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明かされる過去《五》

「霊斬という名に目に見えないものを斬ってほしい。そんな想いが、込められていたとはね。今の霊斬はそれを、実行しているじゃないか」

「そうだな。久し振りに会ったとき、貴州さんは暗い顔をしていたぞ」

「それはどうして?」

「貴州さんは裏稼業から、足を洗うよう忠告にきた。俺はそれを突っぱねた。貴州さんに言われるがまま、上着を脱いだ。そうしたら、暗い顔をしていたんだ」

「もしかして、火傷の痕も見せたのかい?」

「そうだが?」

 霊斬はなにか悪いことでもしたか? と言わんばかりの、軽い口調で言う。

 ――自分が一番、苦しんだというのに。それをなんとも思わずに他人に晒すなんて。そんなこと、隠したがるものなのに。霊斬は下手に隠すより、見せてしまった方がいいと判断したのだろう。火傷の痕なんて、惨いもののはず。

「そんなの、見せられれば、誰だって暗い顔をする」

「そうか」

 霊斬は酒を煽ると、話を再開した。



 霊斬は用心棒の傍ら、稼ぎのいい仕事を探し江戸にきていた。その中でも危険だが、羽振りのいい暗殺が稼ぎやすい。そんな噂を聞き、ある武家の屋敷を訪れる。

「そなたが腕の立つ武人か」

「はい」

「この男を殺めてまいれ」

 下仕えの者が男の名を告げる。

「かしこまりました」

 霊斬は下仕えの者から必要な情報を聞き出し、屋敷を後にした。


 この日、霊斬は人斬りとなるにあたり、表向きには幻鷲と名乗ることに決めた。

 幻鷲は男が通る道の物陰に隠れ、待ち伏せる。

 この日は視界が悪くなるほどの、強い雨が降っていた。

 標的の男が通りかかる。鯉口を切りながら駆け出し、下から斬り上げた。男は血飛沫とともに、地面に倒れる。その返り血を浴びながら、怒号を聞く。

「なに奴だ!」

 幻鷲は邪魔する者は全員斬り捨てろとのめいに従い、その場にいた五人の命を散らす。

 鮮血がべっとりとついた刀を振って仕舞う。頬についた返り血は雨に流される。その場を後にした。


「戻りました」

「きちんと死なせてきただろうな?」

「はい。連れも含めて全員もろとも」

「よくやった」

 武士は下卑た笑みを浮かべる。

「報酬じゃ」

 目の前に出されたのは小判五両。

 用心棒では決して稼げない額の、大金を目にする。

 幻鷲はそれを袖に入れ、武家を後にした。


 幻鷲は拠点としているぼろ屋へ向かうと、床につけられた隠し棚に稼いだ金を仕舞う。

 人斬りの日々が始まった。

 依頼は主に夜。誰もが寝静まったときに、手早く正確にこなしていく。幻鷲はどんな依頼も受けた。そのおかげでこっちの世で幻鷲の名は広まり、あちこちから依頼がくるようになった。

 幻鷲は用心棒を辞め、暗殺を稼ぎの主軸にすることを決める。

 かなりの大金を稼ぎながら、幻鷲は命の尊さを忘れていった。

 多くの命を奪い、その血を浴びながら、幻鷲は店を建てるための金を稼ぎ続ける。

 ――そう、を。


 人斬りになってから三年が経ち、霊斬は十八になっていた。ある日、貴州が突然彼の許を訪れた。居場所は伝えていた。

「久し振りだな」

「はい」

 霊斬は硬い表情で返事をする。

「今はどんな仕事をしている?」

「……人斬り」

 霊斬は重い口を開けた。

「そうか……。店はいつまでに構える予定だ?」

「二年後」

 貴州は顎に手を当てて聞く。

「人斬りをやって、どれくらい経つ?」

「三年」

「慣れてきたか?」

「よく分からない」

「飯は食べているのか?」

「多少は」

 貴州は霊斬に視線を向ける。

 以前より痩せているように思えたが、口にはしなかった。

 残念でならなかった。金を稼ぐために人斬りになった者は哀れでしかない。

 その姿はまるで昔の自分を見ているようだと、貴州は思った。

 貴州は胸の内で否定する。

 ――まだ、店を持つために金を稼ぐという目的があるだけ、まだましかもしれん。

 なんの目的もなく、人を斬るのは危険でしかない。そういう輩は必ず、斬ることそのものを楽しいと感じてしまう。

 不幸中の幸いにも、霊斬にそんな様子がなさそうだと分かり、内心安堵する。

 ただ、生気を失っていることが気がかりだった。それは慣れるまで時がかかるという証拠でもあった。

「……無理はするな」

「はい」

 貴州はそれだけ告げて、霊斬の許を後にした。



「そのころの俺は、自分を保つことで精いっぱいだった。人を斬るたびに、心が擦り切れるような感覚がある。どうしようもなく、遣る瀬無かった」

「それで?」

 千砂が酒を呑みながら、先を促す。

「それから二年、二十歳で店を開けた。それを機に人斬りから足を洗ったんだ」

 霊斬は淡々とした口調で語る。

「生き返ったわけ?」

 千砂が少し笑って尋ねた。

「まあな」

 霊斬が苦笑する。

「霊斬、なにか大切なもん、失くしたんじゃないのかい?」

 千砂が盃を置いて、真面目な表情で問いかける。

「大切なもの……?」

「自分を大切にすることを、あんたは忘れちまったんじゃないのかい?」

「そうだな。でもな、それは必要なことだった。……そうしなければ人斬りや裏稼業など、やっていられない」

 霊斬は静かな声で語り続ける。

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