留めておくから、輪廻にはじかれてしまうのじゃ。じゃが、世界の狭間を彷徨い続けた魂は徐々に保有するエネルギーを消費していき、楔としてエネルギーを魂に繋ぎ止める意思も弱くなり、輪廻に入るのじゃ」


 ここでまたクロノス爺はお茶をすする。俺も啜る。ずず。ずずずっ。


「でじゃ、大抵でない魂は強烈な意思のもとその狭間を食い破る。ツクル、お主のことじゃ。お主が感じた壁は世界の狭間の壁なのじゃ。それを暇だったからぶつかりそれを食い破るとは、これまた稀有なんじゃがのぅ」

「稀有? じゃあ普通はどうやって食い破るんだ?」

「普通は強き意思のもとに魂で狭間を飲み込むのじゃ。膨大なエネルギーと膨れ上がりされど芯を失わない意思が必要なのじゃが……、ツクルの場合はそうでもなさそうじゃな」

「はぁ」


 溜息が出る。褒められてない。少し悲しい。


「そう落ち込むことはない。普通ではないことを為したのじゃ。これは誰にも真似できぬことなのじゃから、誇ってよいのじゃぞ」

「お、おう。ありがとう」


 少し照れる。我ながらちょろい。


「話を戻すぞ。世界の狭間を食い破った魂はその狭間に一番近い世界に流れ込む。そして、ある程度、発展した命ある星の源流、まぁ、星の力の流れみたいなものじゃな。で、その星の源流に流されて、死ぬ前の自我を有したまま、とある命に魂を宿すのじゃ。つまり、わかりやすく言えば転生じゃのぅ」


 すーはぁー。すーはぁー。俺は心の中で深呼吸しながら、クロノス爺の言葉をまとめて、整理していく。


 ……。


「ん? じゃあ、なんで俺はクロノス爺と話しているんだ? そもそもクロノス爺って何者なの?」

「少し待ってもらえるかのぅ」


 そう言ってクロノス爺はお茶を啜る。ついでに目の前にある茶菓子が入った器から見た目がもみじ饅頭の物体を手に取り、口に運ぶ。


「ツクル。お主もどうじゃ。一応、お主が生きていた世界の地球という星の菓子なんじゃが」

「へぇ。ありがたく頂かせてもらいます」


 俺も目の間に合った菓子、おはぎに手を伸ばし、口に運ぶ。


 上品な甘さが口に広がる。うん。上手い。甘さが頭を満たす。快楽に似た感情を味わう。お茶を口に含む。おはぎとのコラボが何とも言えない。


 俺が満足そうにお菓子を頬張っているのを、優しい目で見守るクロノス爺。俺はその視線に気が付き、頬を赤くした。


「ん、んん。それでクロノス爺は何者なんだ?」


 俺は誤魔化すように咳払いをし、クロノス爺に再び尋ねる。


「ふむ、何から言えばよいか……」


 クロノス爺は少し、無言になり考え込んだ。


「簡単に説明するとな、先も説明した通り無数にある宇宙は基幹法則の他に別の法則を持っておる場合がある。この世界の場合は魔力や能力といった法則なのじゃが、幾つにもある法則が重なり絡み合うと複雑すぎる世界になることがある。そういった世界では魂を受け入れることのできる命ある星が滅びやすいのじゃ。それ故に星自身が大いなる意思を持ち、その世界の法則にのっとって滅びにくいその星独自の体系を作り出す。でじゃ、儂ら調停者と呼ばれるものはその星独自の体系を完全に創り終えるまでの間、星が滅ばないように、そして、健やかに星が独自の体系を創り出せるようにサポートするために世界によって作り出された存在なのじゃ」

「じゃあ、役割的に創造神になるっていうのは?」

「それはじゃな、調停者はひとつの星に幾柱もおる。その調停者たちの中で調停者のまとめ役と星の直接的な相談役を担う柱のことを創造神と呼ぶのじゃ」


 クロノス爺はそこで一息つくと再びケトルを浮かし、クロノス爺の湯呑に近づけ緑茶を入れた。


 次に、目で俺にも緑茶を入れるかと問い、俺は頷いた。ケトルが俺の湯呑に近づき、ゆっくりと緑茶を入れた。いい香りがする。


 ずずっ。俺とクロノス爺は一緒に音をたてて、茶を啜る。


「クロノス爺のことについては分かった。じゃあ、なんで俺はクロノス爺と話しているの? クロノス爺の話だとクロノス爺みたいな存在に会う必要はなさそうなんだけど?」


 俺は一番の疑問を聞いた。


「何といったらよいのかのぅ。ふむ……、儂は趣味に星の源流に釣り糸を垂らして、釣り糸が揺れるのを見て楽しむというのがあってのぅ。普通は何も引っ掛からない筈なのじゃが……、まぁ、偶々お主が釣り針に引っ掛かってしまったのじゃ」

「つまり、クロノス爺のうっかりっていうこと?」

「まぁ、そうじゃのぅ」


 クロノス爺は少し恥ずかしそうに頷いた。


 俺は納得したように頷いた。


 そして、クロノス爺は佇まいを正し、俺を真剣に見つめた。


「それでじゃ、ツクル。お主と取引がしたい」

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