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侵される日常《三》

 自分のものか、従六のものか分からぬ鮮血と、互いに紅く染まっていく刀。

 霊斬は相手を斬らないよう、両肩、両腕、両脚に狙いを定める。一方、従六は首と腹を狙っている。

 従六は首に向かって突きを繰り出してきた。霊斬はそれを半歩右にずれて躱す。

 続いて腹に向かって一閃。その刀を受け止め、左側に向かって弾き返した。

 従六が持っていかれそうになる刀を、引き戻している。その間に霊斬は、右肩と右腕を斬りつけた。

「ぐううっ!」

 右手ではなく左手で、刀をつかんだ従六は痛みに呻いた。

 霊斬はさらにたたみかける。左脚を斬りつけようとしたが、刀に阻まれる。

 今度は従六が脇腹を狙って、突きを繰り出してきた。

 それをあえて受けた霊斬は、脇腹から鮮血を流す。焼けるような痛みに、顔をしかめるだけに留める。

 攻撃を受けても表情がとぼしい霊斬を、従六は不思議に思った。なぜそれだけの表情でやりすごせるのか、分からない。

 互いに息が上がっている。そろそろ、決着をつけた方がいいかもしれないと霊斬は思った。

 霊斬は右脚を刺そうと、攻撃を繰り出す。

 反応が遅れてしまった従六は、それを受けてしまう。

「ぐああああ!」

 肉を断つ嫌な音と、強引に刺してくる感覚とが、その身を襲い、従六は叫ぶ。

 黒刀を抜くまで、その叫び声は続いた。

 負傷した右脚でなんとか立とうとしたが、がたがたと右脚が震える。左脚に全体重をかけることで、ようやくなんとか立てた。

 そんな状態でも従六の双眸からは、戦意が消えていない。そんな彼に感心しつつ、霊斬は黒刀を右肩に向かって振り下ろす。

 身体の釣り合いを取ることで、精いっぱいな従六。それを受け止めるだけの力がなかった。焼けるような痛みが襲い、鮮血が溢れ出す。

 従六はその攻撃を受けた後、戦意を無くし、畳に膝をつく。

 従六の四肢は血塗れ。

 霊斬は立っているものの両腕や左肩、脇腹に傷を負う。そこからぽたぽたと鮮血が流れ落ちる。

 ピーッと笛の音が聞こえる。

 霊斬は無言で黒刀を仕舞うと、その場から去った。



 千砂も屋敷を後にして、霊斬と合流した。

「誰だ! おい、待て!」

 間違って岡っ引きに追いかけられ、霊斬と千砂は必死で逃げる。

 霊斬が途中で転ぶ。

「俺のことはいいから、先にいけ」

 千砂は唇をぎゅっと噛んで、指示に従った。

 霊斬はなんとか体勢を立て直すと、屋根に上って身を隠した。

「うん? どこにいったんだ?」

 岡っ引きは辺りをきょろきょろしたが、見つけられずその場から去った。

 霊斬は大きく息を吐くと、顔をしかめる。

「早くいかなければ……」

 霊斬はふらつきながら、四柳の診療所を目指した。



 それからしばらく歩き、ようやく四柳の診療所に辿り着く。

 そこまでに何度血を吐き、倒れそうになっただろう。今の霊斬には分からなかった。

「霊斬!」

 慌てた四柳の声が聞こえるが、それに答えることができない。

 霊斬はその場に倒れてしまった。


 四柳と先にきていた千砂は、二人で霊斬を運び込む。

 四柳は治療に専念した。

「こんなになってまで……。どうしてもっと早くこなかったんだ。……この馬鹿」

 四柳は言いながら治療を続ける。

 出血を止めるため、傷を縫う。

 幾度も繰り返し両腕と左肩を縫い終えると、混ぜて潰した薬草を塗る。

 その上から丁寧に、晒し木綿を巻いていく。

 その手つきは慣れたものだ。傷を労わるように優しさも込められている。


 それからしばらくして――。

「嬢ちゃん、終わったぞ」

「まだ、目が覚めないのかい?」

「ああ。もう一晩ってところだろうな」

「そうかい」

「なにがあった? 詳しく聞かせろ」

 四柳の声には怒りが滲んでいる。

 千砂は見たまま、すべてを話す。

「馬鹿が。さっさと終わらせりゃあいいのに」

「依頼には応えないとね」

 四柳は食い下がる。

「そんなこと言ってられねぇよ。本当に身体がもたねぇよ」

 四柳は苛立ちをあらわにした。

「でも、そのとおりだよ」

 千砂はその言葉に同意する。



 翌日の夜、霊斬はようやく目を開ける。

「ここは……?」

 霊斬は掠れた声を出す。

「おう、目が覚めたか」

 四柳の顔がぼんやりと見える。霊斬は何度かまばたきをした。

「嬢ちゃん、霊斬の馬鹿が目を覚ましたぞ」

「馬鹿は……余計だ」

 霊斬は掠れた声で、突っ込みを入れた。

「無理に喋るんじゃないよ」

 千砂が枕元まできた。

 霊斬は黙ったまま、顔をしかめる。傷が痛むのだ。

「お前は無茶ばかりしやがる。少しは、おれの言うことを聞け」

「……断る」

「なにをお!」

「四柳さん! 落ち着いて!」

 千砂の声で四柳は冷静になる。

「おい、霊斬。今回、お前は気を失った」

「……そうなのか」

「なんで驚かないんだい?」

「予想は、していたからな」

「なんだい! つまらないね!」

 千砂は鼻を鳴らす。

「霊斬よ。お前、人を怒らすの、天才じゃないか?」

 四柳は苦笑する。

「……それを言われても、嬉しくない」

 霊斬は大きく息を吸う。

「まだ痛むだろう?」

「ああ」

 霊斬は溜息を吐く。

「少しは懲りたかい?」

「いや、まったく」

 霊斬は苦笑する。

 四柳と千砂は顔を見合わせ、苦笑した。

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