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第19話 開国シテ下さァァァい!


『巨大ロボット在日米軍基地連続襲撃事件』当日────。


 横須賀本港はなにごともなく

 いつもと変わらぬ様子だった。



 ──『横須賀本港』

 東京から南へクルマでおよそ1時間、神奈川県三浦半島中央部

 東京湾の南西側に面しており、複雑な海岸線は多数の入り江を形成し、天然の良港。

 しかも、まわりをぐるりと囲む山が外界との視界を遮る天然の要塞。

 都心から最も近い場所にある現役の軍港である。


 1853年 (嘉永6年)

『開国して下さいヨぉぉ~』『捕鯨基地作りたいヨぉぉぉ~』でおなじみの

 アメリカ海軍 ペリー提督ら(後に子孫が日本に反捕鯨をわめきまくる)がこの半島の突端部の浦賀に来航。


 それからわずか12年後。

 1865年(慶応元年)

 まだ日本におサムライさんがいた頃。

 徳川幕府の勘定奉行とフランス人技師が製鉄所を建設。


 やがて、軍港に適した立地から明治政府による大規模開発が行われ。

 戦後はアメリカ海軍と海上自衛隊の基地が隣接する重要な港として近代史を歩み

 現在は国内外問わず数多くの艦艇が見られる港としても、マニアの間では有名になりました。


 まぁ、米軍基地のある所はやっぱりそうなるのねというか。

 むかしは米兵による日本人への暴行やレイプ、殺人が横行する、大変治安も悪いしガラも悪いという…。地元の子供達は、繁華街である『ドブ板通り』には決して近づくなと言われて育つような場所でした。


『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』というご当地ヒットソングには、当時のそんなやさぐれた雰囲気がよく現れてます。

(「アンタ、あのコのなんなのさ!」というセリフが非常にカッコイイ)


 近年でこそ取り締まりや見回りが行われてマシになりましたが。

 長い間、結構最近まで少なくない数の地元の人達が泣き寝入りを強いられ、そういう無法地帯な事件が日常的に起こっていたことを日本人の多くは知らなかったりします。


 っていうか、ちかごろ日本も外国人観光客が増えて、そのマナーの悪さやポイ捨ての問題がシャレにならなくて、京都なんか立ち入り禁止区域が設定されちゃったりしているけど。

 マナーどころのさわぎじゃない、そんなレベルじゃない。

 殺人やらレイプやらをたびたび行うアメリカ軍には強く言えないの。

 世知辛いねぇ。


 その辺、日本社会はどう思ってるんだろう?

 なんとなく流行歌なんかでガラの悪さは聞いていても、それはそういうもんだろうという諦めがあったのかもしれない。

 何にでも慣れてしまうものだ。


 しかし、沖縄の米兵による婦女暴行なんかはことあるごとに話題になるし、有名なのになんでだろうね? 事件の件数が沖縄のほうが圧倒的に多いからかな?

 それとも沖縄基地の存在が都合が悪くて気に食わなくて仕方がない、とあるお国の力添えとかあったりするのかな???


 まぁ、なんにせよ弱肉強食、武力とお金、米兵の経済効果で繁栄した地域では言いたいことも言えない。

 そんな光と影のあるエキゾチックなジャズとロックな街なのです。




『横須賀軍港わくわくツアー』

 それがわたくし、浜崎ミナ(はまさきみな:25歳)の職場です。


 遊覧船が出発する。


 それに乗っているわたしたちを岸壁に並んだお客さん達が

「はぁ?」って顔で見てる。

 わたしは目を合わさない。


 中には「この女ぁ、こっち見ろォォォォ」みたいな憤怒の顔の人もいるから。

 うわー、くらばらくわばら。そりゃこういう週末は混雑して行列してるからねぇ。

 お客も乗せずに出発したら「え!?」ってなるよねぇ。


「おいおい、こら、乗せろぉー!」

 って声には出さないけど、浮足立っちゃう人がいるのも仕方ないよね。


『横須賀軍港わくわくツアー』とは

 普段立入禁止で陸上からは見られない海上自衛隊の護衛艦や潜水艦に補給艦。

 アメリカ海軍のイージス艦、揚陸艦、運が良いと巨大な原子力空母や、はたまた南極観測船(砕氷船しらせ)なんて変わり種まで、バラエティー豊かな艦艇ラインナップをぐるっと見て回れる人気の遊覧船サービスです。


 でもごめんなさいね。

 今日のこの船は修理から帰った試運転を兼ねた新人研修のクルーズなのです。

 お客さんは乗せられません。


 わたしは新人案内人のご案内スピーチを、ビデオ撮影する係として乗り込んでいるのです。船室も展望デッキも乗り込んでるのはスタッフだけ、当然ガラガラの貸切状態だ。


「ハイっ!たいへんみなさまお待たせ致しましたぁぁぁぁ~!」

「本日これより、とっておき! 横須賀軍港わくわくツアーへと参ります!」


「本日案内は、『わくわくツアーの くまのプーさん』こと本田豊太(ほんだとよた)でございます」

「どうぞ宜しくお願いしまぁぁぁ~す!」


「パチパチパチぃ~~~!」


 さっそく新人案内人のスピーチが始まった。のだが。


 …………なんなのこの人。

 なにこの初々しさのカケラも無い、場馴れしきったスピーチは。


 いや、良いんだけどさ、仕事に慣れてて良いんだけどさ、キミほんとに23歳?

 なんか「本田くん」って呼びにくい感じなんだよね。


 どう見ても「本田さん」なんだよね、オッサンくさい日焼けした恰幅のいい風貌といい、脂ぎった肌といい。ディップでなでつけたツヤツヤの真っ黒い髪型といい。


 なんかニカニカした笑顔の下で(なめんじゃねーぞ小娘)みたいな空気出してくるような気がするし。


 苦手だこの人、というか、ニセおじさん。


 大体なんだその名前。『ホンダ トヨタ』って

 ハリウッドの日本人の名前が分からん馬鹿な脚本家が、適当丸出しで付けた奇天烈すぎる名前じゃあるまいし。そんな名前のやついないだろ。


 本名か?

 ホントに本名か?


 風貌と相まって非常に怪しい人物に見える、年齢も疑わしいし、今までなにやってたんだこの人。とても23歳の若者には見えない。


「みなさんお足元にはくれぐれもご注意を!」

「そしてもしも! 海に! 落ちてしまった場合はですね!」

「ハイこちら、右手がアメリカ合衆国横須賀基地」

「左手側が日本国横須賀市となっておりますので

 くれぐれも左側へと泳いでくださぁ~~い」


 右へ~!

 左へ~!

 と話に合わせて柔らかい腰つきで、インド舞踊っぽくシャナリシャナリと手をかざしながら案内するニセおやじ。


 ──── うわ、このオヤジ、無駄な動きなのに無駄が無い! 

 なにかの使い手か!?


 ダンスには、ちょっとうるさいミナは、ホンダトヨタのこの動きにだけはただならぬ何かを感じて目を見張った。



「アメリカ側へと泳がれますと、パスポートが必要になるかもしれません!」

「持ってますかぁ? パスポート! パスポート大事ですよぉ~!」


 ここで息を吸い込み

 指揮者が演奏者と呼吸を合わせる感じで、サン・ハイっと目をむくと、満面の笑みで声を大にして吟じるニセおやじ。


「出かけルゥ 時はぁ~ 忘れぇずニぃぃぃ~!」


 渾身のオヤジギャグがぶちかまされた!

 何がギャグなのかサッパリ分からないが、わざわざ外人っぽいアクセントで言っているのだからおそらくアレはギャグなのであろう。


 ちなみにアメリカ軍基地への立ち入りは身分証明やら許可手続きやらが必要だが、まちがいなく日本の領域であり。日本政府が米国に対しその使用を許しているものであって、別にパスポートは必要ありません。


 このアドリブギャグが営業的に良いか悪いかはわからないが、

 それは、わたしが撮影したこのビデオを見て上が判断するんだろう。

 そのための撮影だ。

 お客さんには結構ご年配の方も少なくないのでこれはこれでアリなのかもしれない。


 しかしペリー提督も200年後に、こんなわけわからんオヤジギャグが垂れ流される海になるとは予想もしてなかっただろうなぁ。


 自衛隊の潜水艦の上から自衛隊員の人たちが、遊覧船で行き過ぎるわたしたちに手を振ってくれていた。


 私の気分は、とある出来事でいまいち晴れなかったが

 いつもと変わらぬ平和な景色だった。


 まさかあんな暴風の塊みたいなものが刻一刻と近づいてきてるとは

 この時はまだ、誰も想像すらしていなかった…………。




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