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明かされる過去《四》

「そうさ。いくあてはあるのか?」

「ない」

「なら、一緒にくるといい」

 ――なにを言っている? こいつは。

 彼はそう思ったものの、言われたことが気になって鍛冶屋に同意した。


 鍛冶屋は貴州と名乗った。歩きながら、貴州が尋ねる。

「名は?」

「忘れた。……だから、ない」

「なら、つけてやろう」

 貴州はにやっと笑った。空を見上げると、鷲が飛んでいた。

 貴州は和紙と筆それから硯を取り出して、筆を走らせる。和紙を見るとそこには〝幻鷲霊斬〟と、ふりがなつきで書かれていた。

「げんしゅう、れいざん」

 霊斬は与えられた名を呟く。

「いい名だろ?」

 霊斬はひとつ、うなずく。

「どうしてその名を?」

 霊斬が尋ねる。

「答える前に、ひとついいか?」

 霊斬は黙ってうなずく。

「今まで、大勢、斬ってきただろ?」

「そこまで多くはないが、どうして分かる」

 霊斬の声には、苛立ちも混じっている。

「だから言っただろ? 〝血の匂いがする〟って」

 霊斬は納得するしかない。着物に染みついた血が匂ったのか、この男の勘なのか定かではないが。

「仕事で斬っているのか?」

「ときどき、用心棒を引き受ける」

 貴州の問いに霊斬が、静かな声で答えていく。

「そうか。……どうせ斬るのなら、人ではなく〝目には見えないもの〟を斬ってほしいんだよ。それと、誰よりも強く、生き抜いてほしいんだ」

「目には見えないもの……?」

 霊斬は困惑する。

「いっぺん、稽古でもしてみるか? いいや、やめておくか」

「どっちだ?」

 霊斬が突っ込む。

「やめだ」

「なぜ?」

「お前さんが相当な使い手だからさ」

「なぜ……それを」

 霊斬は唖然としつつ、尋ねた。

「強いて言うなら、殺気だな。敵意のない人といても、殺気が消えん」

 貴州は顎に手を当てた。

「なぁ、霊斬よ。刀鍛冶になる気は、ないか?」

「なぜだ?」

 霊斬が訝しげな顔をする。

「勘だ。お前はいい刀鍛冶になりそうな気がするんだよ」

「今より稼げるか?」

 霊斬は問う。

「店が持てれば、な。それまで金と時はかかるが」

 ――好都合だ。

 霊斬は今の生活に嫌気が差していた。刀鍛冶になって、どこか身を落ち着けるのも悪くはない。手に職をつけたいという想いがある。その願いが叶うかもしれない。

「分かった」

「そうと決まれば、行先決定だな」

「どこにいく?」

「秘密の鍜治場さ」

 貴州はにやりと笑った。



 一月かけて、貴州の言う鍛冶場に辿り着いた。

 貴州は休む間もなく、霊斬に技術の基礎を教え込んでいく。霊斬は水を得た魚のように、知識を吸収していった。

 それから半年をかけて基礎を徹底的に学び、実践に入った。

 貴州の教え方も上手く、霊斬は呑み込みが早かった。

 二人はいい師弟関係を、築いていった。だが貴州はなぜか、自分のことを師と呼ばせなかった。


 それから三年後。

 霊斬はめきめきと腕を上げ、ようやく一人前だと貴州に言われるようになった。

「一人で一本、作ってみろ」

 霊斬は貴州に言われ食事は一切摂らず、水だけを飲んで刀作りに没頭した。

 十四日かけて、霊斬が初めて鍛えた刀が完成。

「いい出来だ」

 貴州がそう言うに足る実力を、霊斬は身につけていた。

「ありがとう……ございます」

「敬語はやめろって言ってるだろ。堅苦しいのはごめんだ」

 霊斬は呆れた貴州に、うなずいた。

 ――よかった。

 内心で霊斬は素直に思った。

 ――これで、金さえあれば、店を建てられる。

 霊斬は師に向かって、頭を下げる。

「お前をここまで育てられたことに、満足してんだ。顔、上げな。飯にしよう。腹、減っただろ?」

 霊斬は夕餉の手伝いを始めた。



 霊斬が刀鍛冶の修行を始めて、四年が経ったある日。

 桜がとてもきれいに咲き乱れたころだった。

 霊斬は貴州に、申し出た。

「旅に出る。いつか、俺の店を建てるために」

「分かった。準備してろ」

 貴州は短く告げて、奥に引っ込んでしまった。

 霊斬は不思議に思いながらも、旅支度を始める。

 乳母の父からもらった短刀を撫で、懐に仕舞う。

 荷造りにはそこまで時がかからなかった。


「霊斬」

 霊斬の旅支度が終わるころ、貴州に声をかけられた。

 貴州は刀を霊斬に渡す。

 柄や鍔、鞘に至るまで黒一色の刀だった。抜いてみると、光をまったく跳ね返さない真っ黒い刀身があらわれた。

「前の雑刀じゃ、みすぼらしい。……持っていけ」

 貴州はぶっきらぼうに言う。

「ありがたく、使わせてもらう。感謝する」

 霊斬は言いながら、頭を下げる。

 貴州は手を伸ばし、その頭をがしがしと撫でた。

 突然撫でられたことに驚いた。

 されるがままの霊斬は、もう少し優しくやれよと思った。けれどそんな撫で方が、この人らしくもあった。

「いってくる」

「嫌になったら、いつでも戻ってこい」

 貴州は笑う。

「いつのことになるんだか」

 霊斬は肩をすくめると、桜が舞い落ちる中、貴州の許を旅立った。



「貴州さんとの出会い。今の仕事に就くきっかけは、ざっとこんな感じだ」

 霊斬は酒を呑みながら、あっさりと告げる。

「へぇ、やっぱり面白いね。あんたの話」

 千砂がくすっと笑って、霊斬の空いた盃に酒を注ぐ。

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