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第20話 横須賀えれじい

 とにかくわたしにはどーでもいいのだ。

 中途採用のうさんくさいオッサン風の若者が少々イキってようがどうでもいい。


 早く帰って『踊ってみた』の撮影をしたい。


 こんなに夢中になるとは思わなかった。

 ただ好きな曲に好きな振り付けを考えて踊る、それだけのことだった。

 その楽しさをみんなにも見てもらいたくて動画に撮って投稿した。


 気がつくと『踊り手』なんて呼ばれる立場になっており、そしてそれは人気のカテゴリーでもあった。


 投稿していた動画サイトでは多くの人にお気に入り登録され、称賛されたり喜んでくれる楽しいコメントがいっぱいついた。

 わたしの新作の『踊ってみた』動画を楽しみに待っててくれる人が日に日に増えた。


 顔を隠して活動しているので、誰もこの私だとは知らないが。それでも結構、界隈では知られている。

 わたしの考えたオリジナルの振り付けが、MMDのダンスモーションデータ化されたことも何度かある。


 はじめて私のダンスをMMD(エムエムディー)という、CGアニメツールで作られた動画で見たときは技術の進歩に驚き、目を見張った。

 様々な流行りのアニメやゲームのキャラ達が私の考えた振り付けで、ダンスを踊っているのを見るのは恍惚とした気分だった。


 ホントに楽しかった。

 みんなが『楽しい』を持ち寄って集まり、もっと楽しくなる。

 その感覚がたまらなく好きだった。


 ところが最近、自分の振り付けが、海外のプロのクリエイターかなんかに勝手に使われて、その人が考えた振り付けってことになってるらしい。


 え?

 なんでそういうことになるの?

 わたしはどうなるの?


 ダンスの振り付けっていうのは、著作権的にはいろいろあったりなかったりみたいな感じらしいんだけど。


「何かあったらお気軽にご相談ください~!」って

 ネット弁護士の先生が解説だか営業トークだかしてたけど、言いたいのはそういう本格的なことじゃない。


 どうやらそれは、そういう事を繰り返している外国人らしく、いくらやめてほしいと言っても聞き入れてもらえなかった。海外と日本では、そういう物事に関する感覚が違うらしい。


「パクリ乙」


 ある日コメントが流れた。

『パクリ乙』(ぱくりおつ)とは、ネット用語で「盗作お疲れ様」みたいな意味だ。


 出た……。


 動画の投稿された日付を比べれば、私の動画の方が先なのは一目瞭然なのだが、知名度という点で圧倒的に不利だった。

 世間では知名度が高い方に正当性が認められる傾向にある。


 世界的に有名な?(私は知りもしなかったが)CGアーティストが、私のような誰も知らない『踊り手』なんてものの振り付けを盗んだりしないという根拠で、責め苛まれた。それは、本気でそう言っているのか、自己防衛のために分かっててそう言ってるのか。


 あっという間に私の動画は、わたしがパクったのではないという人の意見とで罵り合うコメントでいっぱいになり。画面の中のわたしは、それらダンスと無関係な刺々しい応酬を繰り返すコメント弾幕の向こう側で、必死に愛嬌を振りまいているというシュールな光景を垂れ流す何かと化した──。



 浜崎ミナはコポリと海色のため息をこぼす。

 周囲は彼女を24時間ハキハキしているお姉さんだと思っているが、そんなことはない。こうしてふとした瞬間にスイッチが切れたりする。彼女が快活に振る舞うのは意識的にそうしているだけであって、かつて子煩悩だった父親が、おとなしいタイプであったことが反転して影響しているものなのだ。


 眼の前ではニセモノおじさんが絶好調のスピーチを続けていたが、まったく眼中に入らなかった。どうせ撮影するだけで、わたしが審査するわけでなし、特に聞いている必要性はない。


 そもそも審査とかしてるのか。

 この撮影がどこまで真面目に取り組むべき仕事なのかすら曖昧だ。

 一応、誰かが見てないとスピーチする張り合いもないだろうと配置されている雰囲気が濃厚だ。撮影でもさせておけばまぁサボらずやるだろうという。


 ミナの視点は係留されているイージス艦らが並ぶ景色からぼやけ、意識しないでおこうと思っていた暗澹とした閉塞感が、ミナの耳から、おっさんのスピーチも、船の機関音も、船体を撫でる波の音も、すぅっと遠ざけていった。


 自分の、自分だけが持つ、自分だけの翼を伸ばせると感じていた『踊ってみた』の活動。


 自分の努力や発想が思う存分表現できて評価される。

 そういう場所が見つけられた幸運を心から感謝していた。


 楽しいコメントのひとつひとつに生きるエネルギーをもらっていた。

 こんな素敵なことがあるんだなと。


 なんとなく進学し。

 なんとなく就職し。

 可もなく不可もなくでここまでやってこれたのは、それなりに選択が正解であり、自分の個性にマッチしていたのは間違いないはずが……。

 不運や挫折にもみくちゃにされてる多くの同年代に比べれば、きっとそれこそ幸運で幸せな、恵まれた滑り出しだったんだろうと思うが。


 だがずっとここは自分の場所じゃないという居心地の悪さがつきまとっていた。

 苦労して得たという実感が無いので有り難みがないのだ。

 望んで得たわけではないので喜びがないのだ。


 こんないい加減な態度に落ち着くためだけの人生だったのか? と思うと

 その有り体すぎる自分の可能性にやりきれなくなる。


 そういう閉塞感が初めて破られた、破れるものなんだという安心感を感じていた。

 例えそれが素性を隠したネット上の活動であったとしても。


 それゆえに何より自由で心地よかった。

 他人にとやかくされるなんて思っても見なかった。


 ああ……、ままならないものが覆いかぶさってくる。

 それがたまらなく嫌だった。


 横須賀の空のように、自由に見えたネット活動にもわけのわからん蓋がされるのか。





 嫌だ。


 嫌だ。


 こんなわけのわからん不安。



 ガシャーーーーーン!!!!



 交通事故で聞くような騒音が突然、遠く湾内に響いた。

 ミナは半開きだった目を全開に見開いた。


 ちょうど視界の先に来ていた、それまでのイージス艦なんかとはぜんぜん違う

 全長が東京タワーとまったく同じ333メートル。あまりに、あまりに大きすぎる、超大型の巨大艦艇。


 アメリカ海軍 ニミッツ級航空母艦

 第9番艦 原子力空母 ロナルド・レーガン (CVN-76)

 満載排水量は自衛隊の空母『いずも』の約4倍となる10万1000トンもある。


 その飛行甲板にポーンと軽快に飛び乗って、並べられた艦載機をオモチャみたいに蹴散らしている『機動戦機ギャンダム』の姿が、ミナの瞳に飛び込んできたのだ。





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