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身分を越えた恨み《二》

 二日後、霊斬は隠れ家を訪れる。

 そこに普段どおりの恰好をした、千砂が待っていた。

「お待たせ。さっそくだけど、重五郎は三年前のことをずっと隠してる」

「隠すくらいなら、口に出さなければいいものを」

 恐ろしいほど冷たい声で、吐き捨てる。

「それから、重五郎は今、息子を捜してる。正確には自分の次男を」

「おい、嘘だろう?」

 霊斬は呆れて聞き返す。

「いいや、事実さ」

 霊斬はなにも言わず、顔を歪めた。

 ふざけるな、と思ったから。

「あたしはなにかにかれているんじゃないか、とすら思えたね」

「……それで、家族の様子は?」

 霊斬は重い口を開いた。

「兄は、父に認められなくて不満を持っている。重五郎の妻は、兄が認められないことを嘆いてた」

「……そうか」

 霊斬の瞳は焦点が合っていなかった。

 千砂は茫然としている霊斬を、見ていることしかできなかった。



 七日後、霊斬の店に行商人がやってくる。

「お受け取りください」

 霊斬は短刀を差し出した。

 行商人は短刀を抜いて、首をかしげた。

「おや? はばきを新しくしたのでは?」

「はい。そのまま使うと目立ってしまうので、艶を消しました」

「ふうむ。その方が自然ですね~」

「はい。……ひとつ、お尋ねします」

「なんでしょう?」

 行商人が首をかしげた。

「今も命を狙われているのですか?」

「……はい。利津家の放った刺客かと。それからも逃れられないか、と思っていたのです。それで、どうでしたか?」

「三年前のことを、ひた隠しにしているのは事実のようです。それを明らかにすれば、利津家の信頼は地に落ちます」

「私からすれば、よい結果ですな」

「そうですか。では決行後に」

「またきますね」

 行商人が軽く頭を下げて、店を後にした。



 その日の夜霊斬は黒の長着と、同色の馬乗り袴を身に纏う。黒の足袋を履き、黒の羽織を着る。同色の布で鼻と口を隠す。

 黒い短刀を懐に忍ばせる。黒刀を帯びると、利津家に向かった。

 霊斬は正面から、千砂は屋根裏から屋敷に侵入した。


 霊斬の横顔は、無意識に険しい顔つきになる。

「曲者だー!」

 あえて叫ばせて、動きを封じた。

 大勢の雑魚が出てくる。苛立ちながら一人につき一太刀で、倒していく。

 周囲を囲まれた状態での攻撃を受けた。

 霊斬は刀一本でそれを受け止める。

 みな一様に驚いたようだった。

 霊斬は気にも留めずそれらを弾き返した。無防備になった瞬間を狙い、それぞれ右腕を次々に斬りつけていく。これで六人を、一気に片づける。

 返り血を浴びても気にせず、ずんずんと進む。

 部屋の襖を片っ端から開け、次から次へと右腕を斬りつけていく。男も女も関係なく。

 呻き声がさらに、霊斬を苛立たせていく。

 中庭に入った。敵を倒しながら、小さな納屋に視線が移る。

「おらぁ!」

 敵の怒号で我に返る。

 霊斬はなにもなかったかのような顔をして、戦いを再開。


 その様子を見ていた千砂は、今まで以上に殺気立っていることを痛感する。

 ――こんな霊斬、見たことがない。

人を傷つけていく霊斬の背中にはなにかとても恐ろしいものが憑りついているのではないかと思うほどだった。

 霊斬の暗い感情が目に見えて、溢れ出しているようにも思う千砂だった。


 もうなん部屋の襖を、開けたのだろう。多すぎて覚えていなかった。

 なぜだろう、今はただ斬りたい。そんな猟奇的な衝動が、込み上げてくる。しかし斬らないようにと、細心の注意を払っている自分もいる。

 葛藤を抱えながら、次の障子を開けた。

 十人ほどの雑魚が得物を手に、闘志をあらわにしている。

 先手必勝とばかりに、まずは五人の雑魚が襲いかかってくる。

 それぞれの得物を、さばいて躱す。得物同士をぶつけさせ、攻撃を逸らす。

 その隙をついて、五人の右肩を次々に斬りつける。

「ぐあっ!」

 五人分の呻き声が響き、彼らが畳の上に転がる。

 それを器用に避けながら、霊斬は次の波に備える。


 次は一人ずつ、攻撃を仕掛けてきた。

 一人目は大振りの刀を振り下ろしてきた。それを躱し、右肩を斬りつける。それでもと思ったのか、左手に刀を持って突きを繰り出した。霊斬はこれも躱し、左肩から左腕までを斬りつけた。

 立ち上がり痛みを堪えながら、震える切っ先を霊斬に向ける。

 ――脚の方がよかったか。

 と思いつつも、黒刀を握り直す。

「はぁ!」

 痛みに打ち克つためだろう。声を張った男は、袈裟切りを放つ。

 それを難なく受け止めると、そのまま壁に押しやる。

「ぐはっ!」

 痛みを堪える男は、それでも得物を手にしている。

 その執念深さには頭が上がらないと思った霊斬。急所を外し、腹を一閃。鮮血が飛び散った。

 男が刀を横へ薙ぐ。それを霊斬は頭を後ろに反らして躱す。

 霊斬は男の左脚に、黒刀を突き立てる。

「ぐああっ!」

 男が叫ぶのを気にもせず、黒刀を再度突き立てる。新たな鮮血が噴き出す。右脚にも二度、突き立てた。

「くそっ!」

 一人目の刺客が、畳に膝を落とす。

 得物はつかめないだろうが、刀を遠くへ蹴り飛ばした。



 二人目の刺客は野太刀を構えていた。

「ふんっ!」

 霊斬を真っ二つにしようとしたのか、野太刀を横へ薙ぐ。

 霊斬は一歩下がってその攻撃を躱す。

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