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第22話 めぐりあい横須賀の空

 ぱっくりと割れた空母の切断面から、炎がいくつも立ち上がり、

 濃厚な真っ黒い煤煙が、時折爆炎の光を孕みつつ、ぶくーーーっと膨れ上がり、

 ゆっくりゆっくりと横須賀の空へと上昇していく。


 その巨大な煤煙の塊はひさしとなって太陽の光を遮り

 一時的にその付近を包み込む昼なお暗い不穏な空間が形成された。


 オレンジの火の粉や可燃性の何かが燃えたあとの黒い燃えカスなどが、ヒラヒラ、ちらちら、とあたり一面に降り落ちてくる。ゴムやプラスチック、火薬や鋼鉄といったものが燃える体に悪そうな独特の嫌な臭気が急速に拡散している。


 なにか非常警報のようなものも聞こえるが、どこで鳴っているのかとても頼りなくて遠い。


 その薄暗い空間の中。

 縦半分に切断され、まるで『子供科学博物図鑑』に載っている大型船の断面図そのままの姿を晒している空母右舷側。

 その飛行甲板上にギャンダムは両眼のカメラを発光させて不気味に立っていた。

 夜行性の猛獣を思わせる姿。


 そこへツッコミを入れるかの如く

 真っ赤な水がギャンダムに横からぶっかけられる。


 いや水ではない。

『M61バルカン 20ミリ多銃身機銃』

 ギャンダム頭部のガトリング砲みたいなやつ。

 テレビではよく『ファランクス』という名前で紹介される近接防御火器システム。


 その弾丸が湯水の如くギャンダムに浴びせかけられているのだ。


 射撃しているのは、たまたまのタイミングで約300メートルすぐとなりの楠ケ浦桟橋で出港準備していた、アメリカ海軍の揚陸指揮艦ブルー・リッジ(USS Blue Ridge, LCC-19)


 その艦首に据えられている白いカプセルボックス状のファランクスが、

『ブオオオオオオオオオオオ』という叫びとともに猛攻撃をギャンダムに加えている。


 加えているが。


 加えれば加えるだけ難なく弾き返される。


 頭の先から足先まで、弱点を探すように撃っているが、どこに撃っても水を弾くように弾き返され…。


 そのとばっちりが! 跳弾が! 恐ろしい跳弾が! 

 20ミリ口径の砲弾が踊り狂いながら周りに飛び散って、なにもかも蜂の巣にしてしまう。


 すぐそこ、見える所には民家もマンションも小学校も建ってるのに!?

 もういきなり紛争地帯の様相になる。


 海面に跳ね返った弾が幾筋もの水柱をスババババと行列させているのを見た。


『ガンガンッ』と聞き慣れない音がした。

 ドラム缶に石でも放り込んだかのような音。足元の船体に軽い衝撃を感じた。


 見てみると遊覧船の横っ腹にも流れ弾が当たって穴が空いていた。


 思ったより穴が大きい。

 そりゃあんな跳ね返されてクルクル暴れ回りながら飛んでくるんだから当たるとこうなるのか。


 非現実過ぎて恐怖感が湧いてこない。


 遊覧船の左舷でドボーンと音がしたので見ると、『本田豊太(ホンダトヨタ)』が泳いでた。


 落ちたのかと思ったら思いっきり逃げてた。


 マジで?

 なぜかそのときこのまえ観たヤクザ映画の

「逃げグセの付いたやつは何度でも逃げる」というセリフが脳裏に浮かんだ。


 あの人はああやってどこからか逃げてここに来た人なんだろう。

 そしてまた我先に逃げていく、誰にも言わずに自分ひとりだけで。


(ホンダトヨタくんは無事? 非常時の乗客救護義務違反のおそれという重大事由で即日懲戒解雇処分となった)


 カメラを再びギャンダムに向けるともうそこには居ない、

 約300メートル先の楠ケ浦桟橋にひらりと飛び移っていた。


 ギャンダムを見失ったファランクスがキョロキョロしてると

 あっけなくジェットサーベルで薙ぎ払われて、ホウセンカみたいに中に詰まった砲弾がババッと弾け飛んだ。


 そしてそのままジェットサーベルを船首の横っ腹に水平に突き刺され、まな板に寝かせた魚の腹に包丁を入れる要領で、ブルー・リッジは船尾まで上下に切断されて上部構造物部分がびっくり箱よろしく、ボンッと爆発で持ち上がって時間差で吹き飛んだ。


『ブルー・リッジ』ってこの艦隊の一番偉い船じゃなかったっけ?

『指揮艦』ってそういう意味だよね?


 え?

 これやられちゃったの?


 あ、となりに停泊中だった、『1隻8400億円』もするってやたらニュースでやってた、幾何学でつくられたっぽいステルス船型のズムウォルト級ミサイル駆逐艦も同じ手順でやられた。


 ……早い! あ、翔んだ。


 むこうの岸壁のイージス艦ハワードも、イージス艦バンカーヒルも同じ要領でやられた。

 つぎつぎ物陰でもイージス巡洋艦やイージス駆逐艦のものと思われる、破壊される爆音とそれに生じた黒煙が立ち上る。


 あまりに一方的にやられるので、アメリカ軍はもっとミサイルや大砲とか色々な武器で応戦しないのかとも思ったが。


 そういえば艦艇に搭載されている武器の使用とは、そんなスグ簡単に行えるものでは有りません! って、自衛官の人が言っていたな。


 うわ、丁寧にドッグで修理中のやつも壊してるみたい。

 あ、戻ってきた、一番手前にある6号ドックに戻ってきた、やっぱり壊してる。


 手際が良すぎる。前もって決めていたような一筆書きの手順だ。


 自衛隊の潜水艦もやられたんだろうか?

 潜水艦だけは米軍基地に係留してあるからそれもやられたかもしれない。

 でももう何にしてもよく見えない。

 ギャンダムの姿はさっさと消えたように思う。


 遊覧船はいつものようにコースもスピードも変えていないので

 どんどん現場から遠ざかって対岸の火事を見物する状態だ。

 やがて吾妻島の島影へと回り込んでいく

 ここまで空母前から約6分くらいだ。


 ──── 6分か…………。



 お父さん。


 お父さんの大好きなギャンダムは本当に強かったよ。

 たった6分で空母も指揮艦もイージス艦らもみんなやっつけちゃったよ。




 終わった。


 平和な時代は終わった。


 あの頃の元気なお父さんが二度と戻らないように。

 やっと平和になった、のどかな横須賀は戻らない。


 吾妻島の向こうに立ち上る幾筋もの黒煙を見上げ

 思い出したように鳴り始めた消防のサイレンがこだますのを聞きながら

 ミナは、ぼんやりとそう考えずにはいられなかった。




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