「え!?」となった。
巨大な原子力空母『ロナルド・レーガン』
その飛行甲板に白い人型。
人型!? 人型…だよね!?
フォークリフトとかクレーンの付いた作業車じゃなく!?
う~~~ん……。
軍艦特有の灰色で何もかも塗られているところに
白っぽいものが立っていてもハッキリしない。
元々入港中の艦艇は
ごちゃごちゃと建設現場でよくある足場をいっぱい付けて何かしてたり、甲板に物があったりするものだから、それら記憶と明確に区別がつきにくくなる。
それでなくても飛行甲板にはたくさんの航空機が並んでいる。
◇ 戦闘機、F/A-18E/F『スーパーホーネット』
◇ 背中に円盤型レーダーを乗せた、E-2C『ホークアイ2000』早期警戒管制機
◇ 少し大きいプロペラ機の、C-2A『グレイハウンド』輸送機
◇ 哨戒ヘリコプター、MH-60R『シーホーク』
…………。
もっと種類あるんだけど忘れた。
スピーチ用に勉強はしたけど正直見分けつかない、大雑把にこの4種類がいっぱい載ってる感じだ。
いつもなら作業の邪魔になるからか、遊ばせとくのももったいないからか、こういう航空機は綺麗さっぱり陸上の基地、以前は『厚木基地』、今は『岩国航空基地』に移してから港に入ってくる事が多いのだが、今回は珍しく満載状態だった。
観光にはもってこいのチャンスでもある。
空母には厳しい決まりで一定距離より近づけない。
遊覧船はいつもこの決められたコースをまっすぐ通り過ぎながら見学する。
変に曲がったりスピードを落としたり、そういうことはしない。したら何事かと怪しまれるだろう。
普段はそれで特になんとも思わないのだが、今日はこの距離感がもどかしい。
空母全体を見るのには問題ないのだが、甲板の上のブリッジの前となるとかなりおぼつかない。
500メートルくらい?
それなりに離れているのもあるのだが。いやいや見間違えたりしない。
あれはどうみても『機動戦機ギャンダム』…………だよね?
子供の頃、お父さんと見に行ったもん。お台場へ。
お父さんが小さい頃から大好きだった作品。
アニメも全話いっしょに観た。劇場版も観た。
ギャンダムは今もいっぱいシリーズが作られてるらしいけどほかは知らない。
私がちゃんと見たことあるのはこの一番最初、一番古いやつ。
お父さんが言ってた。
これ以外はギャンダムじゃない、ただの派生。二次創作。
これが本当のギャンダムだ!
なぜかお父さんは誇らしげにそう言って説明してくれた。
お台場の……潮風公園……太陽の広場……日曜日。
大勢の人が詰めかけてた、大盛況だった。
人混みの中から、お父さんに肩車されて、見上げたあの、初代のギャンダム!
お父さんがプラモデルをたくさん作っていた。
とてもとても大事にしていた。
お母さんは嫌がっていたけど、それでもこっそり買ってきていた。
まちがいない、あれは『初代のギャンダム』だ!
お父さんの言っていた
一番かっこいいギャンダムだ。
…………どういうこと???
思わずビデオカメラを向けた。
本田くんには悪いけどそれどころじゃない気がするから。
本田くんは全く気が付かずに自分の世界を構築してスピーチを続けている。
お台場にあった実物大のと同じぐらいの大きさだと思う。
よくわからない、お台場で見たときはやたら大きく見えたけど。
なにぶん空母はもちろん岸壁に設置されている紅白シマ模様の作業クレーンでさえ、ぶっといパイプで構成された高さ100メートル以上のばけものサイズで、その名も『大関』『横綱』と側面にアルファベットでデカデカと書いてある。
馬鹿みたいな現実離れした大きなクレーンである。
そんな背景だから、そこに現れたギャンダムの大きさがいまいち分かりかねるのだ。
ちょうど空母の艦橋(甲板の上に建ってる建物みたいなやつ)
アレ何階建て相当なんだろう?
あの艦橋の一番上の階の窓よりすこし背が高いくらいだ。
でも艦橋が空母の船体に比べたら、端っこにポンっと置いてある箱な感じなので、そこに立ってるギャンダムもなんか地味というか、お台場で見たような迫力を感じない。
でも……。
別に私はそんなに詳しい訳ではないけど、アレは流石にわかるよ。ギャンダムだ。
お台場で見たのと同じ、機動戦機ギャンダムだ。
でもアレって動かないんじゃなかったっけ?
お父さんが「これ動いたらスゴイだろうなぁ」って見上げて目を輝かせてた。
動くの? マジで? すごい……!
お父さんすごいよ、生きてる人間みたいだよ。巨人だよ。
ギャンダムは背中に装備している『光子剣(ジェットサーベル)』を抜くと
足元の戦闘機を蹴散らしながら空母の艦橋部分をナマス切りに切っちゃった。
マストの部分がガターンと岸壁側に折れてその反動で根本の瓦礫が煙となって立ち上がる。
鉄くずとなってガタガタと崩れ落ちる音が結構響いているが、もともと艦艇の補修作業の騒音とか珍しくないところなので、新人研修中の本田豊太クンはまったく気がついていない。
饒舌にスピーチを続けている。
様々な艦載機は職人芸な並べ方で所狭しと飛行甲板に駐機されていた。
春のドブ川のコンクリートの護岸で日向ぼっこしているアカミミガメみたいに、あっち向きこっち向きギリギリな感じで。
あ、そうだ、見栄え重視の居酒屋の盛り合わせを連想させるあの感じだ。
それを心無いお母さんが。
お父さんの大事なコレクションのプラモデルを平気で捨てちゃうタイプのお母さんが。
子供の片付けてないオモチャを見てブチ切れて、発作的に蹴っ飛ばすみたいなノリで蹴散らしながら、ギャンダムは艦首の方へと歩いていった。
ギャンダムに蹴られた飛行機達は、物悲しい華奢で頼りない物音を立てながら
どれもこれも瞬く間にスクラップになって、切れ切れの破片と共に、甲板からふわふわ~と落ちて海面に細やかな水しぶきを上げて沈んでいく。
――なぜかその光景がミナにはスローモーションで見えていた。
中島みゆきの『世情』のやるせない旋律が蘇る記憶に流れる。
横暴な体制の学校に革命を起こそうとした中学生生徒が、体制側の血の通わないロボット的な警察に問答無用でねじ伏せられる。
お父さんの好きなドラマのあのシーンで流れてた曲だ。
「やめてお母さん!」
「お母さん!お父さんのプラモデルを捨てないで!」
「お父さんの宝物を捨てないで!」
ミナは心の中で叫んでいた。
叫ばずにいられない衝撃的な過去の光景。
母親が父親の留守の隙に、父親が大事にしていたプラモデルを。
きれいに飾ってあるプラモデルを。
大事に箱付きで保管してあるフィギュアを。
無造作にゴミ袋へと投げ込んでいく光景がフラッシュバックしていた。
「やめてお母さん!!」
「やめてお母さん!!」
「そんなことをしたら!」
「そんなことをしたら、お父さんが!」
「お父さんが! お父さんが……」
「『ニャータイプ』みたいになっちゃう!」
少女のミナは必死に母親の足にすがりついていた。
だが止められなかった。
大粒の涙が頬をこぼれ落ちていた。
【ニャータイプ】
機動戦士ギャンダムの劇中にある重要設定のひとつ。
頭が「ニャーッ!」となって、戦闘中にも関わらず敵味方のパイロットがいきなりミュージカルさながらに、キラキラした背景を背負って熱っぽく学級会風の議論をはじめてしまう。
ちびっこ視聴者にはついていけない、おそろしい病気。
宇宙移民がときどき罹患する。
遊覧船の船上。
ミナは震えて開いた口が塞がらない。
「ああああああああ…」っと、か細い声が漏れた。
ギャンダム? 何してんの?
意味がわからない。
お父さんがあれからずっとブツブツ言ってることぐらい意味がわからない。
「あ!」
ギャンダムが二つの剣の柄をつなぎ合わせると、それまで10メートルほどだった光の刀身が、一瞬いっきに100メートルぐらいに伸びた。
それをまた『シュシュシュー』とバーナーの炎でも調整するように半分強ぐらいにしたかと思うと。
「ああああっ!」
空母に突き刺し縦に割いていく、うなぎを捌く要領だ。
なんなのこれ。
なんの躊躇もない流れるような作業で空母を破壊してしまう。
そういえばアニメの中でも『ギャウ飛行空母』の上に乗っかって無造作に真っ二つにしていた。あれか! あれなのか?
とうとう完全に船体を左右に分断してしまったようだ。
左右に別れた空母は岸壁側は、ほぼそのままの姿勢で岸にもたれる形で少し傾いて着底し、反対側は『べっしゃあああああん』と倒れて大波を起こした。
少し遅れて空母艦内でくすぶっていた炎が急に大きくなって
遠慮がちな爆発をいくつもともないながら、船体を雑に焦がしていく。
昭和の文豪が咳き込む背中のように。
世界最強の巨大空母の断末魔にしては、少し寂しげな最後に見えた。