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第3話 さあ、みんなで、考えよー!

 ここで少し議論の余地がある。


 彼女は普段、SNSで赤の他人や、村おこしのポスターといった、どう転んでも無害なものまでを執拗に口撃しまくっていたワケだが、その主なターゲットはいわゆるオタク男性だった。


 これには明確な理由がある。

 もちろんそれは倫理的な理由などではなく至極愚直な合理的理由。


 つまり、

 オタクの男ならいくら理不尽に殴り蹴り踏みつけても世間は文句を言わない。

 という理由である。

 それは自他ともにもう揺るぎようがない正義、絶対正義、絶対性理論。


 台所にいる茶色い害虫。

 アレだ!

 オタクはアレだ!

 ドブネズミや人食い熊、殺人スズメバチですら駆除は可哀想と愛護の声が湧き上がるのに

 あの茶色いやつだけは誰もその生命を尊重しない。

 アレだ!

 世間にとって、オタク男の尊厳レベルというものはアレと同等なのだ!


 ……と、思い込むようにして、フェミ子はなんとか自分の行為を肯定していた。


 だがアニメオタク男性が例え世間に嫌われていようとも

 だからどうだというのだ

 フェミ子に何が関係するというのだ。


 その世間の尻馬に乗ってオタク男を叩くことになんの意味がある。

 自分はそんな弱い者いじめが好きだったか? 世間に迎合するような人間だったか? むしろ真逆ではなかったか?

 一体何がしたいんだ?

 わからない、自分でもサッパリわからない。


 そもそもフェミ子はオタクを毛嫌いするような理由は特に無い。


 というか、フェミ子はアニメこそ見ないが、小説やマンガは人よりかなり読む方だ。

 あの爆発した部屋にも本棚が設えてあり、それなりの数の書籍が並んでいた。


 小説・エッセイ・詩集等7割、マンガ2割。

 小説等に関してはだいたい売れ線、ベストセラーや話題の本などを押さえた、特に珍しくもないラインナップであったが、こと読んでるマンガに至っては非情に個性的。

 いや個性的というかなんというか、『いったいどこからそういう作品を見つけてくるのか?』と聞きたくなる謎のラインナップ。


 例えば、『本宮ひろ志』という漫画家が描いた『番長』だとか『ガキ大将』だとか、そういう今どきなかなか耳にすることのないフレーズがバンバン出てくるようなマンガ。

『本宮ひろ志』、その名を聞けば大体の人が『サラリーマン金太郎』という超有名な大ヒット作品を挙げるであろう漫画家。サラリーマンの大手ゼネコンでの活躍と成長を描いたビジネス漫画。本宮ひろ志が好きなら100パーセント持っているであろう作品。

 今どきの人はこの大御所漫画家さんがガキ大将モノとか描いてたのすら知らないだろう。


 だがフェミ子の本棚には『サラリーマン金太郎』は入っていない。

 まぁ、普通は社会人、オッサンが好むマンガであり、漫画家なので、女子・女性の本棚にないのは当たり前である。

 もう絵柄が、むおおおおおっ!! っと男の熱気を帯びてるもの。女性は無理め。


 ところがフェミ子の本棚には、室温を上昇させそうな熱々なペンタッチのそういうマンガがバーンと入っている。

『本宮ひろ志』のマンガがバーンと入っている。

 その名も『硬派銀次郎』!!

 硬派って……。ガチガチだねぇ、タイトルに硬派だよ。直球だよ。

 更に続編の『山崎銀次郎』!! ウイスキーの名前じゃないよ、番長だよ。ガキ大将だよ。


 そんな本宮ひろ志が昭和の頃に少年誌で描いてた古ぅ~い、コッテコテの男くさ~いマンガ『だけ』をなぜか気に入り、続編まで含めて全巻取り寄せで購入しているのだ。


 では、フェミ子はそういうケンカとスポーツに明け暮れるような少年漫画が好みなのかというと、今度は『柳沢きみお』がむかし描いてた、くたびれたサラリーマン達の、仕事・家庭・恋愛・セックス・愛人・不倫・逃避・破滅、そしてそれらにいくら没頭しようとしても、どうしても埋めようが無かった正体不明の、孤独……。孤独……。孤独…………。もがけばもがくほど空虚で心が遠ざかっていく──。といった、なんともいえない満たされない中年世代のストーリー漫画がずらずらと列んでいたりもする。


『柳沢きみお』といえばドラマ化や映画化された『翔んだカップル』『特命係長 只野仁』などが圧倒的に有名なのにだ、そういうのは列んでいない。

 もうすっかり忘れ去られた過去のマニアックな名作。古ぅ~い漫画だ。


 そういう意味では、下手なオタクより底が深いくらいなのだ。


 到底、男どもの視線を集めがちな派手な見た目の彼女のイメージにはまったく合っていないのだが、フェミ子は気にしない。なぜならマンガの流行りなど最初から分からないからだ。

 古いとか新しいとか、女子が読むオシャレなマンガがなんなのかとか、そんな価値観を持っていない。

 周りからどう見られるかなんてはじめから想定していない。

 読みたいものを読んでるだけだ(それにしてもこだわりのきついチョイスなのだが)


 そういうワケで。フェミ子はその辺のサブカルクソ女なんかよりずっと本格的サブカル寄りな嗜好があることを、かえって純粋すぎて自覚していない。

 オタク系の交友関係を持ったこともなければ、話題にしたことも無いので、誰からも指摘されず今まで人生を過ごしてきたという

 筋金入りの天然物であった。


 まぁ、それはどうであれ。

 形だけでも今はオタクを叩く、おフェミなポジションに居るわけだ。そこは紛れもない事実だ。



 にも関わらずだ。

 今、フェミ子が乗っているそれはなんだ。


 ギャンダムだ。


『機動戦機ギャンダム』

 半世紀前に生み出され、社会現象を巻き起こし、絶対的人気を得てシリーズが作り続けられ今に至るそのアニメ作品。

 この作品こそ日本のアニメオタク男性の根幹を成していると言っても

 過言ではない作品なのだ。


 そのファンの男女比率、実に[9対1]で圧倒的男性オタク向け作品なのである。

 その象徴、主人公機、巨大ロボット、それが『ギャンダム』



 ……あれれ? と。


 ならないんですか? と。



 あれほど全身全霊音速を超える頑丈な皮で編み上げられた奴隷をしばくムチの先端

 それを思わせるしなり具合でバッッッチンバッッッチンあなたが殴りつけていたオタク男性。

 そんなオタク男性が大好きなメカ、プラモやフィギアになってオタク男性の部屋にたんまり飾られているロボット。


 そのギャンダムに搭乗してなんとも思わないんですか? と。

 平気なんですか? と。


 さあフェミ子はどうする……!

 どうするよ?


 あんな大嫌いな不潔で愚鈍で早口なオタクどもが頬ずりしまくってその皮脂がこびり付いて、新品のプラモでもオタクの童貞臭が臭ってきそうなそのアニメロボット。


 そう言って日頃から罵っていたものに、そんなものの操縦席に座らされてどーよ?

 いくらなんでも居心地が悪いだろ、それこそ『針のむしろに座らされてる』気分にならないのかと。







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